インフレ再燃か カカオやコーヒーも高騰【ロンドン発コラム】

インフレの収束に強い逆風が吹き、円安が加速しています。4月10日に発表されたアメリカの3月の消費者物価指数の上昇率が市場予想を上回ったことで、円相場は一時1ドル=153円台とおよそ34年ぶりの水準まで急落しました。

さらに気になるのが、世界に忍び寄る「食料インフレ」です。

チョコレートの原料であるカカオ豆の先物価格は過去最高値を更新。インスタントコーヒーに使われるロブスタ種コーヒーの先物価格も最高値を更新しました。何が起きているのでしょうか。
(ロンドン支局記者 松崎浩子)

「先物取引の中心地」ロンドン

イギリスの首都ロンドンには金融街「シティ」があり、株や為替などが活発に取り引きされています。

ここにあるICE商品取引所では国際的な原油価格の指標の1つ「北海ブレント原油」や金の先物に加えて、さまざまな農産物の先物取引も行われ、国際市場の動向をみるうえで重要な市場となっています。

あいつぐ「最高値更新」

その「シティ」で今、話題となっているのが、チョコレートやココアの材料となるカカオ豆です。

カカオ豆の先物価格は、3月26日に取引時間中としては初めて、1トン=1万ドルを超えて、史上最高値を更新しました。値上がり幅はこの1年でおよそ3倍まで高騰しています。

市場では「代表的な産業素材である銅の価格よりも高い」と驚きをもって受け止められています。

要因はどこに

背景にあるのは、世界のカカオ供給の多くを担う、西アフリカにおける不作です。

ガーナのカカオ豆の産地

2022年から2023年にかけて、世界全体のカカオのうちおよそ60%を生産した西アフリカのガーナとコートジボワールが、去年、異常気象や病害の発生に見舞われました。

カカオの木は赤道近くで育ち、天候の変化に敏感です。UNCTAD=国連貿易開発会議によりますと、エルニーニョ現象によってカカオの木が熱波や豪雨などにさらされた結果、何千もの小規模農家に影響を及ぼし、収穫量が減少したとしています。

JPモルガンの農産物ストラテジストのトレーシー・アレン氏は、カカオ農園への慢性的な過小投資など、根深い構造的な問題も絡んでいると指摘します。カカオ豆は主に小規模農家によって栽培されていますが、その多くは生計を立てるのに苦労していて、土地に再投資する手段がなく、植え替えの割合が非常に低いため、木が老朽化し、時間の経過とともに収穫量が低下しているとしています。

菓子の価格にも影響が

先物価格の上昇は企業業績や私たちが買う商品にも影響が及び始めています。

アメリカ大手チョコレートメーカー「ハーシー」のCEOは、2024年2月に「歴史的なカカオ価格により、ことしの収益は伸び悩むことが予想される」と発表しました。

また、イギリスのシンクタンク「Mintec」のアナリスト、アンドリュー・モリアーティ氏は、一部の企業が価格を変えずに商品を小さくする「シュリンクフレーション」、あるいは日本でいう「ステルス値上げ」を行い、コストを削減するとともに、既存の在庫の使用期限を延ばすなど他の方法を検討しているとしています。

アンドリュー・モリアーティ氏

そのうえで「企業のバイヤーの多くは、数か月分は在庫を持っているため、最近の極端な価格の影響は、おそらく数か月は見えてこないだろう」とも話しています。

つまり在庫が切れて新たに原料を調達すれば、菓子の価格はこの先物の高値が反映されることになると示唆しているわけです。仕事の合間に癒やしをもたらしてくれるチョコレートですが、今後は少しずつ食べるよう心がけることになってしまいそうです。

コーヒー豆も値上がり

影響は、カカオ豆だけにとどまりません。インスタントコーヒー向けに使われる、ロンドン市場のロブスタ種のコーヒー豆の先物価格は2024年4月、一時1トン=3900ドルを超え史上最高値に。こちらも天候が要因です。

主な生産地のベトナムが、エルニーニョ現象などで不作に見舞われたため2023年から大幅に先物価格が上昇したと言われています。

先物取引から見えてくる「インフレ」

先物取引はこのように農作物の作柄だけでなく、事故、紛争など、さまざまな世界情勢を敏感に読み取り、価格に織り込んでいく特徴があり、価格の変化の背後にあるものは何か、経済を追う記者としては、日々目が離せません。

ミサイル攻撃を受けたイラン大使館

また、同じロンドンの商品取引所で扱われている「北海ブレント」の原油の先物価格は、2024年4月1日にシリアにあるイランの大使館がイスラエル軍によるとみられる攻撃を受けたことで上昇基調を強めており、世界的なインフレ再燃の要因にもなりかねない状況になっています。

アメリカではこうした原油価格の上昇がガソリン価格に響き、なかなか下がらない家賃などと相まって消費者物価指数(2024年3月)が3.5%の上昇と、伸びが2か月連続で前の月を上回りました。

インフレ再燃が大きな懸念材料となり、株価は下落、市場ではFRB=連邦準備制度理事会が利下げに踏み切る時期が遅れるという見方が広がり、日米の金利差が一向に縮まらないとの観測から円安が加速する展開となっているのです。

食料インフレは私たちの日々の食に直接影響します。特に発展途上国や所得の低い人たちの生活にはダメージが大きいだけに、注視する必要があります。

ようやく落ち着きかけたかにみえたインフレの行方。その背後にある世界の動向が先物価格のグラフの波形に映し出されています。

注目予定

16日に、中国の2024年1月から3月までのGDP=国内総生産が発表されます。

市場では、比較的堅調な数字が出るのではないかという予想も出ている一方、不動産不況や外国企業からの投資縮小など、懸念材料がいくつも横たわっていて、注目が集まりそうです。