山口 下関に30年ぶり捕鯨母船 日本の捕鯨の将来は

山口 下関に30年ぶり捕鯨母船 日本の捕鯨の将来は
4月初め山口県下関市で、捕鯨用の新たな大型船がお披露目された。大型船は、実におよそ30年ぶりとなる。商業捕鯨を再開してから5年で、久しぶりの大型投資に踏み切った日本の捕鯨。その現在地、そして将来を探った。
(山口局記者 矢野学/福島局記者 永田真澄/経済部記者 小野志周)

完成した関鯨丸

4月3日、山口県下関市の岸壁の一角に、関係者など140人が集まった。

目当ては、新たな捕鯨用の大型船「関鯨丸(かんげいまる)」。長さは112.6メートル、総トン数は9299トン。別の捕鯨船が捕獲した鯨を船内に引き上げ、解体から肉の冷凍・保存処理までを行う「捕鯨母船」だ。
調査捕鯨の時代から30年余りにわたって運航されてきた、日本で唯一の捕鯨母船「日新丸」の老朽化に伴い、東京に本社を置く水産会社「共同船舶」が、後継船として約75億円をかけて建造した。関鯨丸は、技術の進歩なども踏まえ、先代の日新丸からさまざまな点が変更されている。
動力は、ディーゼルエンジンから電動モーターに変更。これによって、船体の後部に設けられた、鯨を引き上げる「スリップウエー」と呼ばれる搬入口は、日新丸より傾斜を緩やかにでき、これまでのおよそ3倍の70トン級の鯨も引き上げられるという。
これまで屋外の甲板で行っていた鯨の解体作業は、船内にバスケットボールのコートを縦に2つ並べたほどの広さの専用スペースを確保。天候の影響を受けることなく、衛生面や職場環境の改善にもつながるという。
また冷凍用コンテナ40基と保冷庫を搭載し、鯨の肉の種類や部位ごとに細かく温度設定を行うことも可能にした。
プライベートを重視する若い乗組員を意識し、100人の乗組員全員に、冷蔵庫や洗面台を備えた個室も用意した。
共同船舶 所英樹社長
「関鯨丸は、沖合母船式捕鯨を、未来永劫つないでいく第一歩だ。船を造ったからには、きちんと動かして皆さんに鯨肉を供給することが私たちの仕事なので、その供給責任を少なくとも30年間は果たしていきたい」

新たな船に期待が高まる下関市

「関鯨丸」の母港である下関市では、新たな船の完成に期待が高まっている。市は、関鯨丸の完成にあわせ、鯨料理を食べられる市内の飲食店やホテルなどを100か所以上、紹介するリーフレットを作成した。
鯨の部位ごとの肉質の違いや栄養価などの豆知識も掲載したこのリーフレットを観光施設などに置いて「鯨の街・下関」をアピールするねらいだ。
また下関市内の飲食店の間でも、船の完成を消費の拡大につなげようと、新たな取り組みが始まっている。
3月下旬には、飲食店の経営者や調理師を対象に、鯨の肉を使った新たな料理を学ぶ講習会が開催され「ローストホエール」や「ステーキ」、「鯨の舌を使った角煮」などが紹介された。
講師役 青木光海さん
「これからは若い人にも鯨を食べてもらって、下関の誇りとして、みんなで鯨の肉の料理を愛して育てていきたい」

捕鯨を取り巻く環境は

こうした期待の声の一方で、日本の捕鯨を取り巻く環境は、厳しいものがある。その大きな要因の1つが、海外を中心に反対の声が根強いことだ。

日本政府は2019年にIWCを脱退し、それまで中断していた商業捕鯨を31年ぶりに再開させた。
国際社会に捕鯨に対する厳しい見方があるのを踏まえ、日本政府は「十分な資源量が確認されている」としている、ミンククジラ、ニタリクジラ、イワシクジラの3種のみを捕獲対象とし、毎年の捕獲枠は、IWCで採択された算出方法を踏まえて設定している。操業する海域も、日本の領海内とEEZ=排他的経済水域内に限定している。
現在、日本の沖合で捕鯨を行う船団は1つ(母船1隻、捕鯨船3隻)、沿岸で捕鯨を行う船は5隻で、2023年の捕獲頭数は、ミンククジラが83頭、ニタリクジラが187頭、イワシクジラが24頭だ。ただ商業捕鯨再開から5年たったいまも、捕鯨に対し理解が広がっているとは言い難いのが実情だ。
水産庁の直近のまとめでは、IWCに加盟する88か国のうち、捕鯨に反対する国は、いまも50か国に上る。捕鯨に対する妨害活動も、近年、IWCが管理対象とする大型の鯨に対する漁では確認されていないが、イルカ漁で知られる和歌山県太地町では抗議活動が行われている。

さらに捕鯨にとって、もう一つ大きな課題となっているのが、全国的な消費の低迷だ。
商業捕鯨の再開後、国内の鯨の肉の消費量は年間1000トンから2000トン程度で推移し、ピーク時の1960年代の20万トン前後と比べるとわずか1%程度にとどまっている。商業捕鯨が再開される前の、調査捕鯨のみが行われていた時と比べてもほぼ同じか、下回る年もある。
鯨の肉が貴重なタンパク源だった頃に比べ、食文化が多様化したこと、商業捕鯨の中断期間が30年にも及び鯨の肉になじみのない人が増えたこと、捕鯨に対する賛否が大きく分かれる中で鯨の肉の販売を控える流通業者がいることなどが、背景として指摘されている。

消費の動向は、捕鯨が産業として成立するかに大きく関わる。関鯨丸を建造した「共同船舶」は、2022年度に、商業捕鯨の再開後、初めて営業利益が黒字化したが、今後は関鯨丸の減価償却の負担が、毎年3億円以上重くのしかかってくるという。多額の投資に見合った収益を上げられるか、これからが正念場と言える。

消費回復の取り組みも

こうした中で、消費を少しでも増やそうと模索が始まっている。
「共同船舶」は、流通経路が限られる中、鯨の肉を買える場を少しでも増やそうと、2023年から、東京、横浜、大阪のあわせて6か所に自動販売機を設置した。冷凍された鯨の赤身やベーコン、ステーキ、それに缶詰などが1000円から3000円で販売され、売り上げは拡大傾向だという。
ベーコンを購入した女性
「別の用事で来て、自動販売機を見つけたので、買って帰ろうと思った。食べてない世代の人には、こういうものがあるほうが気軽に買えていい」
一方、東京の飲食店でも、鯨の肉になじみのない若い世代に身近に感じてもらおうという取り組みが始まっている。
東京 港区にある専門店では、値段を気にせず、さまざまな鯨料理を楽しめるよう、土曜日限定で、刺身や竜田揚げ、ステーキなど8種類のメニューが90分間楽しめる食べ放題のメニューを提供している。
また「煮込み」や「ポテトサラダ」など、多くの人が食べ慣れている料理にも鯨の肉を使い、食べやすくする工夫もしている。
訪れていた30代の男性客
「この店に来るのは4回目ぐらいだが、すごくおいしい。私が知るかぎり、食べ放題のコースがあるのはここだけなので、こういう店があるのはうれしい」

どうなる「捕鯨の将来」

捕鯨の未来への期待を込めて建造された関鯨丸。しかし、今、捕鯨の将来がはっきりと見通せているとは言い難いのが実情だ。

「鯨の資源量を守り、国内外の理解を広めつつ、消費量を回復させる」。日本の捕鯨は、そんな狭い道を歩むことができるのか、今後も注目していきたい。
(3月26日「おはよう日本」で放送)
山口放送局下関支局記者
矢野学
1994年入局
去年から下関で2回目の勤務
復活をかける「鯨の街」を日々取材
福島放送局記者
永田真澄
2012年入局
秋田局や札幌局、経済部を経て現所属
取材時は経済部農林水産省担当
経済部記者
小野志周
2016年入局
大阪放送局、岡山放送局を経て現所属
鯨に関する取材は今回が初