南北関係どうなる?拉致問題で協力?韓国統一相に聞く

南北関係どうなる?拉致問題で協力?韓国統一相に聞く
「北の住民で韓国ドラマを一度も見たことがない人はいても、1回しか見たことがない人はいない」
北朝鮮の住民も韓国ドラマを一度見たら病みつきになるという意味です。

こう話すのが、韓国政府で南北関係を扱う統一省のトップ、キム・ヨンホ(金暎浩)統一相です。

北朝鮮から「同じ民族ではない」「敵対国」などと呼ばれる中で、北朝鮮との間でどのような関係を作っていくのか、直接聞きました。

(サタデーウオッチ9 キャスター 伊藤良司 / ソウル支局長 青木良行)

キム・ヨンホ統一相とは

北朝鮮や国際政治の研究を長年行ってきたキム・ヨンホ統一相は2023年3月から韓国政府の新たな統一構想を検討する諮問機関で委員長を務めた後、2023年7月、統一相に就任。

大学教授時代には登録者数20万人をこえる保守系のYouTubeチャンネルで発信していました。地元メディアでは「政治YouTuberが閣僚になる時代になった」と取り上げられたこともあります。

統一省は、北朝鮮との交流や経済協力事業を担ってきた政府機関です。ユン・ソンニョル(尹錫悦)政権のもと、北朝鮮の人権状況の啓発や北朝鮮情勢の分析を国際社会に広めることに力を入れています。

『同じ民族ではない』とする理由は

北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)総書記は2023年12月末、朝鮮労働党の重要会議の演説で、韓国を統一の対象ではなく敵対的な国家とみなす方針を明らかにしました。また最高人民会議の演説では、韓国を「第1の敵対国」と憲法に明記すべきだとも主張しました。

こうした北朝鮮の対南政策の変化について尋ねると、キム統一相は2024年2月に公表した脱北者6351人への聞き取り調査の結果を引き合いに、次のように述べました。
キム統一相
「聞き取り調査の報告書を見ますと、脱北者の83%が北に住んでいた時に韓国ドラマや外国ドラマを見たそうです。韓国ドラマを一度も見たことがない人はいても1回しか見たことがない人はいない、韓国ドラマは見始めたら止まらないという中毒性の強い側面があるということです。
北の住民も韓国ドラマに自然に接し、ドラマを通して社会の矛盾に気づき、韓国社会にあこがれを抱くようになっています。
こうした韓流現象はこれまで支配してきた文化に代わって定着してきています。それを防ぐための動きが、敵対関係の強調や同族関係の否定などの形で現れているとみられます」
またキム統一相は、キム・ジョンウン総書記が最近韓国は「統一」の対象ではないとして、祖父や父が掲げていた「南北統一」を否定する動きに警戒しているといいます。
「キム・イルソン(金日成)主席、キム・ジョンイル(金正日)総書記の統一政策や業績を否定することは世襲権力の基盤を揺るがす可能性のあるとても危険な政策だとみられます。
北の内部ではこのような急進的な政策の変化があったにもかかわらず、政権がその変化を住民や党の幹部に具体的に説明する状況はいまだ見られません。
『祖国統一3大憲章記念塔』(※1)を撤去しましたが、これまで統一を大義名分にして対南赤化政策(※2)を進めてきた政権について北のエリート層や住民はどう思っているでしょうか。
権力を世襲したキム・ジョンウン政権が世襲権力の基盤を崩す過程で内部に混乱が生じる可能性は排除できず、注意深く見ております。もし何か混乱が生じるとすれば、その混乱を鎮めるために外部への挑発につながる可能性が非常に高いです」
※1 祖国統一3大憲章記念塔=キム・ジョンイル政権時代に南北統一を願って設置されたアーチ型のモニュメント。2024年1月に撤去されたことが確認された。

※2 対南赤化政策=北朝鮮が主導して韓国を統一する政策。

北朝鮮の実情を若い世代に伝える

統一省がいま力を入れている事業の1つが、若い世代に北朝鮮の実情を伝えることです。キム統一相は「本では語られない北の現状を伝えたい」と、大学を回って講演を行っています。

私たちは2024年3月末にソウルのイファ(梨花)女子大学で行われた講演を取材しました。

この日の講演では、キム統一相が脱北者の聞き取り調査について説明したほか、2017年8月までの2年半以上にわたり北朝鮮に拘束されていた韓国系カナダ人の牧師が当時の状況を語りました。
牧師によりますと、入浴施設の建設を支援するために北朝鮮を訪れたところ拘束されたということです。

アメリカで行った説教で「キム・ジョンウン総書記は暴政だ」と発言したことが「最高尊厳を冒とくした」とされたということで、無期懲役の判決を受けました。

拘束されていた施設では食事は与えられたものの栄養がないものばかりで、2か月で体重が23キロ減ったといいます。

独房に入り、トイレに行く時も手をあげて許可を得なければいけなかったということで、牧師は「自由の大切さを身にしみて感じた。われわれがちゃんと食べて生活ができていることはかみしめなければならない」と、学生たちに呼びかけていました。
キム統一相
「これまで統一といえば費用問題など経済的なレベルで議論されてきましたが、国民は統一に対してとても否定的な認識を持つようになりました。
しかし私たちが北の劣悪な人権状況や住民が経済的問題を抱えていることを知れば、『統一は1日たりとも遅らせてはならない』『統一が遅くなればなるほど北朝鮮住民の生活は苦しさが増すばかりだ』と思うでしょう。
自由で豊かな社会で成長している韓国の若者が自由や人権などの価値についてもう一度考えることになれば、統一の問題についても前向きな考え方を持つようになると思います」

拉致問題に取り組む

もう1つの事業は、北朝鮮に拉致された人や朝鮮戦争で捕虜になった兵士、それに北朝鮮訪問中に抑留された人たちの送還に向けて取り組むことです。

統一省によりますと、朝鮮戦争後に北朝鮮に拉致された韓国人516人、戦争で捕虜になった6万人あまりの所在が明らかになっていないほか、6人が北朝鮮に抑留されたままだということです。
「自国民を保護することは国家の最も重要な責務だと思っています。
非常に難しい問題ですが、韓国政府ができることを先に行い、北には求めるべきことを求め、また、アメリカ・日本、ひいては国連や国際社会と共に問題解決のため、たゆまず努力することがとても大事だと思っています」
キム統一相は就任直後、自身直属の担当チームをつくりました。

まず手がけたのは、拉致被害者などの問題をより広く知らしめるために問題を象徴するデザインを作ることでした。「私を忘れないで」という花言葉のワスレナグサ3輪を基調としました。
2024年2月、国内のファッションブランドがそのデザインを取り入れた服を製作し、ソウルで行われたファッションショーで公開しました。
またこのデザインのバッジを製作し、2024年3月26日に行われた閣議ではユン大統領や閣僚全員が着用しました。
その翌日には、拉致被害者などの家族を招いてこのバッジを贈りました。

かつて父親を拉致され、20年以上にわたり問題解決に向けた運動を続けてきたチェ・ソンヨン(崔成龍)さんは「私たち家族は希望を失っていましたが、少し希望を持ち始めました」と、韓国政府の対応に期待を示しました。

拉致問題で日本と連携

そして拉致問題では日本と協力していくという明確な立場をとっています。
「韓国と日本政府が、また国際社会が協力して拉致問題を解決しないと、他国の市民もいつでも北朝鮮の被害者になるということを、ワームビア氏(※1)の悲劇的な事件が示しています。
そのため、韓国と日本はこの問題で積極的に協力しなければならないと思っていますし、国際社会も協力する必要があると思います。
私たち皆が協力していけば、家族の帰還を待つ日本の拉致被害者家族の方々も希望を持つことができると思っています」
※1 ワームビア氏=アメリカ人大学生オットー・ワームビアさん。2016年、観光で北朝鮮を訪れていた時に拘束され、1年以上たった2017年6月に解放され帰国したものの、脳に障害を負っていて死亡した。

日本との協力方法の1つについて説明してくれました。
キム統一相
「脱北者に対して人権の実態を調べる時、『北に住んでいた時、拉致被害者を見たことがあるか』というアンケートを行います。
これまでは回答の選択肢として『1番・韓国、2番・その他』としてきました。ことし2月からその質問を変え、『1番・韓国、2番・日本、3番・その他』と質問しています。
私たちが調査を続けていけば北朝鮮内の日本人拉致被害者の現状についても把握できるのではないかと期待しています」
一方、日本と北朝鮮との対話については「朝鮮半島の平和、北の問題の解決に役立つなら、北が日本と対話し関係を改善することには反対しません」と述べました。

取材を終えて

インタビューを通じて、キム統一相は北朝鮮住民の間に変化が生じていると確信しているように感じました。

キム統一相は最近、北朝鮮への対応姿勢について説明する際に「●啄同時(そったくどうじ)」という四字熟語をよく引用します(●=口へんに卒)。

文字通りの意味は、ひな鳥が卵の中から、親鳥が外から同時に殻をつつくことで初めてひな鳥が卵の外に出られるというものです(仏教では、悟りを開こうとしている弟子に師匠が適切に指導して悟りの境地に導くという意味で使われます)。

キム統一相は「北朝鮮住民の努力に期待することも大事だが、自由民主主義の世界にいる私たちが協力しなければならない」と話していました。

一方で「対話の窓はいつでも開かれている」としていますが、北朝鮮が応じる気配はありません。

「同じ民族」である韓国ならではの対北朝鮮政策が今後功を奏するのかどうかに注目していきたいと思います。
(4月27日 サタデーウオッチ9で放送)
サタデーウオッチ9キャスター
伊藤 良司
1988年入局 米、中、仏、韓国などの特派員を経て現所属
国際情勢全般を担当
ソウル支局長
青木 良行
1994年入局 国際部 シドニー支局 World News部などを経て
2021年9月から現所属 ソウル支局は2回目