未解決事件File.10「下山事件」ドラマ主演 森山未來さんに聞く

未解決事件File.10「下山事件」ドラマ主演 森山未來さんに聞く
占領期だった1949(昭和24)年7月、国鉄の下山定則総裁が突然失踪し、礫(れき)死体で発見された「下山事件」。遺体に不自然な点が多く、自殺説と他殺説をめぐる大論争に発展したこの事件は、占領期最大の未解決事件と言われ、70年以上たった今もなお多くの謎に包まれています。
3月30日(土)放送のNHKスペシャル「シリーズ 未解決事件」では、下山事件をドラマとドキュメンタリーの2部構成で検証。数多くの作家やジャーナリストが真相解明に挑んだ事件の謎と、今なお続く「日本の闇」に新たな光を当てました。
ドラマで描かれたのは、東京地検の主任検事として捜査を指揮した布施健検事の“巨大な闇”との戦いの日々と奇々怪々な事件の舞台裏。

ドキュメンタリーでは、検察の捜査を混乱させたスパイの足取りを取材し、新たな資料や証言から、事件の水面下で繰り広げられた、超大国の謀略に迫ります。

ドラマで布施検事を演じた俳優の森山未來さんが、下山事件、そして布施検事をどのように捉えて演じたのか。その思いを語りました。
(NHKスペシャル取材班)
《Q1.完成した作品をご覧になった感想はいかがでしたか?》
A1.森山未來さん
最初に脚本を読んだときの感覚に非常に近かったですね。一つ疑問が解決したかと思ったら、また新たな謎が生まれる。その連鎖にぐいぐい引き込まれていく高揚感がありました。
《Q2.「下山事件」についてはご存じでしたか?》
A2.手塚治虫さんの漫画のエピソードに下山事件のことが織り込まれていて、その印象が強いのですが、恥ずかしながら詳細についてはほとんど知りませんでした。最初に出演のお話をいただいたときは、事件の構造、当時の日本とアメリカ、中国、ソ連の歴史や関係性について深く知らない状態で脚本を読んだので、理解が追いつかない部分が多々あったんです。

ドラマ担当の梶原ディレクター、ドキュメンタリー担当の佐野ディレクターや新名プロデューサーにお話を伺う中で、番組の取材によって新たに明らかになったことも含め、どんどん全体像が浮き彫りになってきました。撮影中にも新たな情報が出てきたと聞きましたし、驚きましたね。
事件についてより詳しく調べるために読んだ本が「ここまでしか書けない」というラインで書かれていることも初めて知りましたし。なぜ、すべてを書けないのか?という部分が、番組をご覧になった方にはわかってもらえるのではないかと思います。
《Q3.布施健検事の人物像をどのように捉えて演じられましたか? 役作りにおいて意識した点も含めてお聞かせください》
A3.下山事件の全体像を理解していくにつれて、正直なところ「もうここで帰りたい」と思いました(笑)。というのも、視聴者として物語を見るとすごくおもしろい作品だと思うのですが、役者として物語の中に入って、布施さんの経験や思いを体現していくのは、あまりにもつらいなと。

答えが見えているのに解決できない、圧倒的なジレンマがあったと思うんですよね。実際、演じていて悔しく苦しかったです。
布施さんの出自や働きぶり、お人柄について事前にお話を聞かせていただいたのですが、「侍のようだ」と言われるほど実直な人柄で、趣味といえば草むしり。しかし、いざ事件となれば、冷静かつ鋭い洞察力で強大な力や闇に切り込んでいく。役として膨らませていく上で、そのバランスをどう表現するのかが非常に難しかったです。

布施さんは、下山事件の時効が成立したあとも長年事件を調べ続けられてきました。真相究明にかける執着心は、布施さんご自身のさまざまなバックグラウンドに起因するのではないかと想像していますが、あえてその情報を芝居に出さないよう意識して演じました。
《Q4.今回のドラマを通して、下山事件についてどのようなことを感じられましたか?》
A4.今日の世界情勢や、日本と近隣諸国の関係性につながる原点とも言うべきさまざまな事柄が、この下山事件で交差しているのではないかと感じました。
今では、下山事件そのものを知らない人もかなり多いと思うんです。知っていても「共産主義者のしわざ」と思ってる人もいるんじゃないか。でもこの番組を見たら、下山事件だけじゃなくてさまざまな歴史的なできごとが「あぁ、だからここにつながるのか」と1本の線につながって見えてくるんじゃないか、アメリカに対する日本のふるまいや選択、今の情勢の見え方が変わって来るんじゃないかと思うんですね。

特に、ドラマ終盤で、布施さんと上司の馬場さん(東京地検・馬場義続次席検事)が対じするシーンで布施さんが放つことばに耳を傾けてもらいたいです。

いろんなことが複雑に絡み合った社会の中で、われわれはどう決断し行動していくのか、すべての人々に届けられることばなんじゃないかと思っています。

=放送後記=

NHKスペシャル・未解決事件シリーズは、日本中に大きな衝撃を与え、今も生々しい記憶を残す“未解決となった事件”を、新たな取材で掘り起こして、その事実を基にドラマとドキュメンタリーの2本で徹底検証していく、という番組です。これまでにグリコ森永事件、ロッキード事件、オウム真理教、など、歴史に残る大事件を取り扱ってきて、今回がちょうど10作目になります。

この下山事件が起きた前後、実は不可解な“未解決事件”がかなり多く発生しています。アメリカ統治下の占領期、戦後の混乱もあり、社会構造もいびつで複雑な時代だったことが起因しているのだと思います。

そもそもこの事件、75年も前のことなので、今や一般的にはあまり知られていないかもしれません。
しかし、過去には名だたる作家や記者が真相を追い続けました。

作家の松本清張さんも「日本の黒い霧」で下山事件を書いています。ちなみにこの作品が発表された当時「黒い霧」ということばが社会現象になるほど話題となったそうです。映画監督で社会派映画の巨匠・熊井啓さんも「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」という作品を撮っています。さらに、漫画家の手塚治虫さん、さいとう・たかをさん、浦沢直樹さんなど、日本を代表する現代の人気作家たちも、この事件を取り入れたと思われる作品を描いています。

うかつに手を出して調べ始めると、その背景にある複雑怪奇な出来事や謎に取りつかれてしまうため、記者たちの間では“下山病”ということばもあるくらいです。この事件が“戦後最大のミステリー”と呼ばれるゆえんです。

本当に謎だらけの事件ですが、今回10作目にして、シリーズ史上最も真相に肉薄しました。いったい、この事件の何が、人をそこまでとりこにするのかー?番組をご覧いただければ、その理由がわかるのではないかと思います。

《3月30日に放送した番組の「NHKプラス」へのリンクはこちら》

プロジェクトセンター プロデューサー
新名 洋介
2001年入局
未解決事件シリーズを10年以上制作