「給料上げて」は言いづらい 組合未加入5000万人の賃上げは?

「給料上げて」は言いづらい 組合未加入5000万人の賃上げは?
「給料を上げてくださいと直接言うのは難しい」

アルバイトで働く20代男性はそう話しました。

例年以上に注目されたことしの春闘。しかし、取材を進める中で「自分には春闘は関係ないし賃金は上がらない」という声を多く聞きます。

労働組合に入っていない企業などで働く人はおよそ5000万人。どうやって賃上げの動きを広げていくのか。そのヒントを探ります。

(水戸局記者 安永龍平/北九州局記者 伊藤直哉)

2年連続で時給アップ

「労働組合に入っていない人たちの賃上げを進めようという取り組みがある」

そう聞いて向かったのは東京・渋谷区の焼き肉店。

店で働いているアルバイトは現在、大学生など12人。
店では3月下旬にアルバイトの時給を100円引き上げて1400円にアップしました。

去年4月にも時給を100円引き上げました。

アルバイトは全員、労働組合に入っていません。

時給アップはうれしい

都内の大学の薬学部に通う4年生の男子学生はおととし5月からこの焼き肉店でアルバイトとして働いています。

実家で暮らしていて週に2日程度働き、月およそ6万円の収入を得ています。

友人との食事代や大学の教科書などにあてていますが、物価の上昇で必要な出費も増えています。
アルバイトの学生
「時給を上げてほしいと思っていたのですごくうれしい。給料を上げてくださいと個人で直接お願いをするのはなかなか難しい。給料が上がればモチベーションにつながる」

平均時給よりも低かった

どうしてこの焼き肉店は時給を引き上げたのか?

当初はその予定はありませんでした。

きっかけはこの店の求人広告を掲載するサイトの運営会社からの呼びかけでした。

担当者がお店を訪問して、あるデータを示したのです。
それは隣接する東京・港区の飲食店の平均時給。

人手不足などを背景に上昇傾向が続き1340円まで上がっていました。

焼き肉店よりも40円高かったのです。
この店では卒業や就職などで毎年春を中心に仕事を辞めるアルバイトが出るといいます。

そのたびに新しいアルバイトを募集しますが、採用が難しくなってきていると感じていたので、港区のデータを見て時給の引き上げを決断しました。

増加するコストは年間約50万円と見込んでいます。

ただ、持続可能な経営のためには賃上げは欠かせないと考えました。
伊藤生人 店主
「だんだん周辺の店の時給が上がっているということで、頑張ってくれるアルバイトを採用できた方がいいと考えて前向きに賃上げを決めた。今は人手が足りなくて店内に案内できない客が出てしまうケースもあるので、時給を引き上げることでアルバイトの人数を確保し、客をより多く受け入れて売り上げをさらに伸ばしたい」

組合未加入の人たちの賃上げを後押し

なぜ、求人広告サイトの運営会社が賃上げを呼びかけるのか。

この会社は労働組合に入っていないアルバイトやパートなどの賃上げを後押しすることが目的だといいます。

そして、求人広告を掲載する会社の時給が上がると仕事を求めるより多くの人がサイトを訪れるようになります。

そして求人広告を出したいという企業も増え、会社の売り上げアップにもつながる。

そうした好循環が生まれるというのです。
営業の担当者
「たとえば時給1100円台だと2.2%の応募しかとれないのに1200円だと18%に応募が増える。時給によってこれだけの応募の格差があると説明している。周辺の時給に敏感でなかったりほかの企業の動きを知らない方も多くいるので私たちが介入する価値があると思う」
ディップ 冨田英揮社長
「働く人の中には立場が弱いために会社に賃上げを求めることが難しいケースが多くそうした要望を代わりに伝える取り組みを続けている。企業は今、人手不足で困っていて、賃上げはその対処法として大きな効果がある。賃上げを呼びかける取り組みは労働者、雇用者の双方に意義があり給与を上げることは日本の経済を回していく上でも一番重要だと考えている」

従業員代表が交渉 2年連続のベア実現した企業も

労働組合がなくても従業員の代表と経営側が話し合い賃上げなどを決める動きも出ています。

創業110年の福岡県須恵町にある金属加工などを手がける中小企業。
従業員は100人余り。

労働組合はありません。

ただ、従業員の声が経営側に届きやすい場が重要だと考え、5年前から社内の3つの事業部でそれぞれ選ばれた従業員の代表15人ほどが社長や常務などの経営側と話し合っています。
会社によりますと、従業員の代表が集まって毎年8月ごろから決算書などをもとに、来期はどのくらいの賃上げが可能か、職場環境の改善点などは何があげられるかについて話し合い、9月に経営側に要望を提出するといいます。

そして、経営側と協議を進めて、賃上げの金額などを決めています。

従業員が経営の状況や事業の採算性などについて学んで働く側の意見を集約したうえで経営側に提案や要望を行う必要があり従業員にとっては負担が増えることになります。
ただ、経営側と賃上げなどについて話し合うことができるためメリットは大きいといいます。

この会社では、こうした取り組みを通じて2年連続でベースアップを実現していて、去年は、定期昇給などを含め平均1万6000円引き上げたといいます。

ことしも8月頃から賃上げに向けて従業員と経営側が話し合いを始める予定です。
従業員代表の1人でとりまとめ役 花井宏喜課長
「社員が賃上げなどについて意見を述べることができるし、意見を吸い上げやすいところがこの取り組みのメリットだと感じる。経営側と社員が一体となってよりよい会社を作っていこうという方向に進んでいると感じていて意義がある取り組みだ」
ベルテクネ 前田努社長
「対等に話し合えるというのは非常に良いことではないかと思う。中小企業も賃上げの流れについていかないと人材の採用などで厳しい部分があるので、従業員と話し合いながら良い会社にしていきたい」

労働組合の組織率は過去最低

ことしの春闘について労働組合の中央組織、「連合」が4月18日に公表した回答集計結果によると賃上げ率の平均は5.20%。

33年ぶりの高い水準です。

ただ、これは労働組合に入っている人のデータ。

一方で、厚生労働省の調査では労働組合の推定組織率は去年6月の時点で16.3%と過去最低となりました。

企業などで働く人のうち、労働組合に入っていないのはおよそ5000万人に上ります。

賃上げの新たなルールを

労働組合に入っていない人たちの賃上げを実現するためには何が必要なのか。

労使の関係や賃上げについて研究する労働政策研究・研修機構の呉学殊 特任研究員に話を聞きました。

呉特任研究員は社会全体で賃上げを持続させるためには労働組合の組織化を進めるだけでなく新たなルールや制度が必要だと指摘します。
呉特任研究員
「中小企業でも従業員の数が少ないほど労働組合がない職場が多く従業員が経営側と賃上げについて話し合ったり賃上げの要望を伝えたりすることが難しいのが実態だ」

従業員代表制とは

その上で導入を検討すべきだとしたのは「従業員代表制」と呼ばれる制度。

従業員を代表する組織または個人が、経営側と賃上げなど労働環境の改善に向けた交渉を行う仕組みです。

呉特任研究員によると「従業員代表制」は日本では制度化されていませんがドイツやフランス、それに韓国などで導入されているといいます。

国によって従業員代表の人数や選ばれ方など仕組みに違いはありますが、多くは投票などで選出されます。

今回取材した福岡県の中小企業の取り組みは韓国で導入されている制度の仕組みと似ているといいます。

厚生労働省によりますと日本でも労働者の過半数が入っている労働組合がない企業では過半数の労働者によって選ばれた代表者が時間外労働などに関するいわゆる36協定の締結にあたることが労働基準法で定められています。

ただ、労使で協定を結ぶ際にはその項目ごとに代表を選ぶ必要があります。
呉特任研究員
「労働組合に未加入の人たちの賃上げに向けて、働く人の声を経営側に届けることができ、賃上げするためにはどうすればいいかを労使が一緒になって考えることができる環境の整備が必要だ。そのための方法の1つとして従業員代表制の制度化を国も検討すべきだと思う」
(3月13日「おはよう日本」で放送)
水戸放送局記者
安永龍平
2019年入局
北九州局を経て現所属
北九州放送局記者
伊藤直哉
2017年入局
山口局を経て現所属