閉めていた窓が... 子どもの転落事故 語れなかった母親の思い

閉めていた窓が... 子どもの転落事故 語れなかった母親の思い
いつもと同じ夜でした。

4歳の息子は窓から外に落ちてしまいました。

すぐそばにいたはずなのに。あのとき、ひと言だけでも声をかけてさえいれば。
後悔ばかりが押し寄せて、自分を責め続けました。

「親の不注意だ」と言われれば、そのとおりだと思います。
その後も子どもが転落して亡くなる事故は後を絶ちません。

もう誰にも同じ思いをしてほしくない。私の経験を伝えます。

もしもあの日に戻れたら

よく日の当たる窓際が、4歳だった光(ひかり)のお気に入りの場所でした。

いつの間にか、窓の下の壁には落書きでいっぱいに。はじめは注意していたものの、その成長がうれしい気持ちもあっていつからか叱るのをあきらめました。
同じ年代の子たちよりも体格がよく、保育園に入ると身長は100センチを超えました。

園の連絡帳にはいつも「元気」のふた文字が。明るさを周りに振りまいてくれるような子どもでした。
何気ない日常の中にある、6月のある夜のことでした。

「ガラガラッ」

夕食のあと、一緒に寝室で過ごしているとき、窓が開くような音が聞こえました。

反射的に振り向くと、はしゃいで遊んでいたはずの光の姿は、もうそこにはありませんでした。

閉めていたはずの窓から風が入り、カーテンを揺らしていました。
もしかして、という胸騒ぎ。

階段を駆けおりて外に出ると、およそ4メートル下の地面に、光がうつぶせになって倒れていました。

「ひかり!ひかり!」

何度も呼び続けましたが、返事はありませんでした。

冷静にならなくてはと、すぐに救急車を呼んだんだと思います。病院に運ばれるとすぐにICUに入り、救命措置が続きました。

どうしてこんなことになってしまったのか、あのときは考える余裕なんてありませんでした。とにかく命だけは助かってほしいと、いちるの望みを持っていました。

およそ2週間後、光は息を引き取りました。
光はとにかく元気に動きまわるやんちゃ坊主。おもちゃの人形を集めてきては、大きな声を出しながら戦わせていました。
近くの遊園地に行ったり、冬になるとスキーに行ったり。家族でいろんなところへ出かけました。
いま振り返れば、家族で笑いあう、それだけの何気ない日常が幸せそのものでした。

あの日も週末の予定について、みんなでああだこうだと話し合っていました。
しかし、思いがけない事故によって、わが家のムードメーカーだった光はいなくなってしまいました。

どうして窓の外に

取材に応じてくれた光くんの母親です。

転落事故は2012年6月に起きました。

あれから12年、部屋の窓際には光くんが夢中になって書いた落書きがそのままになっていました。
「ぽっかりあいた心の穴を埋められるかなって」

母親は、光くんの顔や体格に似せて作ったぬいぐるみを見せてくれました。
どれだけ月日が過ぎ去っても、後悔が薄らぐことはなかったといいます。

あの日、光くんは週に1度通っていたサッカースクールで友達とたくさんボールを蹴って、いつもどおりに楽しんでいたということです。

自宅に戻って夕食を食べたあと、家族はみんなで2階でテレビを見たり、お風呂の準備をしたりしていつもどおり過ごしていました。光くんは、あの出窓にのぼっては布団に向かって飛び込んで遊んでいたそうです。
光くんの母親
「これまでにも、光が何度か出窓のところから布団に飛び降りて遊ぶ姿は見かけていましたが、強く注意することはありませんでした。階段やお風呂場での事故にはすごく気をつけていましたが、まさか窓から転落するとは思ってもいなかったんです」
できないはずだと思っていたことが、次の日にはもうできている。そんな成長の早さに驚くことが増えていたそうです。

出窓にのぼれるようになったのは、事故のひと月ほど前のこと。「危ないよ」と注意することはありましたが、光くん自身も危ないということを理解しているはずだと思っていたということです。

寝室の出窓は畳から70センチ。奥行きが30センチほどでした。

窓は二重になっていました。あの日、夜になって冷え込んできたため、内側の窓を閉めていたということです。ただ、鍵はかかっていませんでした。
そしてほんの一瞬、目を離したときに事故は起きました。

光くんは自分の胸の高さと同じくらいの出窓によじのぼって、窓を開けてしまったと母親は考えています。

母親はすぐ近くにいたものの、まさか自分の力で窓を開けてしまうとは想像もしていなかったと振り返りました。
母親
「どうして“危ないからやめなさい”と声をかけなかったんだろう。どうしていつものように遊んでいるというふうにしか思わなかったんだろう。後悔が消えることはありません。親として何もできなかったんです。まだまだしてあげたいことはたくさんあったのに」

守ってあげられなかった

「小さな子どもをこんな目にあわせるなんて。情けない」

身内にさえとがめられ、自責の念にさいなまれ続けてきました。

人目を忍ぶような生活を送るようになり、近所の人や子どもの学校の人たちとも顔をあわせる機会も少なくなっていきました。外に出るのがおっくうになり、自宅に帰ってきてはカーテンを閉め、ただぼんやりと光くんの写真を見つめていたといいます。
光くんの名前と誕生日が刻まれたペンダントを母親はいつも持ち歩いています。

看護師の仕事を始め、少しずつ前向きになれるようになってきたといいますが、それでも自分を責め続け、10年余りの間、事故のことを振り返って周囲に話すことはできませんでした。

光くんのように、いまも、子どもが転落して亡くなる事故が後を絶たないこと。

取材に応じてくれた理由を尋ねると、母親はそう打ち明けました。
母親
「春になると毎年、同じことを思うんです。私のように責任を感じて孤独を深めている親もきっといるんじゃないかって。親の不注意だということも痛いほどわかっています。それでも誰かを責めるだけでは事故をなくすことはできないんじゃないかと。つらい経験ですが、伝えることで亡くなる子どもや私と同じ思いをする人がいなくなってくれればいいと思います」

子どもの転落 5月がもっとも多く

今月、広島市で高層マンションから3歳の女の子が転落する痛ましい事故がありました。警察によりますと、女の子は自分でベランダに踏み台を出して、誤って柵をこえて転落したとみられるということです。

転落事故は、窓を開けることが多くなるこれからの時期に増える傾向にあります。
東京消防庁は、過去に起きた子どもの転落事故についての傾向を発表しています。

去年までの5年間に都内で起きた5歳以下の事故はあわせて65件にのぼり、このうち、5月が最多の19件と全体のおよそ30%を占め、次いで10月が9件でした。

年齢ごとにみると、1歳が19件と最も多く、次いで4歳が15件、3歳が14件でした。

子どもは大人の想像を超える

長年、子どもの転落事故などについて調査研究している専門家のグループが保育園で行った実験結果があります。

2021年11月に、京都府内の保育園で3歳から5歳くらいの園児49人に協力してもらい、運動能力を検証しました。
ベランダの柵を模した装置に器具を取りけて、120センチから140センチまで高さを変え、園児が柵を乗り越えられるかを年齢別に調べました。
その結果、3歳から4歳くらいでは、柵を高くすることでのぼりにくくする効果がある程度確認できたものの、5歳くらいの園児になると、柵の高さを140センチにしても効果はほとんど見られなかったということです。
中には、自分の身長より高い140センチの柵でも、手足をうまく使って5秒ほどでのぼってしまう園児もいました。

この高さはのぼれないだろうと思っていても、子どもによっては大人の想像を超えて窓枠にのぼったり、ベランダを乗り越えたりすることができてしまうことがわかります。

事故を防ぐためにできること

転落事故を起こさないためには何ができるのでしょうか。

内閣府は、ふだんの生活の中で子どもから一瞬たりとも目を離さないことは難しいとして、子どもの見守りとともに事故が起きない環境をつくるために次のようなポイントを意識するよう呼びかけています。
<環境づくりの4つのポイント>
1. 補助錠をつける
2. ベランダにはものを置かない
3. 室内の窓の近くにものを置かない
4. 窓、網戸、ベランダの手すりなどに劣化がないかを定期的に点検する
1. 補助錠をつける
子どもが勝手に窓や網戸を開けてベランダに出ないように、窓や網戸には子どもの手の届かない位置に補助錠をつける。

特に網戸は小さい子どもの力でも簡単に開くので施錠を徹底する。
2. ベランダにはものを置かない
使わなくなったおもちゃ、プランター、ひもで縛った新聞、段ボール、いすなど、子どもが踏み台にするものを極力、置かない。

また、エアコンの室外機は手すりから60センチ以上離して設置するようにする。ベランダの奥行きが狭く、エアコンの室外機が足がかりになりそうな場合は、子どもがひとりでベランダに出られないようにする。
3. 室内の窓の近くにものを置かない
子どもはソファやベッドなどの家具を足場にして、室内の窓から転落する可能性があるため、窓に近い場所にもできるだけものを置かないように部屋のレイアウトを工夫する。
4. 窓、網戸、ベランダの手すりなどに劣化がないかを定期的に点検する
網戸が外れやすくなっていたり、網が剥がれそうになっていたりしないか定期的に点検する。

1歳の体重でも網戸に寄りかかると外れて転落することがある。
また、転落防止の手すりを設置することも対策の1つになる。

さらに、子どもの見守りや教育を徹底することも重要だとしています。

▽子どもだけを家に残して外出しない
「5分から10分ですぐ戻るから」と子どもを家に残して外出しない。
子どもは家に保護者がいないと気づくと不安になって家じゅうを探し回るため、窓などの鍵を開けたり、ベランダから外の様子をのぞき込んだりすることも。

▽ベランダでは子どもだけでは遊ばせない
子どもは外から聞こえてくる電車や車の音、家族や友達の声、犬の鳴き声などに反応して、音のする方を見ようとしてベランダから身を乗り出して転落することがあるので、ベランダでは子どもだけで遊ばせないようにする。

▽窓枠や出窓に座って遊んだり、窓や網戸に寄りかかったりさせない
出窓に座って遊んでいて、網戸が外れて転落する事例は小さな子どもだけでなく、7歳以上でも起きている。
窓枠や出窓に座って遊んだり、窓や網戸に寄りかかったりさせない。

専門家「個別の事故の情報共有を」

小児科医で、子どもの転落防止対策などに取り組むNPO法人の山中龍宏理事長は、次のように指摘しています。
NPO法人 Safe Kids Japan 山中龍宏理事長
「日本では小さな子どもの家庭内の事故となると親が目を離したということで親の不注意とか親の責任だという話になりがちです。しかし、家事などもある中で、現実的に目を離さないということは難しいです。事故が起きているということは、いまの対策では十分ではありません。もはや人の努力ではなく、製品や環境づくりで子どもの安全を確保していく必要があると思います。そのためには専門家などが分析できるよう、個別の事故の詳しい状況を社会で共有して、有効な対策を講じることが重要です」

国や自治体の対策は

子どもが転落して亡くなる事故が後を絶たないなか、国や自治体は新たな対策に乗り出しています。
消費者庁
2020年までの5年間に建物から転落して死亡した9歳以下の子どもが21人にのぼったことなどから、去年6月、再発防止を目指す必要があるとして独自の調査に乗り出すことにした。調査では過去の転落事故の詳しい原因分析やすでにある事故対策製品の情報整理、そして再発防止のための情報発信のあり方などが検討されている。
国土交通省
共同住宅(分譲マンションおよび賃貸住宅)を対象に、子どもの安全確保に資する設備の設置に対する補助を出している。転落防止の手すりや補助錠の設置など。
東京都
ことし3月、転落事故の予防策をまとめた提言を公表した。子どもがときに予想外の行動をとり、見守りにも限界があることを念頭に、家庭内の環境を変えていくことが必要だとして調査を実施。0歳から3歳までの乳幼児を対象に、転落の原因となる「よじ登り」「寝返り」の行動分析を行い、よじ登る際の高さや引っ張る力、寝返りの速さや距離について計測。乳幼児がいる保護者への聞き取り、転落した家具などの画像の収集・分析などを行った。

提言では、窓際に配置された家具などから転落していることがわかったことから、家具の配置を見直すこと、家具の固定を徹底するなど5つの項目が示されている。

また、都内のマンションなどの集合住宅で、小学生以下の子どもと同居する世帯を対象に、エアコンの室外機を足場にしないように周囲に柵を設置したり、窓から落ちないよう補助錠などを設置したりするといった改修費のうち3分の2を、30万を上限に補助。また安全対策を施した集合住宅を新築したり改修したりした住宅事業者にも費用の一部を補助している。
名古屋市
ことし6月から、市内の5歳以下の子どもがいるおよそ7万9000世帯に、窓枠に取りける「補助錠」を配布することに。配布したあと、補助錠を実際に設置したかなどを確認するアンケートも実施し対策につなげる。また、子どものいる世帯を対象にした住宅改修の補助制度の創設を検討している。
社会全体で子どもの転落事故を防いでいこうという、こうした取り組み。幼い子どもの命を守るために必要なこと、抜け落ちてしまっている視点や対策はないか。今後も取材を続けていきます。

(2023年4月28日おはよう日本、2024年4月19日ニュースーンで放送)
名古屋放送局記者
中谷圭佑
2018年入局
警察担当として事件事故を取材
富山局を経て現所属