国連安保理 北朝鮮への制裁調査 専門家パネルが活動停止

北朝鮮に対する制裁の実施状況を調査してきた国連安全保障理事会の専門家パネルが、ロシアの拒否権によって任期が延長されず、30日で活動を停止することになりました。北朝鮮による核・ミサイル開発への国連の監視が弱まることが懸念されます。

安保理の制裁委員会のもとにある専門家パネルは、2009年に設置され、北朝鮮がどのように制裁を逃れ核・ミサイル開発を続けてきたかを調査して、毎年2回報告書を公表してきました。

最新の報告書では、
▽北朝鮮が核・ミサイル開発に充てる資金のおよそ40%を違法なサイバー攻撃によって獲得していると指摘したほか、
▽輸出が禁止されている武器や弾薬をロシアに供与している疑いも調査していることを、明らかにしました。

しかし先月、専門家パネルの任期を延長する決議案がロシアの拒否権によって否決されたことから、パネルの任期が今月いっぱいで切れ、30日をもって活動を停止することになりました。

過去15年にわたって北朝鮮による制裁逃れの実態を報告してきた専門家パネルの活動が止まることで、核・ミサイル開発への国連の監視が弱まることが懸念されています。

アメリカのトーマスグリーンフィールド国連大使は、日本や韓国などと協力して制裁逃れを監視する新たな枠組みをつくる考えを示していますが、今後どこまで効果的な監視や調査を行えるのかは予断を許さない状況です。

専門家パネル 元メンバー「制裁違反の事例増加を懸念」

2021年3月までの5年間、専門家パネルのメンバーを務めた竹内舞子氏はNHKの取材に対し、ロシアが拒否権を行使した理由について、「ウクライナの戦争が長引く中、弾道ミサイルや弾薬を提供している北朝鮮はロシアにとって『必要な国』になった。ロシアとしては監視の目をなくすことで、北朝鮮からの弾薬の輸入などの制裁違反をしやすくする目的があったのではないか。また、外交的には、北朝鮮に恩を売って、引き続きロシアの『兵器庫』として弾薬やミサイルを提供するよう求め、軍事面での協力もとりつけるために、力を見せつけるねらいがあったのではないか」と分析しています。

そして専門家パネルが活動を停止する影響について、「いちばん懸念すべきは、制裁違反の事例が増えることだと思う。専門家パネルが直接調査をしなくなれば、北朝鮮とビジネスをしようとしている人たちは、自分たちのことが公表されるリスクがなくなる。また北朝鮮はこの状況を利用して、労働者の派遣や北朝鮮産の鉱物の輸出など各国に対して『今ならできる』と働きかけを行う可能性がある」と懸念を示しました。

中でも企業や自治体などがリモートワークのIT関連サービスを利用するケースを例にあげ、「北朝鮮のIT事業者を誤って雇ってしまうと、それ自体が制裁違反の行為に関わってしまう可能性があると同時に、北朝鮮のIT事業者やハッカーが企業や国のネットワークに危険を及ぼすかもしれない」と指摘しました。

そのうえで、北朝鮮の企業などが北朝鮮の関係者と名乗らずにビジネスをもちかける可能性もあるため、日本の企業や自治体は、顧客の管理や情報収集に一層力を入れる必要があると警戒を呼びかけました。

竹内氏は、専門家パネルが活動を停止しても北朝鮮に対する制裁は存続すると強調し「『制裁はあり、守られなければならない』という点を、国連は声を大にして言わなければならない。日本もひと事ではなく、各国が制裁違反の事例の取締りを続け、制裁の実効性を確保し続けることが重要だ」と訴えました。

任期切れ直前“ロシアが北朝鮮から武器調達”追加報告書

国連の外交筋によりますと、専門家パネルは、任期が切れる直前の今月25日に、安保理に追加の報告書を提出していたことが分かりました。

報告書は、ことし1月2日にウクライナ東部のハルキウに着弾したミサイルの残骸を分析した結果、北朝鮮の弾道ミサイル「火星11型」と同じ系統だと結論づけているということです。

調査にあたっては、パネルのメンバー3人が今月19日までの3日間、ウクライナ政府の招きで首都キーウを訪れ、ミサイルの残骸について調査を行ったということです。

そしてミサイルの発射地点は特定できないものの、仮にロシア側から発射されたものであれば、ロシアが北朝鮮から武器を調達したことになり、北朝鮮からの武器の輸入を禁じた制裁決議に違反すると指摘しています。

これに関連して、アメリカ・ホワイトハウスの高官は、ロシアが北朝鮮から弾道ミサイルの供与を受け、去年12月とことし1月にウクライナに向けて発射したとみられると、指摘していました。

北朝鮮 ロシアと中国を後ろ盾にミサイル開発

北朝鮮は、みずからの立場を擁護するロシアと中国を後ろ盾にする形で、多様なミサイルの開発を進めてきました。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まったおととしには、ICBM=大陸間弾道ミサイル級のミサイルの発射を再開させ、過去最多のペースでミサイルの発射を繰り返しました。

ことしは4年目となった「国防5か年計画」のもと、戦術核弾頭の搭載を想定した短距離弾道ミサイルや、低空で長時間飛行できる巡航ミサイルなども相次いで発射しています。

4月2日には極超音速で滑空する弾頭を装着した新型の固体燃料式の中距離弾道ミサイル「火星16型」の初めての発射実験に成功したと発表したばかりです。

キム・ジョンウン(金正恩)総書記は「新冷戦の構図」が生まれていると主張し、日米韓3か国の安全保障協力を非難する一方、ロシアや中国との関係を強化し、去年7月の軍事パレードではみずから中ロの代表団とならんで参観し結束をアピールしました。

とりわけロシアとの蜜月ぶりは際立っていて、去年9月にはキム総書記が4年ぶりにロシアを訪問し、宇宙基地でプーチン大統領と会談したほか、プーチン大統領の年内の訪朝も見込まれています。

日米韓3か国は、北朝鮮がロシアに弾薬などを提供して安保理決議に違反し、見返りとしてロシアに軍事支援などを求めていると非難していて、軍事協力への懸念を強めています。

安保理の北朝鮮制裁決議 一致した対応できず

核・ミサイル開発を進める北朝鮮に対して、安保理は2006年から2017年までの11年間に合わせて11の制裁決議を採択し、すべてにロシアも中国も賛成して安保理は一致した対応をとってきました。

特に北朝鮮による核実験や弾道ミサイルの発射が相次いだ2016年から2017年にかけての2年には、6本の決議を採択し、制裁をより厳しい内容に強化してきました。

制裁決議はすべての国連加盟国に対し、北朝鮮からのあらゆる武器や石炭・鉄鉱石といった天然資源などの輸入と、北朝鮮に向けた原油や石油精製品などの輸出を禁止しているほか、北朝鮮労働者を送還するよう義務づけています。

しかし、2018年以降、安保理は新たな制裁を科すなど一致した対応を示すことができなくなっています。

ロシアや中国は「制裁は北朝鮮問題の解決につながらず北朝鮮国内の人道状況を悪化させている」などと主張し、制裁に反対する立場をとるようになっていきます。

そして、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始した2年前からは欧米とロシアの対立がさらに深まり、おととし5月、北朝鮮が相次いで弾道ミサイルを発射したことを受けて、アメリカが制裁を強化する決議案を提出したものの、ロシアと中国がそろって拒否権を行使して否決されました。

2006年以降、北朝鮮に対する制裁決議案が拒否権によって否決されたのはこれが初めてでした。

そして3月、専門家パネルの任期を延長する決議案にも、ロシアが拒否権を行使、中国は採決を棄権し、パネルは4月をもって活動を停止することになったのです。

専門家パネルとは

専門家パネルは2009年、北朝鮮による2回目の核実験を受け、安保理で採択された制裁決議で設置されました。

メンバーは8人で、常任理事国の5か国と日本と韓国、それにグローバルサウスとよばれる国々の1か国から、それぞれ1人ずつ専門家が参加しています。

安保理決議はすべての国連加盟国に対して拘束力があることから、専門家パネルは各国に情報の提供や調査への協力を求めることができ、世界中で制裁の実施状況を調べてきました。

調査の結果は安保理に報告するとともに、毎年秋に中間報告書を、春に最終報告書を公表し、北朝鮮による制裁逃れの実態を明らかにして、制裁の着実な履行に向けて各国に対策を勧告してきました。

例えば衛星写真などの分析をもとに、北朝鮮が海上で船から船に積み荷を移す「瀬どり」の手口を使って、禁止されている石炭を輸出したり石油精製品を輸入したりしていた実態を明らかにしてきました。

また最近では、各国政府や民間企業などから寄せられた情報を分析し、北朝鮮が違法なサイバー攻撃で多額の外貨を獲得し、核・ミサイル開発の資金に充てている実態も明らかにし、各国に対して情報セキュリティーの強化などの対応を求めていました。