マネージャーで夢がかなった!

センバツ初勝利を挙げて一気に準決勝に進んだ千葉の中央学院高校。

支えているのは練習のサポートだけでなく、さまざまな仕事を一手に引き受ける“敏腕”マネージャーたちでした。

マネージャーで高校生活が変わった!?

「マネージャーの仕事を通して将来の夢ができた」

「野球が好きでなったが、今はマネージャーそのものが好き」

「甲子園で夢がかなえられた」

野球部を支える3年生のマネージャー3人と2年生、合わせて5人で活動しています。

マネージャーの仕事というと、練習のサポートや試合でスコアをつけるなど多岐に渡りますが、中央学院ではある特徴的な取り組みがありました。

マネージャーの発信が注目される!

5人で制作を続けているホームページが充実し、注目を集めています。

選手の顔写真付きのプロフィールだけでなく、チームの理念やキャリア支援なども掲載され本格的です。

特に力を入れているのが「マネージャーブログ」。

野球部の日常や試合の結果、マネージャーの仕事などを幅広く伝えています。

5人で内容を話し合って決め順番に書くことにしていて、1週間に1回の更新を目指しています。

マネージャー 福田真央さん
「文章を書くのが苦手だったのでどういう内容を書いたらいいかなと不安でした。最初は1本を書くのに1週間もかかっていましたが、今はスピードが上がり更新の頻度を高めることができました。選手の父母さんは、ふだん子どもが寮にいて姿を見られないので、『ありがとう』とか『こんなこともしてたんだ』と言ってもらえるようになりました」

マネージャー 糠谷実咲さん
「ブログを書くことで練習やグラウンドを見ることが多くなりました。今、こういうことをしたらいいかなといったサポートへの気づきにつながりました。野球部の魅力を改めて考えることになり、さらに野球部が好きになりました」

アルプス席の福田さん(右)と糠谷さん(左)

勧めたのは“アイデアマン”

このブログは1年以上も更新を続けていて、部の名物になろうとしています。

始めたきっかけは、相馬幸樹監督の勧めだったといいます。

部内では“アイデアマン”と呼ばれている相馬監督。

ブログの狙いは、野球部をたくさんの人に見てもらうことでした。

相馬幸樹監督

相馬幸樹監督
「父母さんや応援してくれる人など、野球部のふだんの様子を見てもらいたいと思ったんです。マネージャーとしてできることを増やして欲しいと思って、キャリア支援として始めました。

(マネージャーがチームをよく見るようになったことについて)
そこまで考えていなかったですよ。高校生の考えることや気づくことはすごいですね」

ブログのほかにも、去年夏の新チーム発足後、“部内部活”という新たな試みを始めました。

52人のすべての選手たちが、英語部やダンス部、料理部など、それぞれの趣味趣向で選択してもらい、野球以外でも活動しているということです。

記録員 生駒陽選手

記録員 生駒陽選手
「最初は『何言ってんだこの人』みたいな感じでしたが、やっていくうちに野球以外でチームの雰囲気をよくする取り組みだということがわかりました。確実に野球につながっています。自分も英語部に所属していて、英検2級取得を目標に頑張っています」

相馬監督
「出てる子と出てない子の序列っていうのをなくしたかったんです。野球の一番の価値は人とのつながりだと思っているので、僕もとてもいい友達にたくさん出会ったし、野球だけで関わって欲しくないなと思っています。みんなで喜べるチームにしたい」

マネージャーが応援団に入る!?

“アイデアマン”の監督のもとで、自主性を持って活動している中央学院。

マネージャーの1人、3年生の中村彩夏さんが夢を実現しました。

センバツ出場が決まったことを受けて応援団に入ったのです。

中村彩夏さん

吹奏楽部の顧問からの募集を知り志願しました。

中学時代に吹奏楽部でフルートを演奏していた中村さん。

当時の夢が、球場で演奏することでした。

楽譜をもらってわずか1週間、苦手な連符が多い曲もありましたが、10曲以上を暗譜、練習して吹けるようになりました。

マネージャー 中村彩夏さん
「夢だったアルプス席で演奏することができて今までで一番楽しかったです。野球部のマネージャーに加えて吹奏楽部の一員となって応援できる喜びがありました。本当に夢がかなったと思います。

日々の成長を見てきた部員たちに、演奏ではスタンドの皆さんと一緒に全力で『頑張れ!』を伝えたいです。いろいろな経験をさせてもらえる環境に感謝しています」

目指せ初優勝!

野球部での活動をきっかけに成長を実感しながら高校生活を送っているマネージャー。

人と人とのつながりを大切にしながら、準決勝もスタンドから声援を送ります。

(甲子園取材班 池田侑太郎)