“世界最大”インドの総選挙 ポイントは?わかりやすく解説

“世界最大”インドの総選挙 ポイントは?わかりやすく解説
14億人の国民が参加する“祭典”とも言われるインドの総選挙。4月19日から各地で順次投票が始まります。

インドと言えば、カレー、ヨガ、映画、いろいろ思い浮かびますが、そもそもインドってどんな国?

世界一の人口を抱え、経済でもまもなく日本を追い抜こうとするインドはどこに向かうのか。

“世界最大”の総選挙で何が変わるのか。専門家の話も交えて詳しく解説します。

(ニューデリー支局記者 山本健人 / 国際部記者 吉元明訓)

そもそもインドってどんな国?

日本の9倍ほどの広大な国土に、世界最多14億人あまりの国民が暮らすインド。

「子どもを2人までとする」などとした人口抑制策が展開されたこともありましたが、現在は国としての厳格な制限はありません。

カレーのナンなどに欠かせない小麦やコメの自給率が高いことに加え、衛生環境の改善による乳幼児の死亡率の低下などから、1970年代前半には49.7歳だった平均寿命が、2000年代後半には69.7歳に。

人口は毎年およそ1000万人のペースで増えていて、2023年に中国を抜いて世界一になりました。2050年には16億人を超えると推計されています。

インド人ってどんな人たち?

インドは多民族、多言語、多宗教の国家と言われています。

公用語はヒンディー語ですが、話者は4割程度で、憲法で認められている言語がほかに21あります。

2011年の国勢調査によりますと、宗教は、ヒンドゥー教徒がおよそ80%と大半を占めていて、次いでイスラム教徒が14%、キリスト教が2%あまり、シーク教徒が1.7%などとなっています。仏教の発祥の国ですが、仏教徒は0.7%しかいません。
歴史的には、カーストと呼ばれる階級制度がありました。現在、カーストにもとづく差別は憲法で禁止され、刑罰の対象にもなっていますが、いまもインドの社会に影響している難しい問題です。

経済規模は日本を抜く?

14億人を超える巨大市場と堅調な経済成長をビジネスチャンスととらえ、多くの企業がインドへの進出を強めています。

スズキの子会社「マルチ・スズキ」は、乗用車でインド最大のシェアを維持するなど、日本から進出する企業の活躍も目立っており、インドに進出した日系企業は2022年の時点で1400社と、この10年間でほぼ2倍となっています。(ジェトロまとめ)
IMF=国際通貨基金のまとめによりますと、インドのGDPは2021年に宗主国だったイギリスを抜いて世界5位となりました。

そして、2027年には日本とドイツを抜いて、アメリカと中国に次ぐ世界第3位の経済規模になると見られています。

“世界最大”の選挙の仕組みは?

任期満了にともなって5年に1度行われるインドの総選挙は、有権者の多さなどから“世界最大”の選挙と言われています。

選挙管理委員会によりますと、今回は有権者がおよそ9億7000万人にのぼるほか、広大なインド各地に投票所が100万か所以上設置されるということです。
また、参加する政党や候補者も多いことで知られ、前回2019年の選挙では、地域政党を含めて670余りの政党が参加し、候補者は8000人を超えました。

選挙では下院議会の545議席のうち、大統領が指名する2議席を除く、543議席が小選挙区で争われ、投票は1か月半の間に7回に分けて行われます。
集計などの作業の効率化のために、各候補者名と政党のシンボルマークの横にあるボタンを押すことで投票ができる電子投票が導入されていて、開票は6月4日に一斉に行われ、その日のうちに大勢が判明するとみられます。

新政権の発足には、過半数の議席の獲得が必要で、選挙後に、第1党を中心に政権づくりが進められるものとみられます。

いまの首相はどんな人?

西部グジャラート州出身のナレンドラ・モディ氏が2014年から首相を務めていて、今回の選挙で3期目を目指しています。

現在、73歳のモディ首相は、貧しい紅茶売りの家に生まれながら首相にまで上り詰めたたたき上げの政治家です。
2001年から13年間、出身地であるグジャラート州の首相を務め、電力や道路などのインフラ整備を進めたほか、ビジネスの障壁となっていた規制の緩和などにも取り組みました。

その結果、「インドで唯一停電のない州」と言われるまでになり、年10%近い高い経済成長を州にもたらしました。

モディ首相 2期10年の評価は?

2014年の首相就任後は「メイク・イン・インディア」と題して、外国から投資を積極的に誘致するキャンペーンを打ち出したほか、行政手続きのデジタル化や複雑な税制の簡素化などの改革にも取り組みました。
2019年の総選挙で再び圧勝すると、経済発展を推し進め、近年は国をあげて育成に取り組む半導体などの先端技術産業の分野でも投資の誘致に力を入れています。

一方で、イスラム教徒が多数を占める州で、特別に認められてきた自治権を撤廃するなど、国民のおよそ8割を占めるヒンドゥー教徒を重視する姿勢を見せています。

ことし1月には、インド北部でヒンドゥー教徒とイスラム教徒が聖地として所有権を争ってきた土地にヒンドゥー教の寺院を建設し、映画俳優やスポーツ選手なども招待して盛大な落成式を開きました。
背景には、かつてモディ首相も所属し、与党・インド人民党の支持基盤になっているヒンドゥー至上主義団体のRSS=民族奉仕団の存在があるとされ、野党などからは少数派のイスラム教徒に差別的な政策をとっていると批判を招いています。

モディ首相に対抗する野党は?

最大野党の国民会議派の実質的なリーダーが、インド独立後の初代首相ネルー氏のひ孫にあたる、ラフル・ガンジー氏です。
祖母のインディラ・ガンジー氏や父親のラジブ・ガンジー氏も首相を務めた経験があるインド政界の名門、ネルー・ガンジー家の直系です。

名門の復活をかけてのぞんだ前回2019年の総選挙で、インド人民党に惨敗を喫した責任をとり、国民会議派の総裁の座を退きましたが、いまなお野党支持者の間で根強い人気を誇っています。

今回の選挙では、インド各地を精力的に回り、若者の失業が深刻化しているほか、経済格差が拡大していると激しく批判し、モディ政権打倒の筆頭に立っています。

選挙戦の情勢は?

インドの複数のメディアによる最新の世論調査で、インド人民党が過半数の議席を維持する勢いだと伝えられるなど、モディ首相の政権運営への支持が堅調だという見方が出ています。

こうした中、国民会議派はほかの地域政党とともに野党連合を結成し、候補者の調整などの選挙協力を進めています。野党連合は失業や物価の高騰など経済の問題を前面に掲げることで、インド人民党の1強体制を切り崩したい考えです。

一方、野党連合の有力な指導者が3月、汚職事件に関与した疑いで捜査当局に逮捕されました。

政権による締めつけだとして、野党支持者らが大規模な抗議集会を開くなど反発を強めているのに対して、モディ政権側は政治的な動機に基づくものではないと正当性を主張し、与野党の対立が激しさを増しています。
インドはこれからどこに向かうのか。日本はインドとどう向き合っていけばいいのか。インド情勢に詳しい防衛大学校の伊藤融 教授に話を聞きました。

(以下、伊藤教授の話)

選挙のどこに注目している?

今回の総選挙で問われているのは、そもそも野党が選挙に平等に参加して競い合い、その結果が自由で公正なものだったと有権者が受け止めるかどうかです。
インドでは1947年に独立してから一貫して選挙によって代表者を選び、政権が作られる民主主義を維持してきました。

インド国内の世論調査をみると、選挙管理委員会への国民の信頼度が前回、前々回と比べてかなり低下しています。

押しボタン式投票機などがどこかで操作されているんじゃないかというような疑いを持つ人たちがかなり増えているということで、選挙に負けた側が選挙結果を無効だと言い出しかねない状況を憂慮しています。

インドが世界最大の民主主義国という看板通り、選挙民主主義を立証できるかが問われていると思います。

争点は何か?

与党側はモディ氏の人気やナショナリズム、野党側は経済的な問題を争点の中心に据えていこうとすると思います。

世論調査を見ると、雇用問題を争点と考える人が前回の倍以上になり、さらに、物価の高騰もあわせると50%にも上るなど、経済状況に対する強い不満がインド人民党にとって逆風になる可能性もあります。
一方で、モディ氏にはそうした不満を覆い尽くすほどの個人の人気があります。

最近発表された、インド人民党のマニフェストでは、党というよりも、モディ氏が政策を保証しますというような書きぶりで、モディ氏の写真も多く掲載されていました。

モディ氏はなぜ人気があるのか?

弁が立つし、強い個性があるということもありますが、たたき上げの政治家という意味では、日本でいうと田中角栄 元総理大臣に例えることもできます。

貧しいお茶売りの少年が、国のトップまで上り詰める。インドが台頭する中でアメリカや日本、ヨーロッパの首脳と渡り歩く。

そして、去年、インドを議長国として開かれたG20=主要20か国の首脳会議では「無理だ」とも言われた首脳宣言を強引にでもまとめてしまう。

そうしたところやインドを大国にしてくれるかもしれないというところに国民の多くが夢を託すのだと思います。

インドの外交姿勢って?

インドの外交は独立以来、変わっていません。キーワードは「戦略的自律性」、「大国意識」、「実利の追求」です。

「戦略的自律性」については、インドはかつて「非同盟」ということばを使っていました。インドではどこかの同盟に入ってしまうと自分たちの自己決定権、主権とも言えると思いますが、それが失われてしまうと考える傾向が非常に強いです。

「大国意識」は、独立した当初から「自分たちは大国だ」あるいは「大国なはずだ」という意識が強くて、だからこそほかの国から「ああしろ、こうしろ」と言われるのが嫌なんです。
「実利の追求」とは、国益を徹底的に追求する外交ということです。

例えば、中国を念頭に海の安全保障としてアメリカを中心とした日米豪印4か国のクアッドの枠組みに参加したり、アメリカから戦闘機のエンジン、半導体の工場を誘致したりするなど、技術を西側から提供してもらう一方で、ロシアからは安い原油や肥料、比較的割安な兵器を購入しています。

なぜロシアとも付き合うの?

ロシアは、国境を接する中国をにらんだときに地政学的にも中国の向こう側にあり、味方につけておきたいという発想になりますから、インドからするとロシアとつきあうのは当たり前のことなのです。
どこか特定の国に依存せずに独立を維持することは、実利を中心にした外交を展開するためにも欠かせないのです。

モディ政権になってからもこの3つが重要な点は変わりませんが、ほかの国と距離をおくというよりも、より積極的に関係を縮めていくアプローチをとっています。

この背景にはインドが自信を深め大国意識が強まってきたこともあると思います。

日本はインドからどう見られている?

日本とインドの間には歴史的な問題や、領土問題といったマイナスになるような要素がないのは非常に大きいです。現時点では、私の感覚でいうと日本からの熱量とインドからの熱量が一致しているような状況だと思います。

1990年代はインド経済が自由化を始める中、頼みの綱のソビエトが崩壊してしまい、日本にラブコールを送った時期ですが、日本は中国、韓国、ASEAN=東南アジア諸国連合を見ていて、特に経済界側が冷めていました。

1つの転換点は2005年です。

中国全土で反日暴動デモが起きて、中国脅威論が高まってきました。そのときに中国の向こう側にインドがあり、多くの人口も抱えていて、手を繋ぐことがプラスになるという議論が出てきました。
安倍元総理大臣がそうしたことを説いて、特に安全保障のサークル内でインドへの熱量が一気に高まり、相思相愛の関係が生まれてきましたが、経済界はまだ冷めていました。

しかし、2020年以降はコロナ禍や中国の脅威がさらに高まる中で、中国に依存しないサプライチェーンの構築がさらに重要だと言われるようになり、経済面でも戦略的に関係を深めないと、という動きがようやく出てくるようになりました。

選挙後インドはどう変わる?

総選挙で与党・インド人民党が勝利し、モディ氏が再び首相についたという前提で2つの可能性があります。

1つはヒンドゥー・ナショナリズム路線が深まることです。モディ首相は、1期目で実現できなかった経済改革を覆い隠すように2期目でナショナリズムに関わるプロジェクトを優先してきたところがありましたが、ほぼやり尽くしてしています。
そうするともう1つは、モディ氏を前面に押し出した与党のマニフェストにも見られるように、インドを世界の大国にすることを目指すというものです。

大国を目指すには西側を中心としたグローバルな秩序にもある程度あわせていないと、外国からの投資も入ってきづらくなります。

投資の観点から中国との関係改善もあり得ると思っています。ナショナリズムを抑制して、実利を重視した、外交面、国内の経済改革を実行していく可能性もあると思います。

それができるのは、ナショナリストからの信頼も獲得できているモディ氏くらいでしょう。

日本はインドにどう向き合うべき?

インドにとって不可欠な存在になることです。飛行機でも自動車でもなんでもいいのですが「日本のこの技術がなければ動きません」というような状態をつくることです。

インドはあと数年で日本を経済力で追い越してその差は広がっていくことが確実です。このままでいると、インド側の日本への熱量が冷めていきかねないとも思います。
アメリカは戦闘機のエンジンや半導体の工場をインドでつくることを約束し、入り込んでいて、インド側も重要性を認識しているからこそ、アメリカから「きちんとした選挙をしてくださいね」と言われて「内政干渉だ」とする反応こそあれ、関係が壊れることはありません。

日本も似たような状況をつくることで、インドで起きているわれわれの価値観から逸脱し始めていることに対しても注文をつけることができる。そういう関係を構築していくことが、インドのパワーの増大と日本の国力を考えたときに必要だと思います。
ニューデリー支局 記者
山本 健人
2015年入局
初任地・鹿児島局、国際部を経て現所属
バックパッカーだった学生以来、8年ぶりのインドで取材
国際部記者
吉元 明訓
2012年入局
熊本局 青森局などを経て現所属
学生時代にアジア各地を巡りアジア・太平洋地域を担当 ウクライナ情勢も取材