自民 混迷後の不戦敗 長崎3区補選

自民 混迷後の不戦敗 長崎3区補選
4月に行われる衆議院長崎3区の補欠選挙で自民党は不戦敗を選んだ。

この補選は、派閥の政治資金パーティーをめぐる事件で、安倍派に所属していた谷川弥一衆議院議員が辞職したことに伴って行われる。

自民党は“主戦論”と“非戦論”で混乱が続いた結果、候補者擁立の見送りを決定。

不戦敗は長崎県内の国政選挙では昭和30年の結党以来初めてのこととなる。

混迷の舞台裏に迫った。

(谷口真央・松本麻郁)

突然の退場

「私は力をつけたかった。勘違いしていました」
ことし1月22日、長崎県大村市で記者会見に臨んだ衆議院議員(当時)の谷川弥一。

自民党の派閥の政治資金パーティーをめぐる事件で略式起訴されたことを受け、離党したあと議員を辞職した。

県議会議員時代をあわせ37年間にわたり議員生活を送ってきた谷川は、長崎県の政界の中枢を長く担ってきた。

谷川の突然の退場で、自民党長崎県連は長崎3区の補欠選挙への対応を迫られることになった。

立候補は“罰ゲーム”

事件に対する厳しい世論にさらされるなか、長崎県連は、補選に候補者を立てるべきか、それとも見送るか、揺れ動いた。

野党側は、立憲民主党が、前回の衆議院選挙で谷川に僅差で敗れ、比例代表九州ブロックで復活当選した山田勝彦の擁立をいち早く決めていた。
日本維新の会も、新人の井上翔一朗を擁立すると発表した。
県連内の意見は真っ二つに分かれた。
「有権者に選択肢を与えることは与党の責任」
「候補者を出さないという禊ぎが必要なのではないか」
ただ、どちらを主張する者も厳しい選挙になるとの見方では一致していた。
「こんな状況で立候補する人はいるのか」
ある県議は取材に声を潜めるように言った。
「出るのは『罰ゲーム』でしょ」

長崎県の“ある事情”も

長崎県連の事情も候補者探しを難しくさせていた。

次の衆院選から小選挙区の数を「10増10減」することに伴い、長崎県は4つある選挙区が3つに減る。
自民党はすでに新しい3つの選挙区の支部長を決定。

谷川は比例代表九州ブロックの単独候補に転出することが決まっていた。

このため、補選で擁立した新人が勝利しても、次の衆院選での立候補を約束できる選挙区がなかった。

長崎3区に地盤を持つある県議は、周囲から立候補を推す声があったが「逆風のなかで将来の担保もない。こんな選挙に命はかけられない」と話した。

「こういう状況では手を挙げたいと考える人はいない」と県連執行部は、党として候補者を擁立するなら、次の衆院選で比例代表で優遇するように党本部にかけあうことにした。

”戦う”か”戦わない”か

2月に入り、長崎3区に候補者を擁立するかどうか、県連と党本部の本格的な調整が始まった。

2月7日。

県連会長で参議院議員の古賀友一郎と県連幹事長で県議会議員の前田哲也は党本部で幹事長の茂木敏充と会談した。

関係者によると、この席で茂木は「戦うことを前提に候補者の準備をしてほしい。勝てば次の衆議院選挙の比例代表で優遇することを検討する」と話したという。

しかし「前提に」「検討する」という茂木のことばをどう受け止めればよいのか、県連は戸惑った。

2月10日の県連役員会のあと、古賀は固い表情で記者たちにこう言った。
「戦うのか戦わないのか、条件はどうなのか、党本部からはっきりしたものがないと手を挙げてくださいとも言えない」
動きの鈍い長崎県連を見越してか、2月13日に茂木から県連会長の古賀と県連幹事長の前田にそれぞれ電話がかかってきた。

茂木は2人に「長崎は選挙をすることになったから準備を進めてくれ」と改めて指示した上で「勝った場合は次の衆院選で比例上位を約束する」とも告げたという。

県連の候補者擁立作業は、このときから具体的に動き出すことになった。

茂木の思惑は

茂木はなぜ候補者擁立を強く推したのか。

党への逆風が吹く中、茂木の脳裏には、長崎3区、東京15区、島根1区と3つ行われる衆議院の補選をどう乗り切るかという全体戦略があった。
特に気がかりだったのが、3選挙区で唯一、候補者が決まっていた島根1区だ。

島根は全国屈指の保守地盤で、今回は、当選を重ねてきた細田博之・前衆議院議長の死去に伴う「弔い選挙」にもなるだけに、本来であれば自民党が相当優位に立ってもおかしくない選挙だ。

しかし茂木のもとに届けられる島根1区の情勢は、必ずしも楽観できるものではなかった。
東京15区の候補者選定も遅々として進んでおらず、仮に長崎と東京で候補者を立てられなかった場合、島根への影響はどうなるか。
「島根一本になると、野党は戦力を島根に集中投下してくるだろう。だから、そういう状況を避けるためにも長崎はいい人物がいたら、できれば出したいんだ」
茂木は、長崎での候補者擁立にこだわる胸の内を周辺に語った。

党本部内では、長崎での勝算は少ないとして「不戦敗」を訴える声も少なからずあった。

選挙対策委員長の小渕優子は、県連内の意見が割れていることに加え、そもそも党派色を出して勝てる選挙ではないのではと懸念を抱いていた。

それでも茂木は、岸田政権の行方を左右しかねないとも指摘されているだけに、全体の戦略を考える中で長崎での擁立にこだわった。

2人が浮上

県連が候補者の選定を進めた結果、1人の県議が手を挙げた。

以前も国政選挙に意欲を示したことがある人物だったが、選挙区は長崎3区内ではないため、県連内では「3区で支持を広げるのは難しいのではないか」という意見も出た。

もう1人、候補者になり得る人物が現れた。

長崎3区の最大都市・大村市の市議会議員だ。長崎県政界の重鎮が立候補を勧めたという。

県連幹事長の前田が、大村市内のコーヒーショップで意向を探ると「条件によっては考える」と応じた。

3日後の2月26日に迫った党本部との協議では、この2人の名前を出して判断を仰ごうと前田は考えた。

しかし、不戦敗を支持する県選出の国会議員たちがこれに「待った」をかけた。

県議と大村市議の双方に立候補の断念を迫ったのだ。

この結果、大村市議は断念したものの県議は応じず、党本部との協議では、この県議が意欲を持っているとして諮ることとなった。

ふたたび党本部と会談

2月26日。

県連執行部の古賀と前田は、自民党本部で茂木や小渕と再び向き合った。

県連側は、立候補に意欲を示している県議がいることを報告した。

その一方で古賀は、地元の県議会議員や国会議員からは不戦敗を望む声が出ていることもあわせて伝えた。

会談のあと、古賀は待ち構えていた記者団に対し「戦う戦わないということも含めて党本部のご判断を今後いただきたい」と述べ、ボールは党本部にあることを強調した。
この日の夜、茂木はため息をついて、周辺にこう吐露した。
「いまだに県連はやる気がない。いいところまでいった候補者を自分たちでやめさせたりしているんだから、どうしようもない。地元がこの状況ではもう難しいかもしれない。党本部が主導して擁立しても、候補者が気の毒だ」
以後、茂木は、候補者選定に向けた動きをぴたりと止める。

結論は不戦敗に

選挙の告示まで2週間ほどに迫る迫る4月2日、茂木と古賀らが会談し、擁立の見送りが決まった。

昭和30年の結党以来、自民党が長崎で行われた国政選挙で候補者を擁立しなかったのは初めてのことだ。

ただ、候補者の擁立を主張していた県議からは「県連の意見が党本部に届いていない」と県連執行部の対応を批判する声が残った。

今後の県連運営にしこりが残ることを予想する声も出始めている。

自民党の「政治とカネ」が発端の補欠選挙で、審判の対象となる自民党の選択肢がない。

有権者が置き去りにされたことは、今後の選挙にも影響が続きそうだと感じた。

そんな、一連の取材だった。
(文中敬称略)
(4月2日 ニュースウオッチ9で放送)
長崎局記者
谷口真央
2018年入局。秋田局や横手支局を経て、去年、長崎局へ異動。長崎県政や自民党の取材を担当。長崎の自然や文化を勉強中で、名物の皿うどんは細麺派
長崎局記者
松本麻郁
北海道の民放の記者を経てNHKへ入局。長崎局では選挙事務局長。2021年の衆議院北海道2区補欠選挙でも自民党が候補者を擁立しない選挙を取材した。長崎3区の大村市に咲く桜の前にて