なぜ世界中で大人気? 村上アートの秘密に迫る

なぜ世界中で大人気? 村上アートの秘密に迫る
「頭をパカッと開けるような状態をつくって、開けっぱなしの状態を見せるのが僕ら、芸術家の仕事なんです」

こう語るのは、現代アートの最前線を走り続ける村上隆さん。これまで、ベルサイユ宮殿で個展を開いたり、オークションで作品が億単位で落札されたりと、世界中を驚かせてきました。

なぜ村上アートはこれほど世界中で大人気なのか。村上さんへの密着取材から見えてきたものとは?

(BS「フロンティア」取材班 三浦規義 / 上野智男)

村上隆さんとは?

村上隆さんは東京藝術大学日本画科出身で1990年代に現代美術作家としてデビュー。現在62歳です。

カラフルでポップな「お花」がトレードマークで、オタク文化と日本美術を融合した独自のアートは世界を席捲してきました。

去年だけでアメリカや韓国、フランスといった国々で個展を開くなど、世界中からひっぱりだこです。

ベールに包まれた村上さんの制作工房に密着!

今回、密着取材が許された村上さんの制作工房は埼玉の工場地帯にあります。

工房に足を踏み入れてまず驚くのが、大規模な制作体制です。物流倉庫を改造した工房の敷地はなんと2700坪もあり、総勢160人のスタッフが働いています。4交代制で工房は24時間稼働しています。
大人数のスタッフがいるのですが、工房内はとても静か。スタッフ間での雑談はほとんどなく、作品作りに関係すること以外の無駄な会話はありません。みんなが作品作りに没頭していました。

そんな、村上さんやスタッフに話しかけるのも、足音を立てるのもはばかられるような状況のなかで、取材班はひっそりと撮影を始めました。

村上アートはどうやって生まれる?

村上さんといえば、かわいいお花の絵やキャラクターのイメージがありますが、実は巨大で緻密な色づかいの絵画を制作しているのも特徴のひとつです。

過去には幅25メートルもの大作を制作したこともあります。
こうした手の込んだ作品を毎年のように海外の展覧会に出品することを可能にしているのが独自に編み出された工房体制です。

ある日、村上さんが「うちのスタジオの哲学をお話しします」と案内してくれたのは、大きなホワイトボードの前。

そこには、その日の作業工程が書かれており、誰がどの作業をするかが分かるように、スタッフの写真とともにスケジュールが書き込まれていました。
村上さん
「僕らの工房の特徴だと思うんですけど、カードみたいなのを作って誰でも分かるような進行表みたいなのを作ってるのがうまくいってるポイントかな。
僕、名前を全く覚えられないので、顔はちゃんと認識してるんですけど、この人が今何をやって、何時まで何をやっているのか、そういうのを理解するためにこのチャートを有用してます」

口頭での指示はほとんどなし?

工房では専門に応じて業務が分業化されており、パソコンで絵の下図を作るデータ班や、キャンバスに絵の具を塗るペイント班、金箔を貼るチームなどに分かれています。

同時に複数の作品に取りかかることができ、効率よく制作することができるのです。

大勢のスタッフを統括する村上さんですが、実は口頭で指示をすることはほとんどありません。

スタッフとのやりとりに使われるのが、「指示書」と呼ばれる紙です。この指示書を通じて細かな色の修正などの指示を出します。
村上さん
「僕は口頭での承認は拒否しています。どれだけスタッフが大変か理解していますけど、必ずビジュアルで、フリップを作ってもらうようにしています。
働いてる人たちは皆さん芸術家で、インスピレーションで動いちゃう人たちが多いので、僕が承認したものでないものは絶対一筆たりとも描いてはいけないとすることで、僕自身の意思と彼らの技術をミックスさせてます。
とにかく全てのプロジェクトにおいて一番大事にしているのは、時間の短縮とクオリティーのキープなんです」
村上さんの頭の中にあるイメージをそのまま作品に反映できるように、大勢のスタッフたちと確実に共有していくメソッドが構築されています。

それこそが、細部までこだわり抜いた作品を次々と生み出せる秘密なのです。

最新技術を用いたアート

とてもシステマティックに作品づくりが進む一方で、意外な方法も用いていました。

それは、アートに最新のAIを用いることです。例えば、村上さんの過去作品の虎をAIにかけると、後ろ足や目などにちょっとした違いがある絵がいくつも出来上がりました。
なぜAIを使うのか、村上さんに尋ねると…。
村上さん
「普通、やっぱ絵を描けない人がうまい絵を描くためにAIを使いますけど、僕の場合、崩して絵を下手っぴにするのにAIを使いたいので。
でも下手っぴというか、その文脈がずれてくる瞬間。ミストランスレーションみたいなのが結構僕のテーマだったりするので。大変。ずいぶんこっちが考えているのと違うものができてきて、こういうの面白いんですけどね」
こうして生まれてくる破格の村上アート。

海外ではどんな評価を受けているのか。村上さんから「今度スイスで個展があって、そこには大コレクターやギャラリストたちが集まる」と教えてもらい、取材させてもらうことになりました。

やってきたのはスイスのリゾート地

ことし2月、村上さんを追ってやってきたのはスイスの山奥のまち、グシュタード。

冬の時期は大自然のなかでスキーを楽しめるリゾート地として知られ、ヨーロッパ中から裕福な人たちが集まります。

スイス展のオープン前日、美しい街並みを撮影していると、村上さんと遭遇しました。
周りにいた人たちも村上さんに気づき、いっせいにスマホを取り出し写真を撮り始めました。

海外に来て早々、その人気ぶりを実感しました。

いよいよ、個展会場のギャラリーへ。プライベートの飛行場が併設されたギャラリーには、村上さんの作品目当てに、世界中からアートコレクターや美術館関係者が集まっていました。

コレクターたちはいかにも高級そうな服を身につけていたり、毛並みの良い犬を連れていたり。そしてギャラリストが彼らにすかさず商談を始めるなど、日本ではなかなか見られない光景が広がっていました。

そこにかわいいキャラクターの帽子をかぶった村上さんが登場すると、一瞬で人だかりができました。

村上さんは写真撮影に快く応じ、観客を楽しませるエンターテイナーでした。

海外で評価されるコンセプト

スイス展では「DOB君」というキャラクターの立体像が展示されていました。

DOB君は1993年にミッキーマウスなどを下敷きに村上さんが生み出したアニメ的キャラクターです。以降、村上作品に数多く用いられるモチーフになっています。
この展覧会の主催者のひとり、ギャラリーオーナーのジョセフ・ナーマドさん。

DOB君には深いコンセプトがあり、それこそが魅力なのだと教えてくれました。
ギャラリーのオーナー ジョセフ・ナーマドさん
「このキャラクターは日本の90年代の若者たちの間で大きな現象となった、「カワイイ」や「オタク」文化にインスピレーションを得て生み出されました。
村上はそれを西洋の現代アートの領域に持ち込み、西欧と日本の2つの世界を融合させたのです」
「カワイイ」、そして「オタク」。

村上アートの原点を理解するためのキーワードです。

村上さんが生まれたのは1962年。「天才バカボン」や「ゲゲゲの鬼太郎」などが大好きな少年で、将来の夢はマンガ家でした。
しかし、その才能がないことを悟ると、アニメーターの道を極めるため、2浪して東京藝術大学日本画科に入学。

転機が訪れたのは24歳の時。現代アートに出会うと、そのコンセプトの面白さに惹かれ、作品を発表するようになりました。

世界でもたたかえるコンセプトを模索する中でたどり着いたのが、日本独自の「オタク」文化だったのです。
村上さん
「僕の一番のポイントは、やっぱりアニメが大好きで、そのアニメが日本独特の進化を遂げてるっていうのが、僕らの世代の、オタク第1世代のある種誇りでもあり、その発見でもあったんですね。
でも、それはもちろんその細かいディテールなので、全然美術の文脈とかに組み込まれてなかったんで」
新しいコンセプトを打ち出すことが重視される現代アートの世界で、村上さんはマンガやアニメといったオタク文化をファインアートと融合させる新たな視点を生み出し、現代アーティストとしての地位を確立したのです。

作品に込められた意味とは?

さらに、スイス展では、DOB君に村上さんの内面や、作品に込められたメッセージを深く感じ取っている人にも出会いました。

村上アートの愛好家で、アートコレクターのキャシー・ヴェドヴィさんです。
キャシーさん
「DOB君は、時間をかけて見れば見るほど、多くの解釈が生まれてくる気がします。サッと通り過ぎるだけでは分からない、自問し続けざるを得ない何か深いものがあるのです。
DOB君の後ろを見てください。ジグザグのしっぽに不穏な兆しを感じます」
かわいらしい「DOB君」になぜか不穏さを感じ取っていたキャシーさん。

「DOB君が怪物に変貌した作品がある」と、フランス・パリにあるコレクション部屋に案内してもらいました。飾られていたのはDOB君の彫刻作品や絵画。

リビングには幅7mを超える一番大きな作品。中央に描かれているのが巨大化したDOB君で、嘔吐していることから「ゲロタン」と呼ばれています。
父親が現代美術を扱う画商という家庭で育ったキャシーさん。

実は、村上作品と初めて出会ったとき、おもちゃのようで子どもっぽいと感じて受け入れられなかったといいます。

しかし、DOB君が村上さんの自画像だと気づいてから、その魅力に惹かれるようになったといいます。
キャシーさん
「私は村上を知るようになり、彼が苦悩の時期を経験していること、そして日本で起こる出来事や自然災害に非常に心を痛めていることを理解しました。
この絵は、そうした事態に直面したときの人間の暴力性や恐怖、弱さを表現していると思います。
彼は感情豊かなアーティストであり、自分の芸術に全てを注ぎ込んでいます。彼の作品は、個人的な経験と逆境によって強化されているのです」
「村上の作品は非常に複雑であるため最終的には魅了されるんです」とも語っていたキャシーさん。

コレクターの視点では、作品を見た目の美しさだけで評価するのでは無く、その背後にあるアーティストの内面や社会的なメッセージを考えながら鑑賞していることが分かりました。

世界的な有名人とのコラボも?

村上さんは作品制作をするだけではありません。ファッション企業やお菓子メーカーなどともコラボして商品を開発しています。

また、過去にはシンガーソングライターのビリー・アイリッシュさんやラッパーのカニエ・ウエストさんといった世界のトップアーティストと一緒にミュージックビデオをつくり、アートの枠組みを拡大してきました。

今回の密着取材では、著名人とタッグを組んで新しいものを生み出す現場にも遭遇しました。
なんと韓国発のトップアーティスト、NewJeansをプロデュースしたミン・ヒジンさんが村上さんの会社を訪れたのです。

ことし6月に日本でのデビューを控えたNewJeans。それに向けて、5人のメンバーとファンをモデルにしたキャラクターを描いてほしいという依頼でした。打ち合わせが始まると、すぐにアイデアが生まれてきました。
ミンさん
「NewJeansを象徴するのがうさぎなので、うさぎちゃんをキャラクターに。四角いうさぎとかダイヤ形のうさぎとか、ファンのいろんな個性をいかしたい。スーパースターは遠い感じなんですけど、本当に身近にいる感じにしたいんです」
村上さん
「丸がいいのかな、うさぎっぽい、こういう台形っていうか。ぼくね、キャラクターをかわいく描くのにメソッドがあって、顔の半分の下ぐらいに(目や口を)描くんですよ。それよりも目がすごい大きくて全体的にバーンとしてるほうがいいのかな?」
ミンさん
「これかわいいです」
ふだんは張り詰めた空気感で制作を進めていく村上さんですが、この日は、なごやかな雰囲気で打ち合わせが進みました。
ミンさん
「へインさんは唇に特徴があって、目が大きいんです」
村上さん
「俺くちびる表現しないからな、むずかしー」
村上さん
「ハニちゃんが似ないね」
ミンさん
「口の形がハニちゃんの特徴で、目は小さいんですけど、いつも笑顔でキュート」
村上さん
「ハニちゃんが一番難しいなあ」
2時間の打ち合わせの間、ふたりのアイデアはとどまることを知らず、ミンさんの考えているイメージを形にすべく、村上さんはずっと手を動かし続けていました。

キャラクターの下図がある程度できたところでこの日は終了。
村上さん
「100メートル走ったみたいな感じなんですよ。完全にクリエイティブモードになってるんで、頭が」
ミンさん
「村上さんの瞬発力に感動しました。私がイメージしたものを村上さんが実現してくれました。
村上さんの絵は少しコンプレックスなところを戯画化して、楽しく解消してくれるんです。カジュアルに見えるのですが、内面に深みのある作品スタイルが良いなと思いました。
今回のコラボは、アーティスト同士の新しい交感や次元、そのような脈絡において本当に意味のあることだと思います」

現在開催中 京都での展覧会

村上さんの日本で8年ぶりの個展が現在、京都で開催されています。
取材班は京都展に向けて160点もの新作を短期間で作り上げる現場に半年間密着しました。

「日本の美術の、美術館の興行が変わるぐらいの革命的なことがたくさん生まれてると思う。今回は苦しめば苦しむほど、未来の芸術のやる人々にとってはベネフィットがあるんじゃないかな」と村上さんが語る京都展。

その詳細は「フロンティア 夢見る“怪物” 村上隆」でぜひご覧ください。
フロンティア その先に見える世界「夢見る“怪物” 村上隆」
BS 4月23日(火)午後9時~
BSP4K 4月25日(木)午後1時~
BS 4月26日(金)午前9時25分~
京都放送局ディレクター
三浦 規義
2019年入局
首都圏局、大阪局を経て現所属
京都の地域情報を担当
上野 智男
1989年入局
33年にわたり、美術・歴史・福祉番組などを多数制作し2022年に退職
現在は京都を拠点に活動している