巨大IT企業に新たな規制へ スマホサービスはどう変わるのか?

巨大IT企業に新たな規制へ スマホサービスはどう変わるのか?
「彼らの中でしかビジネスができないため、いつも顔色をうかがわないといけない」

こう話すのは、アップルやグーグルと取り引きがある大手企業の担当者です。

デジタルサービスの分野で圧倒的な影響力を持つ巨大IT企業に対しては、その影響力で競争を不当に妨げているという批判も強まっていて、日本政府は新たな規制に乗り出そうとしています。何が問題なのか、その実態を探りました。
(経済部記者 中島圭介)

スマホOSはグーグル、アップルの2強

ゲームや映像コンテンツなども楽しめ、いまや生活に欠かせないスマートフォン。肌身離さず持ち歩いている人も多いと思いますが、そのスマホの基本ソフト=OSの国内シェアはグーグルの「Android」とアップルの「iOS」の2強で占められています。
さらに、アプリをインストールするアプリストアの国内の売上高は2021年の時点で、アップルの「App Store」が1兆5900億円、グーグルの「Google Play」が1兆400億円にのぼっています。

両社の収益源となるのがアプリの制作会社から徴収する手数料です。利用者が有料アプリをダウンロードしたり、アプリのゲームでアイテムを購入したりして支払った料金の一部は、手数料としてグーグルやアップルに入る仕組みで、課金サービスの場合、アプリ事業者は最大30%の手数料を支払っています。アップルやグーグルからすれば、自社のアプリストアや自社の決済システムを使って取り引きをしている以上、手数料を取るのは当然ということになります。

一方で、2社の寡占状態が競争を妨げ、手数料の高さにつながっているという批判もあります。

“従わざるをえない”アプリ事業者たち

こうした現状をアプリを提供する事業者はどう見ているのか。今回、私はアプリゲームを制作する大手各社に取材を申し込みましたが、ほとんどの会社がすぐに「取材は受けられない」と回答してきました。唯一、取材を受けてくれた1社も匿名が条件でした。

なぜ各社が取材を避けるのか。匿名で取材に応じたアプリ会社の担当者に率直に尋ねると、こんな答えが返ってきました。
アプリの提供企業 担当者
「公に答えられないのは、彼らのルールの中でしかビジネスができないため、いつも顔色をうかがわないといけないからだ。手数料が高いというのは業界の共通認識だが、それ以外の手だてがないため、従わざるをえないし、彼らが一番触れられたくないのが課金の手数料なので答えれば仕事がやりづらくなる」
「顔色をうかがわないといけない」ということばが、対等とは言い難い関係性を象徴していると感じました。

自社アプリストアの“義務づけ”も

さらにアップルの場合は、自社のアプリストアの利用しか認めていないため、iPhoneでサービスを提供したいアプリ事業者は審査を受ける必要があります。

アプリ制作や配信を行う事業者が加盟する団体で専務理事を務める岸原孝昌氏も、プラットフォーマーと呼ばれる巨大IT企業は絶大な力を持っていると指摘します。
モバイル・コンテンツ・フォーラム 岸原 専務理事
「力関係で絶対的な差がある。アプリ事業者は今『デジタル小作人』と呼ばれるぐらい非常に弱い立場になっている。アプリの審査でも、基準が主観的かつあいまいで納得のいかないアカウントの停止やアプリストアへの登録の拒否が起きている」

巨大IT企業 新法で規制へ

こうした状況は新規参入の妨げや利用者のコスト上昇につながりかねない。そう考えた政府は今回、新たな法律を作り、巨大IT企業の規制に乗り出すことにしたのです。
法案を所管する公正取引委員会は、今の国会に「スマホソフトウエア競争促進法案」を提出することを目指しています。
規制の対象となるのは(1)基本ソフト(2)アプリストア(3)ブラウザー(4)検索エンジン の4分野です。
規制対象の企業を指定したうえで、競合他社のアプリストアや決済システム、ブラウザーの利用を妨げることや、検索結果を表示する際に、正当な理由がないのに自社のサービスを優先的に取り扱うことなどの禁止行為をあらかじめ示します。企業が違反した場合は、日本国内での売り上げの20%を課徴金として支払わせます。

今の独占禁止法で、ほかの事業者の活動を不当に排除した場合と比べて、課徴金の水準は3倍以上となっているうえ、違反を繰り返した場合には30%に引き上げられます。

私たちにとって何が変わる?

新たな規制で、利用者のサービスはどう変わるのか。
競争法に詳しい慶應義塾大学の渕川和彦 准教授は「今回の新法によってアップルやグーグルが提供するアプリストアの使用を義務づけることが禁止されると思うので、消費者は多様なアプリストアを利用することが可能になる。競争によって良質で廉価なアプリを購入することができるようになる」と話しています。

競争によって手数料が下がれば、アプリ事業者が利用者に求める料金も下がる可能性があります。また、手数料が浮いた分が新たなサービスへの投資に回り、おもしろいコンテンツが生み出されれば、結果として利用者にもメリットが見込めます。

一方で、さまざまな他社のアプリストアが使われるようになることで、十分なセキュリティー対策などが取れないのではないかという懸念も出ています。

さらに、未成年の利用が望ましくないアプリの排除も課題です。このため、今回の法案では規制対象の企業がセキュリティーやプライバシー、青少年保護などのために必要な措置を講じることができるとしています。セキュリティーなどの対策と、競争の促進をどう両立させるかが重要です。

巨大IT規制 先行事例はEU

実は、日本政府が巨大IT企業を規制する法案づくりで参考としたのが、EU=ヨーロッパ連合でことし3月から本格運用が始まった「デジタル市場法」です。
日本の規制では対象となっていないネット通販やSNSなどの分野も網羅し、規制対象の企業には競争を妨げるとして禁止する行為をあらかじめ示しています。違反した場合にはEU域内ではなく、世界での年間売り上げの最大10%を罰金として科すことができるとしていて、日本よりも厳しい措置とも言えます。

本格運用からまもない3月下旬には、早速グーグルの親会社のアルファベットとアップル、それにフェイスブックなどを運営するメタの3社に対し、法律違反の疑いがあるとして調査に乗り出しています。また、EUはこうした規制とは別に、競争を妨げたとしてアップルやグーグルに巨額の制裁金を科すなど対決姿勢を強めています。
ただ、規制を強めるEUに対し、巨大IT企業側からは規制の回避とも取れる動きも出ています。
アップルはデジタル市場法に対応する形で、これまで認めてこなかった他社のアプリストアからのアプリの取得を認め、手数料も引き下げる新たな規約を示しました。

ところが、他社のサービスを利用した場合でも、年間100万回以上のダウンロードが行われるアプリには新たな手数料を徴収する方針などを示し、アプリ事業者からは批判的な声も出ています。

実効性ある規制となるか

こうした状況を踏まえれば、日本の新たな法案に対しても、企業が抜け道的な対応を取るおそれはぬぐえません。

デジタル市場での圧倒的な影響力を背景に、巨額の利益を稼ぎ出す巨大IT企業は、いまや国家を超えた存在になりつつあるという指摘すらあります。また、デジタル分野は技術革新のスピードが速く、私たちの生活スタイルを変えたスマホはその最たる例と言えると思います。それだけに規制に実効性を持たせるためには1国だけで対応しようとするのではなく、EUや各国の当局と連携しながら、絶えず規制のあり方を模索していく必要があります。

新たなイノベーションの芽を摘むことなく社会を進化させていくために、健全な競争は欠かせません。日本の新たな規制がその役割を果たせるのか、今後も取材を続け、検証していきたいと思います。
(4月16日「ニュース7」などで放送)
経済部記者
中島圭介
2004年入局
青森局や首都圏局などを経て現所属
経済産業省を担当