“ある日 突然、水が出ない”全国危機マップで見る水道リスク

朝、顔を洗おうとしたら、なぜか水が出ない…
これは被災地の話ではありません。

先月、茨城県のある町で突然、断水や水の濁りが発生したのです。
それも1軒や2軒ではなく、町内全域です。
原因は“老朽化”による水道管の破損。
こうしたリスクがいま全国で急速に拡大しています。

「あなたの町は大丈夫?」

全国およそ1400の水道事業者のデータ分析から私たちの足元に広がる水道の危機を考えます。
(※記事内のマップでは、水道料金や老朽化、耐震化の状況がお住まいの自治体ごとに分かります。地図を動かして、隣の自治体とも比較してみてください)

「クローズアップ現代“水道クライシス”全国危機MAP あなたの町は大丈夫?」(NHKプラスで配信 4月22日(月)午後7:30~)(配信期限 :4/29(月) 午後7:57 まで)

突然、町全体で水道が・・・

水を求め住民が給水車に 3月 茨城県大洗町

3月12日の早朝、茨城県大洗町。

突如、町のほぼ全域6700世帯で断水や水の濁りが発生しました。

復旧までに36時間がかかり、4つの小中学校が臨時休校する事態にも。

亀裂が入った水道管から漏れ出す水(画像提供 大洗町)

原因は“老朽化”。
50年以上前に埋めた「石綿セメント管」と呼ばれる古いタイプの水道管に亀裂が入ったのです。

大洗町の水道管の老朽化率は37.8%(2021年度)。

全国平均22.1%の倍近くまで老朽化が進んでいました。

「いつでもどこでも、安全な水が飲める」がいま、当たり前ではなくなっています。

こうしたリスクはどこまで広がっているのか。

マップで確認“あなたの町は大丈夫?”

今回、NHKでは「水道統計」というデータから全国各地の上水道事業の現状を可視化しました。

マップでは「水道料金」や水道管の「老朽化率」「耐震化率」が、高いのか低いのか、お住まいの市区町村ごとに分かります。
(地図を拡大してクリックしたりタブでデータを切り替えたりできます)

水道料金…概ね3人世帯の料金(20立方メートル/月)
老朽化率…法定耐用年数(40年)超の管路の割合
耐震化率…耐震適合性のある基幹管路の割合

※色分けは各自治体において、最も給水人口が多い事業者のデータを反映。
※灰色の自治体は上水道事業のデータなし。
※2011年度と2021年度の数値の差は、この間の市区町村合併や事業統合などの影響も受けます。

地域で状況は大きく異なり、水道料金は最大で8倍の差があります。老朽化率、耐震化率も0%から100%までと、様々なことに気が付くと思います。

「料金は安いけど、老朽化が進んでいるな」
「耐震化率が低いから、水の備蓄を増やしてみようかな」

是非、地図を動かして全国平均や隣の自治体と比べ、水道を考えるきっかけにしてください。

“地球4周分”が老朽化

まずは老朽化率。
法定耐用年数の40年を超えた水道管の割合です。
(40年はひとつの目安であり、必ずしも水道管が使えなくなるわけではありません。材質や設置された環境などによって劣化の進行は異なります)

2011年度と2021年度のマップを並べました。
赤色が濃いほど老朽化が深刻な地域です。

10年でより濃い赤色のエリアが広がったことが分かります。

50%以上になった地域も多く、なかには9割超えも。

先ほどの茨城県大洗町(老朽化率37.8%)以上に老朽化が進んでいる水道事業は、全国に170あり、1000万人あまりが利用しています。

突然の断水は決してひと事ではありません。

全国平均の推移も見てみます。

2005年度には7.5%だったのが、2021年には22.1%まで上昇。

15年あまりで3倍近くになりました。

老朽化した全国の水道管をつなぎ合わせると16万4000キロ。

これは地球4周分にもなります。

とくに昭和の高度経済成長期に全国で埋められた水道管が近年、更新の時期を迎えていて、新しいものへの交換が追いついていない状況です。

(画像提供 大洗町)

職員の“負担”は1.6倍

その要因の一つは人材不足。

とりわけ“技術職員”の減少が深刻です。

専門的な知識と技術をもとに、老朽化に対応するための工事や施設の設計をするなど重要な役割を担っています。

2001年度には2万8200人あまりいた技術職員。

しかし、2021年度には2万3500人ほどまで減少。

およそ2割が減りました。

人数が減れば、その分1人あたりの業務は増えることになります。

技術職員1人でどのくらいの長さの水道管を管理しているのか、計算すると・・・

単純計算で、2001年度は20キロメートルほどだったのが、2021年度には32キロメートル近くまで増加。

1.6倍の負担増です。

技術職員1人が数百キロメートルの水道管を維持している、という状況の事業者も珍しくはありません。

“水が売れない”時代

技術職員の減少の背景には「お金の問題」があります。

そもそも、上水道事業は公共事業ではなく「独立採算」の事業です。

工事の費用も、職員の給料も含め水道にまつわる費用は原則、利用者の水道料金でまかなうと法律で決められています。

しかし、その水道料金の収入は減少傾向が続いています。

家電などの節水技術の向上に加えて人口減少の影響も受け、全国の収入総額は20年間で1割近く減っています。

維持する水道管や施設は容易には減らない一方で収入は減っていくため、人件費の削減が進み技術職員の人数や体制も縮小されました。

今後、人口減少がさらに進むことから見通しはより厳しいと言わざるを得ません。

進まぬ耐震化

劣化した水道管が増え続ければ、地震や大雨など災害による被害の拡大も懸念されます。

能登半島地震で断水となった水道

ことし1月の能登半島地震では11万戸が断水。

今も5000戸あまりで解消しておらず、飲み水、トイレ、風呂、洗濯と、厳しい避難生活を強いられています。(4月16日現在)

被害を出来るかぎり抑え“命の水”を守るためには、地震に強いタイプの水道管へ交換する、つまり耐震化が必要です。

耐震化された水道管

国は2028年度末までにこの耐震化率を60%以上にする目標を掲げています。

しかし、老朽化への対応が進まないように、耐震化も思うように進んでいません。

データのある2009年度には29%だったのが、2021年度には41%。

かなり改善しているようにも見えますが、直近3年間は横ばい。

目標の60%には依然20%近く足りず、達成は厳しい状況です。

押し寄せる“値上げ”の波

経営の厳しさが増すなか、事業者は続々とある決断に踏み切っています。

水道料金の“値上げ”です。

おおむね3人世帯の1か月の水道料金、その全国平均の変化です。

2010年以降、わずかながらですが値上げに転じています。
(2021年度にかけて8%、消費税の増税を差し引くと3%増加)

さらにこの春以降にも、各地で数十年ぶりの値上げが実施されます。

一般に規模の小さな自治体ほど経営は厳しい状況にありますが、値上げは都市部にも及んでいます。

“危機”は都市部にも

その一つ、神奈川県営水道。

県内18の自治体に水を届け、利用者は285万人と全国第4位の規模です。

宅地開発が進む地域も多く利用者は増加していますが、一方の料金収入は15年間で15%減少。

さらに、資材や人件費の高騰で水道管の工事費用が5年前と比べて4割ほどあがるなど、資金残高が底をつく手前になっています。

都市部ではガス管なども多く埋められているため、新たな水道管はさらに深くに埋める必要があり費用がかさみます。

このままでは老朽化や耐震化に対応できないと、水道料金をことし10月から3年かけて段階的に引き上げ、最終的には平均22%の値上げに踏み切りました。

専門家は…

計画的に資金をためておくなど、老朽化や耐震化に備えることができなかったのか。

専門家は「“水道は安心に使えて安くて当たり前”というイメージや社会的な要請が強い」と指摘します。

浦上拓也教授 近畿大学経営学部

(浦上拓也教授 近畿大学経営学部)
「蛇口をひねって水が出ているうちは、住民も自治体も危機感を持つこと自体難しく、将来の老朽化・耐震化を見据えた資金の確保をしてこなかった。その結果、人員も削減され、危機への対応がままならない状態になっている」

“経営”の人材不足も指摘します。


「状況を打開するためには高度なマネジメント能力が必要だ。しかし1400ある事業者それぞれが優秀な経営者を確保・育成することは難しい。そのため、各自治体が運営するという原則にこだわらず、複数の自治体が広域で連携して効率化したり、民間と連携することで人材や技術を確保するといった取り組みも必要だ」

命の水を守る1 AIを味方に

「安心・安全な水」をどう守るのか、現場での模索を紹介します。

4年前からAIを活用している福島県会津若松市です。

従来は水道管の“古さ”などを主な基準として更新作業の優先順位をつけてきました。

しかし、老朽化した水道管が増えるにつれ、市内の半分が「早急に更新が必要」という評価に。

限られた人材と予算でそのすべてに対応することは難しいため、よりリスクの高い水道管を見極める必要がありますが、地中にあるため判別は容易にはつきません。

実際に掘ってみたら「まだまだ使える状態だった」ということも珍しくありません。

そこで活用したのが民間のAI診断でした。

AIは水道管の古さだけでなく、土壌や交通網、川からの距離など劣化の要因となる環境のデータも組み合わせて、どこで劣化が進んでいるのか独自に判定。

従来の市の診断と、AIによる診断を比べてみると・・・

リスクが高いエリアについて、従来は「古い水道管が多い中心部」としていましたが、AIは「周辺の住宅地」だと診断。

最優先で替えるべき水道管も全体の7%にまで絞り込むことができました。

市はこの診断をもとに更新計画を策定し、漏水の調査もポイントを絞って実施。

その後2年で、25メートルプール1000杯分、水道料金にして9159万円分の漏水が減少したとしています。

命の水を守る2 “水道管を使わない”

人口減少のなか、新たな水道のあり方を選択した地域もあります。

宮崎市中心部から車で50分の田野町。

集落に水を届けているのは、水道管ではなく“給水車”です。

19年前、台風による土砂崩れで地域の水源が失われたことがきっかけでした。

当初は中心部から8キロの水道管を整備する計画を立てましたが、初期投資だけでも1億5000万円。

一方、給水車で水を届ける“運搬給水”であれば費用を10分の1に抑えられることから、水道管を使わない選択をしました。

集落の住民は減少し今は2世帯に。

日常生活に不便はなく、人口の減少も見据え受け入れたといいます。

運搬給水はほかの地域でも選択肢の1つになりうると市は考えています。

命の水を守る3 私の町の水道を知る

危機を乗り越えるため必要なことは何か。

専門家は「悪いところも含め、水道の現状について自治体は伝える努力を重ね、住民との合意を作っていくことだ」と指摘しています。

最後に、住民と自治体が共に水道の危機に向き合う町を紹介します。

岩手県矢巾町。

16年前に「水道サポーター制度」を作りました。

水道の現状と課題について住民と対話をするワークショップで、どれだけ老朽化が進んでいるのか、施設の視察も行ってきました。

まずは「水道を伝える/水道を知る」ことから始まるこの取り組み。

料金のあり方や更新計画についても議論を重ね、行政の施策にも反映させてきました。

「水道があって当たり前という認識だから、そこを崩さないと」「全部任せるのではなく、蛇口の向こう側の人たちを知って、仕組みを知る」(参加した住民)

「良くも悪くも私たちの背中を押してくれるのは住民の声です。伝えたいことを伝える仕組みが必要だし、役所にも熱量が必要なんだと思います」(矢巾町未来戦略課 吉岡律司課長)

データと用語について

▼水道データ
2001年度から2021年度にかけての水道統計(日本水道協会)のデータをもとにNHKが作成。

上水道事業者に関するデータのため、簡易水道等のデータは含んでいない。

▼用語の定義
老朽化率・・・法定耐用年数(40年)超えの管路延長の割合
耐震化率・・・耐震適合性がある基幹管路の割合3人世帯の1か月の水道料金・・・家庭用料金/月20立方メートル使用料金

▼水道 全国危機マップ
自治体ごとの色分けは、その自治体を給水区域としている事業者のデータを採用した。なお、同一の自治体内で複数の事業者の給水区域が存在する場合は、給水人口が最も多い事業者のデータを採用した。

ネットワーク報道部記者
齋藤 恵二郎
2010年入局
盛岡局時代に、大船渡・陸前高田支局で震災の取材にあたる。
データ分析、災害、子育て、教育などを取材。
報道局機動展開プロジェクト記者
能州 さやか
2011年入局。秋田局、新潟局、社会部を経て現所属。
能登半島地震では現地に入り取材にあたる。
経済部記者
大江 麻衣子
2009年入局
水戸局 福岡局を経て現所属
報道局社会番組部ディレクター
市野 凜
2015年入局
首都圏局・前橋局・政治番組を経て現所属。
政経国際番組部ディレクター
河野 公平
2016年入局
初任地は宮崎局。
現在は「おはよう日本」を経て、政治番組にて「日曜討論」や地方自治をテーマに取材
水戸放送局記者
田中 万智
2023年入局
首都圏局を経て水戸局。
現在は事件・事故を担当。大洗町を取材。