能登地方の倒壊家屋 公費解体の申請できないケース相次ぐ

能登半島地震により倒壊した家屋などの公費での解体をめぐり、特に被害の大きかった能登地方の市や町では、家屋の所有者全員の同意を得られないなどの理由で解体の申請ができないケースが相次いでいることがわかりました。

全額公費で解体の家屋 約2万2000棟と想定

能登半島地震で「半壊」と「全壊」となり、全額公費で解体される家屋はおよそ2万2000棟と想定され、国や自治体は今月以降、解体工事を加速させるとしています。

環境省のまとめでは、先月27日時点で特に被害が大きかった輪島市や珠洲市など能登地方の6つの市と町で行われた公費解体は131件で、住民などから受け付けた解体の申請は4364件となっています。

NHKが能登地方の6つの市と町を取材したところ、これまでに被災した人から公費解体の申請に関して寄せられた相談は、先月までに少なくとも延べ6200件に上り、いずれの自治体でも家屋の相続に関する相談が一定数を占めていることがわかりました。

家屋解体には “所有者全員の同意” が必要

具体的には、家屋の解体は私有財産の処分にあたるため、所有者全員の同意を書面で提出することが求められていますが、相続の際に家屋の名義変更をしておらず相続の権利を持っている親族が複数いて、全員の同意を取ることが難しいなどの理由で申請ができないケースが相次いでいるということです。

環境省は、相続権を持つ人が多数に上り全員の同意がとれないなどやむをえない場合は「所有権に関する問題が生じても申請者が責任を持って対応する」といった内容の宣誓書を提出することで解体を行えるという考えを示しています。

しかし、能登地方の6つの市と町では、トラブルを避けるためにいずれも宣誓書での代用はしていないということです。

被災した人たちの相談に応じている石川県司法書士会では、こうした現状を踏まえ、県内の自治体に対し「相続人全員の同意は必要としない」などの柔軟な対応を求めて要望を行ったということです。

また、所有者不明の土地や建物をめぐっては、全国で増加し、災害の際に復興の妨げになるなど社会問題になっているとして、国は土地や建物を相続する際の登記を今月1日から義務化しました。

全壊した築約100年の家 “名義は4代前の高祖父”

石川県穴水町川島の林淳彦さん(62)が母親と兄と3人で暮らしていた住宅は、能登半島地震で全壊しました。

このうち母親は壊れた住宅の下敷きになり、亡くなりました。

林さんは母親が亡くなった家をそのままにしておきたくないと、早い時期の公費解体を希望して町に申請を出しました。

しかし、所有者が同意したことを証明する書類が不足していたことから、手続きが進まなくなっているということです。

林さんによりますと、築およそ100年の住宅はしばらく相続の手続きがされておらず、所有者が誰の名義になっているかわからなくなっています。

このため法務局で調べたところ、4代前の高祖父の名義となっている可能性が高いことがわかったということです。

町からは、所有者が亡くなっている場合、相続する権利がある人全員の同意を取るよう伝えられているということです。

林さんは「大変困りました。居場所がわからない人もいますし、生きているか亡くなっているかもわからない人を探しようがなく、どうすればいいのだろうと思っています。予算があれば自費での解体もあり得ましたが、今の状況では公費解体に託すしかありません」と話していました。

隣の住宅の修理にも影響

一方、この住宅をできるだけ早く解体してほしいと考えているのは、林さんだけではありません。

隣に住む池上智昭さんの自宅は、倒壊した林さんが暮らす住宅の一部がもたれかかるような状態となっています。

避難所での生活を余儀なくされている池上さんは、できるだけ早く応急の修理をして自宅で生活したいと考えていますが、林さんが暮らす住宅の解体が進まないかぎりは工事の見積もりも取れず、作業が進められないということです。

池上さんは「隣の住宅の公費解体に時間がかかると思っていなかっただけにつらいです。早く戻りたいです」と話していました。

石川県司法書士会 “被災者の相談 8割は家屋の公費解体”

石川県司法書士会は、ことし1月以降、能登半島地震で被災した人たちの生活に関する困りごとに無料で相談に応じていますが、これまでに電話で寄せられた相談の8割は家屋の公費解体に関する相談だということです。

県司法書士会によりますと、これまでに寄せられた相談は、家屋の所有者がすでに死亡した親族の名義となっていて相続人が誰なのか不明だ、相続人は判明しているが多数いるため全員の同意を得ることが難しい、という内容が多いということです。

先月27日、石川県加賀市で輪島市や珠洲市から避難した人向けの相談会で、自分が所有者となっている自宅が全壊し、公費解体の申請の流れを確認しに来たという輪島市の67歳の男性は「子どものころから過ごした家で、複雑ではありますが、いまだに家族の大切なものも含めて持ち物も一切出せていないので公費解体を申請しようと考えています」と話していました。

石川県司法書士会の曽根裕会長は「能登半島に限らず、地方では昔ながらの名義が変わっていない家屋が多くあると思うが、今回の震災によって、それが顕在化したと思う。相続人の全員の同意がなかなか難しいケースの場合は柔軟に対応していただきたい」と話していました。

所有者が特定できない空き家の解体も課題

公費解体を所管する環境省は、所有者の同意の問題に続き、今後、所有者が特定できない空き家の解体が課題となるとして倒壊した空き家についての調査を始めています。

所有者が特定できない空き家の公費解体は所有者の同意がとれず、東日本大震災や熊本地震でも解体までに時間がかかり問題となりました。

市町村が裁判所に申し立て「所有者不明建物管理制度」施行

こうしたことから去年4月、調査を尽くしても建物の所有者がわからない場合は市町村などが地方裁判所に申し立てを行い、裁判所の許可を得たうえで公費解体を行うことができる「所有者不明建物管理制度」が施行されました。

大規模災害としては今回初めてこの制度が活用されると見込まれ、珠洲市では、国から派遣された環境省の職員の助言を受けて空き家の現状についての確認を始めました。

珠洲市の空き家率は全国平均の13.6%を上回る20.6%で、令和2年度の市の調査では1229戸の空き家があったということです。

制度を活用するには「半壊」や「倒壊」となった空き家を特定したうえで、所有者の調査を進める必要があるため、環境省の職員は倒壊した建物が多い地域を訪れ、空き家の特定作業を進めていました。

環境省の寺西制参事官補佐は「空き家の調査には自治体のマンパワーが必要になるため、国も支援を続けていく。倒壊したままの家屋が残っていては復興復旧が終わらない思うので、対応を続けていく」と話していました。

「復興復旧の遅れにつながる問題 繰り返されている」

所有者不明土地の問題に詳しい東京財団政策研究所の吉原祥子研究員は、土地や建物を相続した際の登記は今月1日から義務化されましたが、これまでは任意だったことから亡くなった人の名義のまま何年もたっているケースは多く過去の災害でも復興事業の遅れにつながったといいます。

吉原さんは「相続人全員を探すことの大変さによって復興や復旧が遅れるということが繰り返されてしまっていると感じている」と指摘しています。

そして、相続人が多数いるなどしてやむをえない場合、環境省が申請者に問題に責任を持って対応する旨の宣誓書で解体を行えるという考えを示していることを踏まえ「宣誓書による手続きの迅速化は重要で、こういった思い切った政策を国が出しているので、現場の市町村が安心して使っていけるようなもう一歩踏み込んだ具体的な実務上の支援が必要だ。また、相続人の同意が必要なのであれば、被災者に寄り添ったサポートを継続的に行っていく体制が、被災者の財産を守るだけでなく迅速な復興のためにも必要だ」と指摘しています。

そのうえで、今月1日から相続した土地や建物の登記が義務づけられたことについて「いま被災地で起きている問題は、日本全国どこでも今後起きうる問題だと思う。私たち一人ひとりが、住んでいる家や実家などの登記がどうなっているのかを確認し、相続登記を進めることが大事だ」と話していました。