命守る研究続ける “傷つけ合う”母国スーダンを思う1年

命守る研究続ける “傷つけ合う”母国スーダンを思う1年
アフリカのスーダンで、軍と準軍事組織による武力衝突が始まって1年。

800万人以上の人々が住む場所を追われ、深刻な人道危機が続いています。

実は今、そのスーダンの人たちが、鳥取県である研究を続けています。

帰国の見通しが立たず、不安を抱える日々を過ごしながらも、母国の食料不安の解消に向けて研究に打ち込む男性の思いを取材しました。
(鳥取局 土方薫)

鳥取砂丘がつないだ研究

鳥取県の観光名所、鳥取砂丘。

そのすぐそばにあるのが鳥取大学乾燥地研究センターです。

そこで農業研究を続けているのが、スーダン人のイザット・タヒルさん。
研究者として小麦の品種改良を始めて約30年。

おととし秋に鳥取大学の客員教授として来日しました。

スーダンとおよそ30年間に渡り交流を続けてきた鳥取大学。

スーダンは年間を通して高温で乾燥が続くことから小麦を栽培する環境としては「世界で最も過酷」とも呼ばれています。
鳥取大学の乾燥地研究センターは、5年前からこのスーダンの高温と乾燥に耐えられる小麦を開発する共同プロジェクトをスーダンの国立研究機関と行っています。
今は、留学生や研究者8人が小麦の新しい品種の開発などに向けた研究を続けています。

イザットさんは、プロジェクトのスーダン側のリーダーです。

母国スーダン、人道危機続く

イザットさんの母国・スーダンでは、去年4月に軍と準軍事組織RSF=即応支援部隊による武力衝突が始まってから1年になりました。
今も首都などで断続的に戦闘が続いていて、これまでに820万人以上が家を追われました。

人道支援を必要としているのは人口の半分に上ります。

妻と子も鳥取に

イザットさんは、武力衝突を受けて去年5月に妻と2人の子どもを呼び寄せました。
状況が改善すればすぐに帰国する予定でした。

しかし、去年12月、戦闘はイザットさんの家がある地域にも拡大。

自宅も荒らされ、とても故郷に戻れる状況ではありません。

親族の多くは今は無事ですが、家を追われて国内外に避難している人もいると言います。

平穏が続くと思われた地域にも戦闘は広がっています。

イザットさんは、この1年、母国のことが頭から離れなかったと言います。
鳥取大学乾燥地研究センター イザット・タヒル客員教授
「この1年間、1日たりとも気が休まる日はありませんでした。スーダンに残った家族ともなかなか連絡を取ることはできません。同じ国の人同士で傷つけ合っていて、国を自分たちの手で壊している。なぜこんなことが起こってしまっているのか、残念で仕方がありません」

子どもたちの将来は…

イザットさんが今、最も気がかりなのが一緒に暮らす2人の子どもたちの将来です。

スーダンでは大学に通っていた2人。

武力衝突が起きてからは勉強できない状況が続いています。

首都ハルツームの大学で都市工学を学んでいた息子のアハムドさん。
本来ならば卒業を控えている時期ですが、2019年に大学入学後、コロナ禍、そして、今回の武力衝突が重なり、これまでほとんど授業を受けることができていません。

医師を志して地元の大学の医学部で勉強を始めたばかりだった長女のアーヤさん。

武力衝突がここまで長期化するとは想像していませんでした。

戦闘が収まらなければ、医学を学ぶことも難しくなるのではないかと危機感を募らせています。
アーヤさん
「突然、日常の全てが消えてしまいました。スーダンがここまで悪い状況になるとは思っていませんでした。日本に来るときに大学のノートもすべて家に置いてきてしまいました」
断ち切られた大学生活。

2人は心の中に空いた穴を埋めるように、父イザットさんが働く大学で研究の手伝いをするほか、オンラインの講座を始めたり、日本語の勉強をしたりしてきました。
アーヤさん
「日本語や日本の文化を勉強するのは楽しいです。でも心の中では、友だちも家族も周りにいて勉強できていた日常が失われてしまった悲しみを感じてます。大学で勉強していた時間が恋しいです。違う国のほかの大学であっても早く勉強を再開したいです」
イザットさんの鳥取大学での任期はことし9月。

自分も家族も、これからどうなるのか、不安を募らせています。
鳥取大学乾燥地研究センター イザット・タヒル客員教授
「大学での客員教授の任期は9月までですが、その期間で今の状況が収まって戻れることを祈っています。それが私たちの夢ですが、そうでなければ今後どうすることになるのかわかりません。父親としては子どもたちの将来が心配です。子どもや若者の将来が破壊されてしまっているのは本当に悲しいことです」

研究はスーダンの人たちの命に関わる

イザットさんたちが鳥取大学と続ける研究にも大きな影響が出ています。
スーダンでは、研究拠点がある地域にも戦闘が拡大し、研究拠点は去年12月以降、準軍事組織に占拠されています。

ここで働いていたスーダン人の研究者は現在、別の場所に避難していますが、拠点がどうなったかは分かっていません。

鳥取にいるスーダンの人たちは、帰国しても安全を確保することが難しい状況です。一部の人たちは当初の予定を変更し、大学からの協力も得て鳥取で研究を続けています。

日本などで就職先を探さざるを得なくなっている留学生もいると言うことです。

イザットさんは自分たちの研究が続けられなくなれば、スーダンでの小麦栽培に悪影響が出て、人々の生活にも大きな打撃を与えると懸念しています。
鳥取大学乾燥地研究センター イザット・タヒル客員教授
「日本に留学しているスーダン人は、スーダンの小麦研究の将来を担うために帰国して研究を続けるはずでした。食糧は人々が生きる上で最も大切なのです。今やっているさまざまな活動が計画通りに進まなければ、スーダンの人たちの命に直接影響が出ることになります。状況が良くなり、彼らがスーダンに戻って研究を続けられることを今でも願っています」
プロジェクト継続のため、リーダーを務める鳥取大学名誉教授の辻本壽さんとともにできる限りの手を尽くすイザットさん。
スーダン国内の避難先にいる研究者たちと週に1回、オンラインでミーティングを重ねて現地の状況を共有し、プロジェクトの今後の方針を決めています。

またJICA=国際協力機構などプロジェクトを支援してきた機関にも協力を求めています。

大きな打撃を受けている研究活動。

それでも絶対に諦めたくないと、強い覚悟で研究を続けています。
鳥取大学 辻本壽名誉教授
「鳥取大学に来ているような人たちは、今後スーダンの農業生産とかでリーダーになっていくような人たちです。スーダンが非常に厳しい状況で困っているときに、日本が、私たちが精一杯のことをしていきたい。そういった『ス-ダンと日本の火』を消さないというのが重要だと思うんです」
鳥取大学乾燥地研究センター イザット・タヒル客員教授
「鳥取大学の人たちに支援してもらっていることが、私たちが研究を続けるための支えとなっています。この厳しい状況のなかであっても、人々に食料を提供して助けることができる限り、この研究を続けていきます。私たちは決して研究を止めません」
鳥取放送局記者
土方薫
令和4年入局。鳥取局が初任地で事件・事故の取材を主に担当。
イザットさんら鳥取大学のスーダンの人たちを継続取材。