中国“圧力”の実態は?南シナ海最前線 現地ルポ

中国“圧力”の実態は?南シナ海最前線 現地ルポ
目の前を横切って進路を妨害する全長100メートル超の海警局の船。

頭上でホバリングし威圧する海軍のヘリコプター。

対立の最前線となっている南シナ海の島で取材班が見たのは、実効支配の拡大を図っている中国の姿でした。「グレーゾーン戦術」と呼ばれる中国による“圧力”の実態とは?

(ワシントン支局 渡辺公介 / マニラ支局長 酒井紀之)

南シナ海 対立の最前線へ

南シナ海に面するフィリピン西部のパラワン島から、フィリピン当局の用意した軽飛行機で、真っ青な南シナ海の上空を飛ぶこと2時間。
取材班が到着したのは、南沙諸島、英語名スプラトリー諸島にある小さな離島、パグアサ島です。

フィリピン人の漁師とその家族、およそ200人が暮らしていますが、中国も「中業島」と呼んで、領有権を主張しています。
いま、この島では、沖合5キロほどのところにある砂州が、フィリピンと中国の対立の最前線となっています。

地元の漁師にとって、豊かな漁場でしたが、数年前から中国側の妨害で近づけなくなり、大きさもなぜか拡大しているように見えるというのです。
パグアサ島の漁師
「中国が2020年から2021年にかけてこの海域への規制を厳しくしたため、いまは訪れるのが難しく漁もほかでしかできない。砂州自体が拡大しているようで、いまは島のようになっている」
こうした地元漁師からの訴えを受けて、ことし3月、フィリピン当局が初めて環境調査を行うことになり、私たちも同行取材が許されました。

中国船に取り囲まれた調査船

2隻の調査船で離島の港を出港すると、沖合で待ち構えていた、全長が100メートルを超える中国海警局の船がサイレンのような警告音を発しながら、近づいてきました。

海警局の船は前方の調査船の進行方向を遮るように横切るなど目の前で妨害行為を始めます。
そして「直ちに海域から出ていけ」と無線を使って英語と中国語で警告してきました。

さらに気づくと、海警局の船の他に9隻の中国漁船に取り囲まれていました。
フィリピン当局は、こうした漁船が海警局の船と連携して活動していることから、軍事的な訓練をうけた「海上民兵」が乗り組んでいるとみて警戒しています。

砂州に上陸するとヘリが…

フィリピン当局の調査船は、中国船をなんとか振り切って、目的地の砂州に到着しました。

フィリピン大学の研究者を中心とした調査隊は、さっそく砂州に積み上がった砂やさんごのサンプルをとり、周辺のさんご礁や魚の生息状況の調査に取りかかりました。
すると今度は中国海軍のヘリコプターが、調査隊のわずか20メートルの上空に近づいてホバリングを始めました。

激しい風にあおられ、機材やゴムボートなどが飛ばされそうになった調査隊は、作業の中断を余儀なくされ引き揚げざるを得ませんでした。

軍事拠点化進む中国の人工島

この海域で、中国が海警局の船や漁船、それにヘリコプターを、迅速に展開できる背景には、南沙諸島で中国が一方的に造成した7つの人工島の存在があるとフィリピン当局はみています。

このうちパグアサ島から25キロほど沖合にある「スビ礁」は、10年前までは、ただの岩礁にすぎませんでした。

それがいまや中国による埋め立てが進み、滑走路や砲台が築かれるなど軍事拠点化が進んでいます。
「Welcome to CHINA」

実は、パグアサ島に到着した時、私たち取材班のフィリピンの携帯電話には英語でこう表示されました。
契約している通信事業者のサービス圏外だということで、ほかのサービスを利用するよう促すメッセージでしたが、なぜ中国なのか。

フィリピンの当局者にたずねると、この電波も「スビ礁」の人工島にある施設から発信されているとみられるということでした。

今回の取材でも、塔のような高い建物や巨大な建造物があるのが目視で確認できました。

調査で見つかった“不自然な”さんご

中国軍のヘリコプターによる妨害を受けながらも、調査隊はなんとか砂州からサンプルを持ち帰ることができました。

調査隊を率いたフィリピン大学生物学研究所のジョナサン・アンティカマラ教授は「砂州に積み上がった多くのさんごの残骸が、周囲のものとは違うことをすべての状況が示唆している」として、不自然な状況を発見したと報告しました。
砂州で大量に見つかったさんごの残がいが、周辺の海底では確認されていない種類だったというのです。

調査結果の分析はまだ続いていますが、フィリピン当局は、中国による新たな埋め立ての兆候ではないかと疑って警戒しています。

中国の「グレーゾーン戦術」とは?

南シナ海のほぼ全域の管轄権を主張する中国は、軍事衝突にはいたらない平時と有事の間の状態、いわゆる「グレーゾーン戦術」を使って周辺国への圧力を強めています。

その具体的な手段が、今回の取材でも目の当たりにした、▼人工島の造成による一方的な現状変更や▼軍の艦船ではない、海上民兵を乗せたとみられる漁船などを使った実効支配の拡大です。

しかしこうした中国の「グレーゾーン戦術」は軍事的な衝突にエスカレートする危険性をはらんでいます。

実際、船どうしの接触のほか、海警局の船の放水によりフィリピン側の船に乗り組んでいた軍人に、けが人が出る事態もことし3月から相次いで起きています。
さらにフィリピンとアメリカは相互防衛条約を結んでいるため軍事的な衝突がアメリカと中国の直接的な対立に発展するおそれも指摘されていて、地域の平和と安定に潜在的な脅威となっています。

沿岸警備の強化を急ぐフィリピン

フィリピン政府は、中国の「グレーゾーン戦術」に対抗するため、沿岸警備隊の拡大や強化を急ピッチで進めています。

隊員を毎年4000人規模で新規採用していて、隊員の総数はことしの年末までに、3万4000人あまりに増員し、7年前の4倍になる予定です。

一方で、組織の拡大に巡視船などの配備が追いついていません。
フィリピンは海岸線の長さは日本より長いものの、遠洋で活動できる巡視船の数は28隻と日本のおよそ5分の1にとどまります。

そのうち、8隻は2000年代にオーストラリアから供与されたものですがメンテナンス不足や故障でいずれも稼働ができない状況です。

日本 アメリカの支援は?

こうした課題の解決のため、人的・物的両面から支援を行っているのが日本です。

2013年以降、あわせて12隻の巡視船をフィリピンに供与したほか、人材育成にも協力しています。

現地では船を供与したあとも、日本の海上保安庁の職員が手入れや安全点検の方法など運用の指導を続けています。

またおととしからはアメリカも日本と共同でフィリピンの沿岸警備隊の強化に乗り出して指導や講習を実施したり、去年は合同訓練を初めて3か国で行ったりするなど連携を深めています。

「グレーゾーン戦術」 専門家はどう見る?

果たして中国の「グレーゾーン戦術」に、日本、アメリカ、フィリピンの3か国の連携は、対抗できるのか。

アメリカのシンクタンク、CSIS=戦略国際問題研究所で海洋安全保障問題などを担当するグレゴリー・ポーリング上級研究員に話を聞きました。
Q:「グレーゾーン戦術」への対応の難しさとは?
「インド太平洋地域のすべてのアメリカの同盟国や友好国が向き合っている課題だ。中国のグレーゾーン戦術は、台湾海峡でも、東シナ海でも見られるからだ。
われわれは、軍事攻撃に対応するための“プレーブック”は知っているが、放水銃などに対応するための“プレーブック”はまだなく、開発中だ」
Q:中国は「グレーゾーン戦術」をとり続ける?
「残念ながら、中国が戦術を変えるとは思えない。中国は同じ作戦を続けるだろうし、より多くの艦艇を使用しより大きなリスクをとるかもしれない。
この戦術を転換できるのは習近平国家主席だけだが、習氏は南シナ海を自身の政治的な正当性にとってあまりにも重要だとしている。2013年に習氏が行った演説の中には、中国が海洋大国となり失われた海洋領土を取り戻すという大きな項目が設けられていた」
Q:日米比3か国連携強化の背景は?
「中国が台頭したことで相対的にアメリカは衰退し、同盟国や友好国から多くの支援を必要としている。特に日本は、インド太平洋地域でより能力があり認められた安全保障上のパートナーだ」
Q:3か国連携は「台湾有事」も見すえている?
「南シナ海が最優先課題ではあるが、3か国が共同訓練などを通じて連携を高めれば、地域のあらゆる脅威に対応できるようになるだろう。
フィリピンと緊密に連携し、基地に共同でアクセスするようになれば、将来起こるかもしれない台湾危機への対応でも明らかに利益がある」

取材を終えて

中国の南シナ海におけるフィリピンへの威嚇や妨害行為は、マルコス政権が対米関係を重視するのに比例して徐々にエスカレートしてきました。

船舶の接近やつきまといにはじまり、レーザー光線の照射、放水銃の発射、そして船舶どうしの接触や衝突へと激しさを増しています。
日米比3か国の首脳会談を終えたマルコス大統領は「フィリピンの軍人に死者が出れば、アメリカとフィリピンの相互防衛条約が発動される」として、南シナ海での衝突にアメリカが介入することになると中国をけん制しました。

圧力を強める中国をどこまで押し返すことができるのか。日米を巻き込んでフィリピンの正念場が続きそうです。
マニラ支局長
酒井 紀之
2007年入局
沖縄局、水戸局、仙台局、スポーツニュース部などを経て2022年からマニラ支局長
米中対立の最前線やフィリピンの経済格差と貧困、環境問題などを取材
ワシントン支局記者
渡辺 公介
2002年入局
国際部 ヨーロッパ総局
モスクワ支局などを経て2021年7月から現職