キャリア官僚大量解雇?トランプ氏発言で揺れるアメリカ

キャリア官僚大量解雇?トランプ氏発言で揺れるアメリカ
「質の悪い官僚たちを排除し、腐敗したワシントンに民主主義を取り戻す」

ことし11月の大統領選挙に向けた、トランプ前大統領の発言がいま、アメリカで波紋を広げています。

トランプ氏の返り咲きを念頭に置いた、共和党保守派の動き、“プロジェクト2025”とは?加速する“トランプ・シフト”の最前線を取材しました。

(ワシントン支局長 高木優)

波紋呼ぶトランプ氏の公約“区分F”

秋の大統領選挙での返り咲きに向け、バイデン氏への対決姿勢を強めるトランプ氏。選挙公約サイトに掲載した動画での発言が波紋を広げています。
トランプ氏
「私の計画では、“ディープ・ステート=闇の政府”を解体し、腐敗したワシントンに民主主義を取り戻す。まず、2020年の大統領令を再び発令し、質の悪い官僚たちを排除するための大統領権限を取り返す」
連邦政府の官僚機構が“ディープ・ステート”に牛耳られているとする陰謀論を主張し、政府機関の職員を大幅に入れ替える考えを示したのです。根底には、大統領だった4年間、みずからの政策の実行が、官僚の抵抗によってたびたび阻まれたという思いがあると指摘されています。
トランプ氏が復活させると宣言した大統領令、通称“Schedule(区分)F”。トランプ氏が、みずからの大統領としての任期が終わる直前の2020年10月に出しました。連邦政府職員に、雇用継続を保証しない「F」という区分を新たに設け、この区分に分類された職員は、「働きが悪い」と判断すれば解雇できるとする内容です。

結果的に、2020年の大統領選挙でバイデン氏が当選し、就任後速やかにこの大統領令を無効にしたため、実際に運用されることはありませんでした。

しかし、仮にこの大統領令が復活すれば、アメリカの政治と行政のあり方が根幹から揺らぐ可能性があります。

ねらいは政治任用制度

アメリカでは、大統領が閣僚や次官など、政府の要職に就く人材を指名できる「政治任用制度」が採られています。現在、その対象となっているポストはおよそ4000です。ところがこの大統領令が効力を持てば、大統領の裁量で多くの中堅幹部を解雇することが可能となり、事実上の政治任用ポストが大幅に増えると指摘されています。
トランプ氏はこれにより、みずからの意をくんだ人間を大量に官僚機構に送り込もうと考えていると見られていて、その数は5万人に及ぶとの見方も出ています。

立ち上がった“プロジェクト2025”

大統領令“Schedule F”の復活を見越して、すでに走り出している保守派の団体があります。ワシントンに拠点を置く、歴史あるシンクタンク「ヘリテージ財団」です。
“プロジェクト2025”と銘打ち、トランプ氏が大統領に返り咲いたその日から、保守派の戦略を理解した人材を政府中枢に送り込もうと、人材バンクを立ち上げました。
2万人前後を目標に募集を始めていて、すでに8000人あまりの応募があったとしています。
プロジェクトの総責任者を務めるポール・ダンス氏。トランプ政権で人事管理庁(OPM)のトップを務めた弁護士で、大統領令“Schedule F”の文案を作成した本人です。プロジェクトのねらいを聞くと。
ダンス氏
「ワシントンの官僚機構はリベラルな考えを持つ人たち、すなわち民主党に投票する人たちで埋め尽くされ、ひどい状況だ。次なる共和党大統領が就任初日から、戦略を理解し準備が整った部下たちを持つことがとても重要になる。このプロジェクトに関わる人間の多くは、トランプ大統領に仕えた経験があり、われわれが選ぶ人材の多くは、トランプ氏が望む人材とぴったり合致するはずだ」

保守派団体に広がる賛同

“プロジェクト2025”には、ほかの保守系シンクタンクや政治団体が次々と賛同。その数はすでに100以上に及んだとしています。
そうしたシンクタンクの1つでトップを務めるジェフ・アンダーソン氏です。トランプ政権時には司法省の幹部を務めました。プロジェクト2025のもう1つの柱である、保守派の政策をまとめた900ページにおよぶ報告書の作成に関わりました。
報告書は、メキシコとの国境管理の強化や、国内の石油・ガス産業への規制の撤廃など、多岐にわたる主張を展開。アンダーソン氏は、保守的な考えを持つ一般のアメリカ人の考えを広く反映させた戦略の立案が重要だと主張します。
アンダーソン氏
「首都ワシントンにあるシンクタンクの多くは、いわゆる“エリート層”が考える政策目標の実現に力を入れていて、大多数のアメリカ人の心配事など考えていない。さらに連邦政府の幹部職員の中には、大統領に反発し、自身の抱く考えの実現ばかりを目指す人間が大勢おり、これは合衆国憲法に反する。プロジェクト2025は、今やヘリテージ財団だけのプロジェクトではなく、さまざまな保守派のグループが関与するムーブメントだ。トランプ氏は、このプロジェクトに関心を持つはずだ」

政権入りを目指す人たち どんな人が?

実際にプロジェクト2025に応募した男性が取材に応じました。
南部フロリダ州オーランド近郊に住むジョン・アルゲイオさん(49)。熱烈なトランプ氏の支持者です。元陸軍兵士で、アフガニスタンに2度派遣された経験があり、現在は自分のビジネスのかたわら、ラジオで保守派の主張を訴える活動も行っています。連邦政府で働くことはこれまで選択肢にありませんでしたが、プロジェクトの存在を知り、挑戦する決心をしたと言います。
アルゲイオさん
「いまの官僚機構は、エリート集団になってしまいアメリカらしくない。私のような標準的なアメリカ人がそこに入ることで、国が本来あるべき姿に戻ることができるはずだ。それに私に経験がまったくないわけではない。私は小さなメーカーのCEOを務めてきたし、そのことでさまざまな経験も積んでいる。ビジネスができるのだから、政府だって率いることができるはずだ」
アルゲイオさんは今、プロジェクト2025が提供している、オンラインでの人材育成コースに積極的に参加し、保守派の政策などを学んでいます。
アルゲイオさん
「プロジェクト2025の育成コースをすべて受講すれば保守派政権で働くための準備が整う。これは大きな利点だ」

専門家は警鐘鳴らす

こうした保守派の動きに警鐘を鳴らす専門家もいます。ジョージタウン大学で公共政策を教えるドン・モイニハン教授は、「政治任用ポスト」の大幅な拡大が現実のものとなれば、政府機関にはさまざまな弊害が生じると指摘します。
モイニハン教授
「政治任用の政府職員が、専門の技術や知識に乏しい人たちで構成され、政府機関の質が低下する。政府機関を運営する人たちは憲法を守ることよりも、大統領に完全に忠誠を誓い大統領を守ることに力を注ぐことになってしまうだろう」

トランプ陣営は一定の距離

こうしたプロジェクトについて、トランプ陣営幹部は声明を出し、「取り組みには感謝する」とする一方で、「政権入りに向けた、人材リストや政策本はいずれも、各団体の提案に過ぎない」として、一定の距離を置く姿勢を示しています。

背景には、トランプ氏の2期目に期待した党内の主導権争いが過熱してしまうと、それに違和感を覚えた有権者が離れていくことを警戒していることがあるようです。
裏を返せば、トランプ陣営が当惑するほど、保守派にトランプ待望論が巻き起こっていると言うこともできます。

ワシントンにある保守系シンクタンクの中には、トランプ氏と“つかず離れず”というところや、反トランプの姿勢を鮮明にしているところもあります。

ただ、共和党内では、トランプ氏の力が圧倒的で、党そのものが、いわば「トランプ党」と言ってもよい状況であることから、“トランプ氏への近さ”を競い合うような状況まで生まれているのです。

バイデン陣営は警戒強める

一方の民主党のバイデン陣営は、保守派の主張に同調する人材を連邦政府に数多く送り込もうという動きへの警戒を強めています。
今月(4月)4日、バイデン政権下の人事管理庁(OPM)が新しい規則を発表。連邦政府のキャリア公務員は、職位の区分が移されることによって職を失うことはないと規定したほか、不本意な異動の結果、職を奪われた場合には不服申し立てができることとし、政権の意向で官僚を大量に解雇することを難しくするための対策を講じました。

日本大使館も備えを進める

こうした中、ワシントンにある日本大使館も、トランプ氏が政権に返り咲く場合も想定した準備をすでに進めています。去年12月に着任した山田重夫大使を筆頭に、日本の外交官たちは、バイデン政権との関係強化を進めるかたわら、トランプ氏が当選した場合に政権入りする可能性が指摘されている人物との関係構築にも力を入れています。
日本政府は、選挙結果にかかわらず、日米の同盟関係が揺らぐことはないと強調していますが、“アメリカ第一主義”を掲げるトランプ氏が返り咲きに成功すれば、1期目と同様、同盟国である日本に対しても、さまざまな面でディール=取り引きを求めてくる可能性があるからです。とりわけ、トランプ氏が貿易赤字を好まないことは有名で、日本に通商面で対応を迫ることは十分に考えられます。

日本大使館は去年、トランプ氏に近いことで知られるロビー団体と新たに契約を結びました。また、政治資金の流れなどを調査する非営利団体「オープン・シークレッツ」によると、日本政府関連で2023年の1年間にアメリカでロビー活動のために使われた資金は、前の年と比べておよそ18%増加。(4月5日現在)
トランプ氏が再び当選する可能性も念頭に、情報収集やロビー活動を強化していることがうかがえます。

全米を対象にした世論調査では、トランプ氏とバイデン氏の支持率の差はわずかで、秋の本選挙はどちらが勝つにせよ、接戦になることが予想されています。

仮にトランプ氏が勝てば、国内外に大きなインパクトを与えることは確実で、日本をはじめ世界各国の“トランプ2.0”を想定した準備も加速しつつあるのです。
(4月1日 国際報道2024で放送)
ワシントン支局長
高木 優
1995年入局 国際部 マニラ支局 中国総局(北京)などを経て
2021年3月から2度目のワシントン駐在