なりすまし広告 SNS運営会社「メタ」の日本法人を被害者が提訴

SNS上で、有名人などになりすまして投資を呼びかける偽の広告が広がっている問題で、広告をきっかけに詐欺の被害にあった4人が、フェイスブックなどを運営するメタの日本法人を相手取り、「広告の内容が真実かどうかの調査を怠った」と主張して、損害賠償を求める訴えを起こしました。

運営元の責任を問う裁判は国内初

25日、神戸地方裁判所に訴えを起こしたのは、神戸市や東京などに住む40代から60代までの男女4人です。

原告の4人は、実業家の前澤友作さんなど、有名人や投資家になりすましたフェイスブックやインスタグラム上での広告をきっかけに、うその投資の勧誘を受け、金銭をだまし取られたということです。

原告側は、「フェイスブックなどの運営元であるメタには、偽の広告を掲載することで利用者に不測の損害を及ぼすおそれがあることを予見して、広告の内容が真実かどうかを調査する義務があったにもかかわらず、それを怠った」と主張し、メタの日本法人にあわせておよそ2300万円の損害賠償を求めています。

SNS上で有名人などになりすました偽の広告による詐欺の被害が相次いでいますが、弁護団によりますと、この問題をめぐって運営元の責任を問う裁判は国内では初めてとみられるということです。

弁護団 “被害もたらす広告を放置することは許されない”

弁護団の団長を務める国府泰道弁護士は、提訴後に開いた会見で、「社会に被害をもたらす広告を漫然と放置することは、許されないことだと裁判を通じて明らかにしていきたい。被害をなくすため国による規制も含めて問題提起していきたい」と話していました。

メタ社日本法人 “回答控える”

著名人のなりすましの広告をきっかけにうその投資の勧誘を受け、金銭を失ったとして、国内の被害者4人が損害賠償を求める訴えを起こしたことについて、メタの日本法人の「フェイスブックジャパン」はNHKの取材に対して、「個別の事案については回答を控えさせていただきます」としています。

SNSによる投資名目詐欺 去年2200件超 今年も相次ぐ

警察庁によりますと、SNSで資産運用などを持ちかける投資名目の詐欺の被害は、去年1年間に全国で2271件、被害の総額は278億円にのぼっています。

中でも、フェイスブックやインスタグラムなどのSNSに著名人などをかたって掲載されている『偽広告』が入り口となる詐欺の被害が相次いでいます。

24日は、茨城県に住む70歳の会社役員の女性が、SNSの広告から経済アナリストの森永卓郎さんや、実業家の堀江貴文さんをかたるLINEのアカウントに誘導され、あわせて7億円をだましとられていたことが明らかになりました。警察庁が把握しているSNSによる投資名目の詐欺の被害額としては、これまでで最多だということです。

SNSによる投資名目の詐欺は、1件あたりの被害額が大きくなるのも特徴で、4月だけでも、大阪や栃木など、1億円を超える被害が相次いで発表されています。

投資に関心を持つ人が増える中、警察庁は今後もこうした被害が増えるおそれがあるとして、注意を呼びかけるとともに、全国の警察本部に対策強化を指示しています。

前澤友作さんの偽広告にだまされた女性 “疑わなかった”

裁判の原告の50代の女性は、去年、実業家の前澤友作さんをかたるインスタグラムの偽広告にアクセスしたことがきっかけで、600万円あまりをだましとられたといいます。

女性が見た広告には、前澤さん本人の写真が使われ、講座に参加して投資をすれば、確実に利益が出るなどと、勧誘する内容だったということです。

広告から誘導されたLINEのグループチャットに前澤さんはおらず、代わりに「先生」などと呼ばれる人物が、数十人の参加者に対して、為替や市場の最新動向などを解説していました。

講座でダウンロードするよう指示されたアプリでは、女性が投資したカネがどんどん利益を生んでいるように表示されていたといいます。

しかし、カネを引き出そうとしたところ、「口座が凍結している」などといわれ、保証金などを名目にさらに高額の支払いを要求されたことから、だまされたことに気づいたということです。

50代の女性
「前澤さんは投資家だとも知っていたので、『この人から学べ』という意味にとらえてしまい、疑いませんでした。メタ社は広告で収益をあげていますが、それによって人生が壊された人もいるということを知ってもらい、審査をきちんとしてほしい」

架空の投資家になりすます手口も

SNSによる投資名目の詐欺では、著名人をかたる以外にも、巧妙な「なりすまし」の手口が広がっています。

今回の裁判の原告にもなっている60代の女性は、去年、フェイスブックに掲載されていた投資講座の広告から2000万円をだましとられる被害にあったといいます。

女性によると、その講座で講師を務めていたのは「荒木健次」と名乗る人物で、フェイスブックのプロフィール欄では、アメリカの有名大学を卒業後、日本の大手銀行を経て、現在は外資系の投資会社で特別顧問を務めているとうたっていました。

女性は、どんな人物なのかさらに知りたいと思い、インターネットで名前を検索しました。

すると、フェイスブックのほかにも旧ツイッターの「X」など、複数のSNSのアカウント、さらに投資に関する解説記事も存在したことから、女性は「本物の投資家だ」と信じ、言われるままに多額の投資を続けてしまったということです。

60代の女性
「すごい経歴が記載されていて、最初は詐欺だとは全く思いませんでした。投資をした際の借金を返すため、ローンを完済した家まで売ってしまいましたが、目の前が真っ暗になりましたし、本当に相手が憎いです」

NHKは、「荒木健次」と名乗る人物が特別顧問をしているという、外資系の投資銀行に電話をして確認をしましたが、「在籍はしていない」という回答でした。

また、写真を手がかりに取材を進めると、中国のSNSに全く同じ写真が掲載されているアカウントが見つかりました。

プロフィール欄には、中国に住むインテリアデザイナーだと記されていて、日常を紹介する動画が数多く掲載されている一方、投資と関連する投稿はありませんでした。

NHKは、中国のSNSのアカウントに直接連絡をしましたが、返信は来ておらず、画像が使用された詳しい経緯については、まだわかっていません。

メタ副社長 “改善に取り組んでいるが 識別容易ではない”

SNS型投資詐欺を巡っては、自身の名前を勝手に詐欺広告に使われている著名人や、投資詐欺の被害にあった人たちなどから、広告を掲載するプラットフォーム事業者に対して、削除申請に対する対応が遅いとか、広告を掲載する際の審査が甘いのではないかなどといった、批判の声が高まっています。

こうした中、フェイスブックやインスタグラムを運営するメタの副社長で、広告を含むコンテンツポリシーの最高責任者、モニカ・ビッカート氏がNHKの独占インタビューに答えました。

ビッカート氏は、「私たちにとっても非常に深刻な事態だと受け止めています。徐々に改善していますが、偽広告を識別するのは容易ではありません。私たちは人の目でも広告を審査していますが、完全に詐欺を見抜けるわけではありません。それを補うために技術を使っているのです。しかし、詐欺グループが手口や使う言葉などを常に変えていくために、私たちは彼らの一歩先を行くよう技術を進化させなければならないのです」と述べ、広告を審査する体制やシステムを改善しながら対策に取り組んでいることを強調しました。

その一方で、「特定の単語や絵文字などを危険だとして削除し始めると、その網に無実の広告も引っ掛かる可能性があります。それに注意を払い、適切な広告を削除しないようにしなければなりません。社会から詐欺はなくせませんし、業界としても完全に偽広告を止めることはできません。しかし、私たちは事態をより改善することはできます」と述べ、審査を厳しくしすぎると、一般の広告にも影響を与えかねないとする懸念を示しました。

メタは、このほか、NHKの取材に対して、広告などの審査チームとして世界で4万人を配置し、日本語を含む80以上の言語に対応していることや、詐欺広告の手法をAIに学習させ、自動的に検出できるようにしていること、著名人のなりすましに特化した検出モデルの開発などに取り組んでいるとしましたが、なりすましや詐欺の広告を削除した数など、対応の具体的な中身については「公表していない」として明らかにしませんでした。

専門家 “膨大な広告の審査は 事業者の基本的な責任”

日本や海外のデジタル政策に詳しく、偽情報対策やプラットフォーム事業者の規制などについて話し合う国の検討会の委員を務めている一橋大学大学院の生貝直人教授は、「今回の裁判が、プラットフォーム事業者の透明化を進めていくきっかけになることが望ましい」としています。

生貝教授は、SNS型投資詐欺の被害者が、プラットフォーム事業者を提訴するに至ったことについて、「SNSをはじめとするプラットフォームが、社会に欠かせない基盤として機能しつつある中で、プラットフォーム事業者が果たすべき役割が改めて社会的に問われている」と話しました。

そして、「プラットフォーム事業者は、非常に多くの広告を掲載することをビジネスモデルの中核にしているので、膨大な広告をしっかりと審査したうえで、問題のある広告をユーザーに届かないようにすることは、基本的な責任だ。結果だけを見ると、しっかりとした対応が行われていないと言わざるを得ない」と話し、プラットフォーム事業者による自主的な取り組みの不十分さを厳しく指摘しました。

その上で、「プラットフォーム事業者が広告を審査する際、日本語や日本の文化を理解した人的体制をどの程度整えているかなどを含めた対応の全体像がブラックボックスになってしまっていることが何より問題だ。今回の裁判が、プラットフォーム事業者の対応をしっかりと促し、透明化を進めていくきっかけになることが望ましく、法的な規制の枠組みの検討も進めざるを得ないタイミングに来ている」と述べ、プラットフォーム事業者に悪質な広告の規制などを求める法整備についても、検討を急ぐ必要があると話しました。

アメリカではAIで作られた偽広告 相次ぐ

自らのインスタグラムで呼びかけるウィンフリーさん

有名人になりすましたニセの広告は、アメリカでも問題になっています。

このうち、アメリカのテレビ番組の人気司会者で女優のオプラ・ウィンフリーさんは、フェイスブックなどで体重が減らせるグミの複数のニセの広告に自らの画像が使用されました。

ウィンフリーさんはおととし10月、自らのインスタグラムに、同じ週だけで5人から、「あなたのグミはどうしたら手に入るのか」などと声をかけられたとするエピソードを紹介し、「私は減量グミやダイエット用の錠剤とは一切の関係がありません」と呼びかけました。

最近はAI=人工知能を利用して作られたとされるニセの広告の事例が相次いでいて、アメリカの有力紙ニューヨーク・タイムズはことし1月には、人気歌手のテイラー・スウィフトさんの動画と声が悪用された動画のニセ広告について報じています。

ニセ広告はフェイスブックなどに掲載され、スウィフトさんに似た声で調理器具が無料でもらえるというキャンペーンを紹介する内容で、記事は専門家の見立てとして人工知能の技術を使って合成された声だと伝えています。

このほか、去年には俳優のトム・ハンクスさんやユーチューバーのMrBeastなどが、AIでつくられた自らの姿が許可なくニセ広告に使用されたと指摘するケースが相次いだと言うことです。

アメリカの連邦取引委員会は24日、「セレブは本当にそれを勧めていますか?違うかも知れません」と題した文章をウェブサイトに掲載し、有名人の名前と、宣伝されている商品名、それに「フェイク」などのことばをあわせて検索するよう呼びかけるなど、消費者に注意を喚起しました。

オーストラリアでもメタを提訴

日本の公正取引委員会にあたるACCC=「オーストラリア競争・消費者委員会」は、オーストラリアの著名人の写真などを使ったニセの広告に対して、十分な対策を行わなかったとして、2022年、アメリカのIT大手、旧フェイスブックのメタ社を提訴しました。

ACCCによりますと、ニセの広告にしたがって登録の手続きをした利用者には、入金をするよう何度も電話がかかってきたということです。

ロイター通信などによりますと、このニセの広告による被害者の中には、65万オーストラリアドル、現在の日本円にしておよそ6500万円をだまし取られた人もいたということです。

ACCCは声明で、「メタは広告主による虚偽などを手助けした、あるいは意図的に関与した」とし、「ニセの広告などを検出して削除するための取り組みをもっとやるべきだった」と非難しました。

ACCCはNHKの取材に対して、まだ結論は出ていないとしています。

このほかユーロニュースは、4月11日、デンマークの独立系のファクトチェックサイトの話として、過去6年で49人のデンマークの著名人の写真がニセの広告に使われたと伝えています。