“プーチンの戦争” あらがう女性たち

“プーチンの戦争” あらがう女性たち
「特別軍事作戦を終わらせ、交渉のテーブルについてください。もしくはみずから前線に行って死んでください」

プーチン大統領に公然と、こう要求する女性たちがいます。ロシアの動員兵の妻や母親たちでつくるネットワーク、「プーチ・ダモイ」(我が家への道)のメンバーです。

当局の圧力を受けながらも「夫や息子を返してほしい」と訴える女性たちがロシア社会に変化をもたらすことになるのか。3人の女性に話を聞きました。

「プーチ・ダモイ」(我が家への道)とは?

2022年9月、30万人の動員に踏み切ったプーチン大統領。国内では抗議デモが起きたほか、招集を免れようと多くの人が国外に逃れました。

そしていま、ロシアでは、戦場に動員された人の妻や母親たちが「プーチ・ダモイ」と名付けたネットワークを立ち上げ、夫や恋人、息子を返せと訴えています。
SNSチャンネルの登録者数はおよそ6万6000人(4月3日現在)。

当初、女性たちは中央や地方の政治家に嘆願書を書くなどの活動を行っていましたが、願いがいっこうに聞き届けられない中、いまでは“プーチンの戦争”を批判するようになっているのです。

“長くて半年” ほごにされた口約束

「プーチ・ダモイ」の中心メンバーの1人、マリア・アンドレエワさんは小児科医として働いてきましたが、マッサージ師だった夫がおととし10月に動員。現在は休職して2歳の娘を育てています。
マリア・アンドレエワさん(小児科医)
夫から招集令状が届いたと聞かされたとき、私はみぞおちを殴られたようなショックを受け、ぼう然としてその令状を眺めていました。
私にとってこれは、まるで自分の手の中に戦死の知らせがあるような気持ちでした。私はその時自分が何をしたのか、まったく覚えていません。ひどく号泣したことしか覚えていません。
夫は「心配しないで、これは長くならないから。徴兵事務所で、長くて半年と言われたよ」と言いました。
私は彼に「あなたは本当にそれを信じているの?」と言うことさえできませんでした。
ピザ店の店長として働いているクセニア・ワラビヨーワさん。

国営企業で働いていた夫は心臓に病気がありましたが、2年前に動員されました。ことしに入って、本格的に「プーチ・ダモイ」の活動に参加するようになりました。
クセニア・ワラビヨーワさん(ピザ店店長)
彼との関係はおそらく、私の人生で最も幸せなものです。彼のことがとても恋しいです。彼は非常に働き者で、とても社交的な人です。
2年前の10月3日に彼から電話がかかってきたとき、私は職場にいました。その日は私の誕生日でした。
彼は「あすの朝、動員される。朝6時に徴兵事務所に行かなければならない」と言いました。ちょうどその時、同僚たちが私のためにケーキを持ってきてくれたのですが、私はただ泣き出してしまいました。
皆、何が起きているのかわかっていませんでした。私の人生は止まってしまいました。
アントニーナ・サルティコーワさんは、おととし9月にプロポーズしてくれた婚約者がその翌月、動員されました。

そして、いまは突撃部隊に配属されていると言います。
アントニーナ・サルティコーワさん(裁縫業)
彼は毎日私に「君は僕の妻になるんだ。僕のところに引っ越してくるべきだ」と言っていました。
彼のところに招集令状が届いたのはおととしの10月6日でした。彼は徴兵事務所で「心配しないでください。持病があるのなら訓練拠点で軍医委員会の審査があります。これはただの軍事訓練ですから、あなたはどこにも派遣されませんよ」と言われました。
しかしその後、彼から突撃部隊に配属されたことを聞かされました。それは実質的に私にお別れを言うための電話でした。私たちはすべてを壊されました。夢をすべて打ち砕かれました。
彼が涙ながらに「頼むからここから僕を連れ出してくれ」と電話をかけてきてから、私は自分が声を大にして伝えようとしなければ、前に進めないということに気がつきました。

「プーチ・ダモイ」 立ち上がった女性たち

女性たちは毎週末、第2次世界大戦で戦死した兵士を追悼する「無名戦士の墓」に花を手向け、動員を行ったプーチン政権に抗議の姿勢を示してきました。
反戦の活動が徹底して抑え込まれてきたロシアで、当局の取り締まりを回避するために始めた取り組みです。
互いに支え合う場にもなっているともいいます。
マリア・アンドレエワさん
まず指摘したいのは、どの戦争も、外交官や政治家の誤算と落ち度によって起きるものです。これは彼らによってなされた悲劇ですが、彼らの代わりに一般人が命を落としています。
私たちの動員兵は普通の国民です。私たちは、2022年秋に動員された人々を帰すよう要求しています。原則として民間人を動員しないように求めています。
クセニア・ワラビヨーワさん
動員兵が一生戦地にいるようなことにならないよう嘆願書を書いていましたが、行き詰まってしまいました。多くの家族が破壊され、子どもたちは父親がいないまま育っています。
私にとって「プーチ・ダモイ」は女性たちが支え合う巨大なコミュニティーです。
私たちは同じような気持ちを抱え、同じように押しつぶされています。私たちは一緒に国に働きかけようとしているのです。
アントニーナ・サルティコーワさん
それ(動員の現実)を知る人が増えて反対する人が増えれば増えるほど、何らかの運動が始まる可能性は増すと思います。少なくともそうなれば、まだ動員されていない人たちに対し警告を発することができます。
最近、とてもうれしいことがありました。テレグラム(SNS)のある投稿にコメントをしたとき「すみません、もしかしてあなたは『プーチ・ダモイ』のアントニーナさんですか」と聞かれたのです。
「そうです」と答えると、「あなたのことを尊敬しています。あなたたちは正しいことをやっています」と言ってくれました。その人は動員兵でした。

“プーチンの戦争”に異議

「プーチ・ダモイ」は去年11月下旬に動員の完全解除などを求める「マニフェスト」を発表。「国民への呼びかけ」では「動員は恐ろしい過ち」だと断じました。

さらに12月の投稿ではプーチン大統領に対し「特別軍事作戦を終わらせ、交渉のテーブルについてください。(中略)もしくはみずから前線に行って死んでください」と迫りました。

一方で女性たちは、反戦で一枚岩になることの難しさも語りました。
マリア・アンドレエワさん
私たちは動員兵の家族の参加を増やすことで成長していかなければなりません。
しかし、私たちが(政府を)批判したり、何か主張したりして野党勢力側に身を置いたとたん、メンバーとなる人権活動家や反戦家たちの数が増えていき、私たちは刑事罰の対象となる過激主義の方へと転がり落ちることになります。
そうすると、メンバーになった動員兵の家族たちは私たちから瞬く間に離れていってしまいます。こうした状況においてどうあるべきか、私たちはまだ答えを見つけられていません。
クセニア・ワラビヨーワさん
恐怖心は人それぞれです。あからさまな反戦の立場をとれば刑務所に入れられるか、高額な罰金を科せられることになるということも私たちの間で話題になりましたから。

強まる当局の圧力

女性たちがSNS上で軍事侵攻をあからさまに批判するようになるにつれ、当局の圧力が強まっています。

1月中旬には、アンドレエワさんが警察に一時的に連行され、活動を妨害される場面もありました。
マリア・アンドレエワさん
去年12月上旬に、私たち活動している女性全員が特定されました。私の夫は師団長に直接呼び出され、私を黙らせるよう要求されました。
私の写真を見せられ、「彼女を知っているか?」、「知っています、私の妻です」、「それでは自分の妻に、何をすべきか伝えなさい」と。
彼らがこのような行動をするなら、私は黙っていることなどできないと思いました。私が黙ったら、私の夫が何をされるかわからないからです。
唯一残されているのが、外国メディアにロシアの現実を理解してもらうために、取材に応えることです。しかし今のところ、公にすることが自分自身の安全のためになることを理解している女性は少ないです。
正直なところ、怖いです。ですが、私は自分の良心と向き合い、自分が何もしなかったと自覚することのほうが怖いです。
そして娘から「お母さんは何をしたの?」と一生問われ続けるのがもっと怖いのです。
アントニーナ・サルティコーワさん
私のところにはすでに3回電話がかかってきました。
1回目は地区の警察署からで、そのほかの2回は過激派対策局からでした。彼らは私が過激主義者だと疑っているのです。これはスターリン時代の粛清を思い起こさせるものです。
当時、私の祖父は粛清されました。いま起きていることは、私から見ればそれとまったく同じです。
もう怖がる意味がありません。私の婚約者はすでに突撃部隊に入れられました。待っているのは最悪の結末だけです。
私には成人した息子もいます。息子まで戦場に行かせたくはありません。何を恐れることがあるでしょうか。私は婚約者と息子のことが心配なのです。これは私の闘いなのです。

地下鉄の中で感じる孤独 ロシア社会の無関心

SNSチャンネルの登録者数はおよそ6万6000人にまで増えていますが、「プーチ・ダモイ」はロシア社会全体に波及する運動にはなっていません。

その要因として女性たちがあげたのが、無理解と無関心、そして当局への恐れでした。
クセニア・ワラビヨーワさん
“スーパー愛国者”とでも呼べるような人たちは、家でソファーに寝転びながら「彼ら(動員された人たち)が身を隠さなかったのが悪い。私のせいじゃない」などというコメントを書いて、私たちを侮辱しています。
普通に暮らし、仕事に行き、新年などの祝日をいつもどおりに祝っている人たちもいます。時々地下鉄に乗ると「ああ、こんなに男性が大勢いるんだ」と思いながら、自分の夫のことを考えてしまいます。
たしかに、社会が戦争のことを思い出すことはありますが、それは(ウクライナと国境を接するロシア西部の)ベルゴロド州で銃撃が起きたり、モスクワにドローンが飛んできたりするときだけです。
私にも若い同僚がいますが、彼らにとって戦争は遠い出来事です。政治(の結果)が自分に及ぶまで、その意味を誰も理解できないというのは悲しいことです。
アントニーナ・サルティコーワさん
私は何度も、例えばカフェなどでインタビューにこたえてきました。私は涙を浮かべたり、怒りに駆られたり、神経質な笑みを浮かべたりするのですが、周りの人たちは普通に座って食事をしています。
彼らはまるで楽園にでも住んでいるかのように穏やかな顔をしています。すべて順調。彼らには関係のないことなのです。
さらに特別軍事作戦を全面的に支持しているような友人もいます。彼らは言われたこと、頭に何度もすり込まれたことを信じています。
彼らは動員兵たちは向こうですばらしい暮らしをしていると思い込んでいます。お風呂があり、移動式のランドリーがあって、料理も出てくるし、8時間の睡眠もとれて、何の問題もないと。
そして私たちは彼らの給料のおかげで、浴びるほどお金を持っており、エステにも通っていると。ですから私は人々に真実を知ってほしいのです。

変わる政権への考え方

30代前半のアンドレエワさんと、ワラビヨーワさんが以前からプーチン大統領の支持者ではなく、学業や仕事に追われ、政治に関心を払うゆとりがなかったと話したのに対し、年上のサルティコーワさんはプーチン大統領に対する考えの変化を語りました。
アントニーナ・サルティコーワさん
いまの(プーチン)大統領がエリツィン氏の代わりに出てきたとき、私たちは喜びました。そして実際、ロシアは発展しました。本当に発展したのです。
40代、50代の私の世代は頭が混乱しています。私たちはいま起きていることを理解できないのです。
動員が行われたとき、なぜ私たちが(政権を)信じてしまったかというと、かつてはすべてがよかったからです。私たちにとっては、政権を信用することが当然になっていました。
私の婚約者は「自分たちは、廃棄されるために運ばれていくような感じがする」と言っていました。ロシア人が同じロシア人を廃棄するなんて、私にとって非常に恐ろしいことでした。
私の見方、私の意見は大きく変わりました。怒りが生まれました。自分の命の危険に対する恐怖ではなく、怒りを感じました。私は憎しみと怒りに駆り立てられています。

“夫を返せ“のその先に

夫や息子を返せという訴えから始まった「プーチ・ダモイ」。

彼女たちの覚悟、そして今後、どう活動を続けていくのか聞きました。
マリア・アンドレエワさん
私は自分を愛国者だと思っています。しかし私たちに押し付けられているのとは違う愛国者です。
いま私たちの国では、軍事愛国主義が強制されています。何だかよくわからない自己犠牲が必要とされています。
自分の祖国のために喜んで死ねるほど、祖国をものすごく愛さなければなりません。
私はこの極悪非道の愛国主義に反対します。
クセニア・ワラビヨーワさん
私はこの運動を政治運動として社会に広げていきたいと思っています。
私たちには壮大なプロジェクトがありますが、そのためには時間を見つけ、女性たちを結束させなければなりません。なぜなら、戦場では1人では戦えないからです。
私たちはYouTubeチャンネルを運営し、そこで女性たちを取り上げ、彼女たちが実在するのだということを伝えます。
コメントを出したり、インタビューにこたえたりすることで、国がどのように私たちのことを扱っているのかを社会に伝えていきます。
アントニーナ・サルティコーワさん
私は「プーチ・ダモイ」が、動員兵の妻たちだけのコミュニティーだとは思っていません。
単にメンバーの大半がそうだというだけです。中には契約兵の妻たちもいるし、動員兵と何の関係もない人たちもいます。誰でも歓迎します。
いちばん重要なのは、いま何が起きているか、そしてそれが社会にとって危険だということを理解することです。
目を開いていま何かをしなければ、何か行動しなければ、私たちは現状に甘んじて何かのルールに従いながら猿ぐつわをはめられて生きていくか、もしくは自分の家族や友人を突撃部隊に差し出すことになるということを理解すべきなのです。

取材後記

彼女たちは政治家でも活動家でもない、普通の市民です。

しかも、夫や恋人は動員兵として、政権が掲げる大義のために命を危険にさらしている。だからこそ、言論統制を強めるプーチン政権も、世論の反発を呼ぶような手荒な手段には訴えにくいと見られます。

一方、女性たちが話すように、身近な人が戦地に送られるなどのことがない限り、抗議の声を上げる人は一部にとどまっています。

モスクワではことし3月、140人以上が死亡するテロ事件が起き、警備や取り締まりにあたる警察車両が増えるなど、緊張感も漂っています。今の生活を維持することを最優先させる多くの人たちにとって、当局ににらまれる危険を冒してまで、彼女たちの活動に加わることは難しいのでしょう。

しかし、今後、例えば追加の動員が行われるなど、より戦争が市民の日常に迫っているという危機感が広がるような状況になれば、彼女たちが戦争への反対の声の受け皿になることがあるかもしれません。

ロシアの反体制派の多くが国外に逃れる中、国内で声を上げ続ける女性たち。

プーチン政権にとって、その存在は、いまは小さくても一気に抗議活動を拡大させかねない潜在的な脅威でもあり、圧力を強めていくとみられます。
(4月2日 クローズアップ現代で放送)