“迎撃不可能”の脅威

“迎撃不可能”の脅威
「我が国を射程に収める弾道ミサイルに核兵器を搭載し、我が国を攻撃する能力を既に保有しているとみられる」(防衛省)。
52回、89発。
2022年以降、北朝鮮が実施した弾道ミサイルの可能性のある発射の回数と発数だ。北朝鮮は国際社会の反発と制裁にもかかわらず、ミサイルの発射を繰り返し、技術を急速に向上させている。
その脅威は今、どこまで高まっているのか。

(社会部 南井遼太郎 須田唯嗣 山崎啓 / ソウル支局 長砂貴英)

戦闘指揮所

「弾道ミサイル発射情報入手」
「対BM戦闘用意」

海上自衛隊第1護衛隊群第5護衛隊のイージス艦「こんごう」。

艦の“心臓部”CIC=戦闘指揮所に隊員の声が響く。
壁面に並んだモニターに表示される朝鮮半島と日本列島の地図の明かりが迷彩服姿の隊員たちの顔を照らす。

その1人が号令とともに「一般警報」というボタンを押し込むと艦内にアラーム音のような警報が響いた。

「SM3発射!」
「インターセプト10秒前」
「マーク、インターセプト!」

別の隊員が艦内放送に通じるマイクで迎撃成功の情報を知らせる。

3月に実施された対BM(Ballistic Missile=弾道ミサイル)対処訓練。

自衛隊にはいつミサイルが発射されても対処できるように常時、「行弾命」と呼ばれる弾道ミサイル対処の命令が発令されている。
この命令のもとイージス艦は洋上に展開し、北朝鮮がミサイルを発射するたびに追尾して万一の場合の迎撃に備える。

ひとたび展開すれば、それは訓練ではなく実際のオペレーションとなる。
川合元1等海佐
「近年は低高度かつ変則的な軌道で飛しょうすることが可能な弾道ミサイルが登場するなど、技術が急速に変化、進展している。弾道ミサイル防衛は決して失敗が許されないため、脅威に対して万全の対応ができるよう緊張感をもってやっている」

火星16型

自衛隊が今、警戒を強めているのが、既存のミサイル防衛システムでは迎撃できないおそれのあるミサイルの開発だ。

「敵の対象物を迅速かつ正確、強力に攻撃するという3大原則を貫徹することになった」
4月3日、北朝鮮は新型の中距離弾道ミサイル「火星16型」の初めての発射実験に成功したと発表。

映像にはジャンパー姿のキム総書記と片側7輪の移動式発射台に積まれたミサイルが映っている。
“極超音速ミサイル”

北朝鮮がそう説明したミサイルの先端部分には、やりの先のような形状をした白と黒の市松模様の物体を確認できる。

ミサイルは上空へと向いたあと、発射管からガスなどによる圧力を利用するコールド・ローンチと呼ばれる技術で射出され、空中で点火。
炎は真下に集中するように吹き出すのではなく、大量の白煙とともにスカートのように広がった。

液体燃料と異なる固体燃料式独特の現象だ。

映像は垂直に上昇し、上空へと飛しょうしていくミサイルを追い続けている。
北朝鮮は“極超音速滑空飛行弾頭”と呼ぶ弾頭部が想定通りに飛行して1000km先に着弾し、実験は成功したと主張した。

誇張か 失探か

この発射を日本、アメリカ、韓国は探知して追尾。

日本は飛距離を650km以上、韓国は600kmあまりと発表した。

いずれも北朝鮮の主張する1000kmより短い。

なぜ“差”があるのか。

韓国軍合同参謀本部は北朝鮮による「誇張」という見方を示したが、追尾できなかった(失探)可能性に言及する韓国の専門家もいた。

極超音速ミサイルは上空で分離された弾頭部の“滑空体”が音速の5倍以上で軌道を変えながら低空を飛行して目標に到達する。

日本のレーダーは水平線の上を飛行するミサイルを探知、追尾できるが、地球の曲面により水平線の向こう側に隠れてしまう空域を飛行していた場合、追尾できない。
2024年1月15日に北朝鮮が極超音速ミサイルの実験として発表した発射では、韓国は飛行距離を1000kmと公表したが、防衛省は当初、少なくとも500km程度としていた。

しかし複数の関係者によると、その後の詳しい分析で実際は韓国の公表どおりおよそ1000km飛行していたことがわかった。

ある関係者は「ミサイルが低い高度を飛行しながら途中で高度を上げる変則的な軌道で追尾は極めて困難だった」と明かす。

脅威

北朝鮮が成功と主張する極超音速ミサイルの発射実験。

北朝鮮は4月3日の発表で、“極超音速滑空飛行弾頭”が予定された軌道で高度101.1kmまで上昇したあと下降し、再び高度72.3kmまで上昇して1000km先に正確に着弾したと説明している。
これに対し韓国軍は軌道の変更も「誇張」とし、「極超音速ミサイルは先進国も開発中の高難度の技術が要求される」として戦力化には相当な期間がかかるとしている。

一方で防衛省関係者は「通常の軌道で上昇したあと、高度を下げたり上げたりして飛行した。速度はマッハ5以上の極超音速だった」として、北朝鮮の説明すべてが誇張とは言い切れないという見方を示す。

キム・ジョンウン総書記が3年前の2021年1月に朝鮮労働党大会で明らかにした国防力強化のための5か年計画は極超音速で滑空飛行する弾頭の開発を進めるとしている。
その後、公表された“極超音速ミサイル”の発射は、2021年9月28日、2022年1月5日、11日、2024年1月14日、4月2日の5回。

防衛省は2022年1月11日の段階で、最大速度はおよそマッハ10に達し、水平に旋回して軌道を変える飛行をしたと分析。

技術の進展への警戒を強めていた。
防衛省関係者
「北朝鮮は5か年計画で掲げたものについては曲がりなりにも実現に向けて技術を向上させている。弾頭部分の開発などはまだ課題があるものの、今後もさまざまな発射を繰り返して実戦配備を目指すのではないか。そうなれば探知も迎撃も難しく脅威だ」

“迎撃できない”

日本のミサイル防衛システムは原則的に弾道ミサイルが重力で放物線を描くように落下していくことを想定している。

発射の角度や速度などから飛行コースと落下地点を予測し、迎撃ミサイルでピンポイントで撃ち落とす仕組みだ。
現行のシステムではある程度の軌道の変更には対応できるが、極超音速で低空を変則的に飛行するミサイルを迎撃するのは極めて難しい。

対策として軌道を変える前、つまり発射の早い段階か発射の兆候をつかんだ時点で発射拠点などを破壊する方法が考えられる。

しかし発射の動きを把握しようにも、固体燃料式の場合は直前の燃料の注入などは必要ないため事前の兆候をつかむのは容易ではない。

さらに相手が日本に対する攻撃に着手したと、いつどのように認定できるのかという極めて困難な問題もある。

こうした状況を踏まえ、防衛省は極超音速ミサイルにも対応できる迎撃ミサイルの開発を計画。

さらにミサイル防衛での米韓との連携を強化し、北朝鮮に「攻撃に踏み切らせない」抑止力の向上をはかろうとしている。

北朝鮮の真意

「北南関係はこれ以上同族関係、同質関係ではない敵対的な両国関係、戦争中にある両交戦国関係に完全に固着された」

2023年12月。キム・ジョンウン総書記の朝鮮労働党中央委員会総会での演説が日米韓の専門家の関心を集めた。
北朝鮮はこれまで韓国との平和統一を目指すとしてきたが、その政策を転換したと受け止められたからだ。

アメリカを拠点に北朝鮮の動向を分析する38ノースはその翌月の2024年1月に公表した報告書でキム・ジョンウン総書記が平和統一の目標を放棄し「戦争に踏み切るという戦略的決断を下したと考えている」と記した。

しかしこれには異論も相次ぎ、韓国のある専門家はむしろ北朝鮮として考える核抑止力(核兵器の保有で相手に攻撃をためらわせる考え方)の“実効性”を高める実利的な狙いがあるという見方を示した。
ホン・ミン研究委員
「北朝鮮のこれまでの統一政策は民族どうしが自主的に統一することだった。しかし核兵器を実用化すると何が起きるかというと、同族に核を向けることになる。民族関係が大きな足かせとなり核兵器を使えないという認識が形成されれば、核抑止力が無意味になる。そこで敵対視している国には核が使えるという論理であれば、核抑止力が働くと判断できる。非常に実利的な側面での意図があったとみられる」
北朝鮮にとっての抑止力。

それはアメリカに北朝鮮への攻撃を踏みとどまらせることを意味する。

アメリカの攻撃を「抑止」するには、有事になれば、韓国、アメリカに耐えがたい被害を与えることのできる能力を示す必要がある。

そのためにも核戦力の開発を進め、その実効性を高めようとしているという分析だ。

残された時間

韓国陸軍大佐で韓国国防研究院のイ・サンミン(李相旻)研究委員は「短距離弾道ミサイルや巡航ミサイルは北が考えている技術目標にある程度達したのではないか」と分析する。
短中距離の弾道ミサイルはアメリカ軍の拠点となる在韓、在日米軍基地、そしてグアムを射程におさめるとされる。

ではその戦略とは何なのか。

イ研究委員は北朝鮮が軍事偵察衛星の運用を目指していることに言及し、次のように説明する。
イ・サンミン研究委員
「アメリカの戦力が太平洋を渡って来たり、グアム、ハワイから来たりするのを阻止し、在日、在韓アメリカ軍による朝鮮半島での活動を防ぐ『接近阻止・領域拒否』と考えるのが適当ではないか」
一方でイ研究委員はアメリカ大陸に届くICBM=大陸間弾道ミサイル級では弾頭の大気圏再突入などの技術が確立されていないという見方を示す。
さらに核弾頭の小型化には追加の核実験が必要で、遠方の攻撃目標の正確な位置確認に必要な軍事偵察衛星についても開発にまだ多くの時間がかかると見る。

それでも北朝鮮は国際社会の制裁にもかかわらず、この数年で核弾頭の搭載を想定したミサイルの発射技術を急速に高めた。

それをさらに発展させ、核戦力が確立される前に開発を食い止める手段を国際社会は見出さなければならない。

それには北朝鮮を交渉の舞台に引き込む必要がある。

その糸口をどのように見出すのか。残された時間は決して長くはない。

サタデーウオッチ9(4月6日放送予定)

社会部記者
南井 遼太郎
2011年入局 横浜局 沖縄局を経て現所属
2020年から防衛省・自衛隊を担当
社会部記者
須田 唯嗣
2014年入局 松江局を経て現所属
2022年から防衛省・自衛隊を担当
社会部記者
山崎 啓
2015年入局 福岡局を経て現所属
2023年から防衛省・自衛隊を担当
ソウル支局記者
長砂 貴英
2007年入局 新潟局 中国総局(北京) 山口局などを経て現所属
朝鮮半島情勢を中心に取材