“握手のない共同会見” 両社の思惑は?

“握手のない共同会見” 両社の思惑は?
「変化に対応できない企業は淘汰(とうた)される」
「悠長に構えている余裕はない」
3月15日、包括的な協業に向けた覚書の締結を記者会見で発表したホンダと日産自動車。華やかなタイトルからはかけ離れた両社長のことばは、強い危機感を示していた。長年のライバル2社がなぜ急接近したのか?そして両社の思惑は?
(経済部記者 野口佑輔 小尾洋貴)

“握手を交わさない”共同記者会見

3月15日午後、都内の記者会見場。

壇上のホンダ・三部敏宏社長と日産・内田誠社長は最後まで握手を交わさなかった。

「自動車の電動化・知能化時代に向けた戦略的パートナーシップの検討を開始」

長年のライバルが協業を検討するというビッグニュースにもかかわらず、2人の表情に華やかさはなかった。
ホンダ 三部社長
「グローバルで自動車産業を取り巻く環境は劇的に変わっている。変化に対応できない企業は淘汰(とうた)される厳しい状況だと認識している」
日産 内田社長
「戦うべき相手は伝統的な自動車メーカーばかりではなく、新興メーカーが革新的な商品とビジネスモデルで参入し、圧倒的な価格競争力やスピードで市場を席けんしようとしている。悠長に構えている余裕はない」
その“危機感”が覚書締結の理由だ。

これまで協業を行っていない両社。

今回の発表は業界関係者に大きな衝撃となった。

両社の急接近 なぜ?

水面下で協業に向けた模索をしているという情報はあった。

ただ、担当記者として率直に感じたのは、この日の記者会見までの両社の動きが想定よりもかなり早かったということだ。
ホンダの三部社長が会見で説明した。
ホンダ 三部社長
「内田社長とは自動車産業全般にわたっていろんな議論をしてきて、共通の課題認識がもともとあった。この先どうしようかなということで少し話をしてみようとなったのが1月の中旬ぐらいだと思う。その後数回の議論を重ねて、いろいろ検討してみると効果が出そうだという結論に至った」
およそ2か月という短期間で結論に至ったというわけだ。

もちろん、今回の発表では具体的な協業の中身についてはほとんど説明がなかった。

それでも覚書の締結を急いだのは、ライバルどうしが手を結ぶ際には、まず枠組みを決めてしまうことが先決だと判断したのだろう。

中身がない発表だと批判するものではない。

急がなければならないという強い危機感があったからだ。

その大きな理由の1つはもちろん「電動化」だ。
いわゆるEVシフトの世界的な潮流は足元では鈍化しているという指摘もある。

ただ、長期的に見れば車の電動化は避けては通れないとみられ、両社ともに海外メーカーに大きく差をつけられている現状をただ見ているわけにはいかなくなっていた。

両社の現状は次のとおりだ。
《ホンダ》
・2040年に販売する新車をすべてEVと燃料電池車にする目標
・2030年にEVを年間200万台以上生産する計画
・2027年以降の販売を目指していたGM=ゼネラルモーターズとのEV共同開発中止
《日産》
・2024年度から2030年度の間に34車種の電動車を投入
・次世代EVの製造コスト30%削減を目指す
・2030年度までにエンジン車と同コストにする目標
EVシフトにあたって高い目標を掲げている両社。

その実現に向け、新たなビジョンを描いていく必要がある。

具体的な“中身”はこれから

協業の詳細については今後検討していくとしている両社。

ただ、その効果については記者会見で自信を深めていた。
ホンダ 三部社長
「電動化・知能化の領域はある程度台数の規模感がないとコストが下がらないのは明確だ。部品については自動車会社の努力で下がるわけではなくて、やはり数を束ねる効果、これはものすごい大きな効果がある。両社の数を足すことによって、コスト効果は非常に大きいと捉えている」
まずは、規模を大きくすることで部品のコストを下げる効果があるということだ。

特にEV向けの部品で自動車メーカー各社は大きなジレンマに直面している。

コストを下げるためには大量の部品を発注していくことが重要だが、EVの販売台数が限られている日本メーカーにとっては、そもそも大量の部品を発注することは難しい。

コストを下げるには複数のメーカーが共同で同じ部品を使用し、メーカーに大量に発注するのが1つの手として考えられる。

さらに、その先の協業の効果もありそうだ。
ある関係者は、部品の共同生産など既存の部品メーカーを通した協業も考えられるとしている。

例えば「電動パワートレイン」と呼ばれる、モーターなどを組み合わせた駆動装置の共通化もあり得るという。

日産と取り引きがある部品メーカーは取材に対し「ホンダとの取り引きが始まればビジネスが広がり、大きなチャンスだ」と語った。

自動車業界の“常識”が変わる

東海東京インテリジェンス・ラボの杉浦誠司シニアアナリストは、今回の背景や見通しについて、次のように指摘している。
杉浦シニアアナリスト
「自動車業界の変化が、これまでの開発とかビジネスのあり方からすると格段に違うレベルに入ってしまい、その対応が必要になってきた。業界の大きな流れが新しい会社どうしの組み合わせにいざなっていったという、1つの象徴的な出来事だと思う。
ホンダはまだまだエンジン車やハイブリッド車がメインのビジネスなので、日産と協力したいという意識があったのだろうし、日産は知能化のところで出遅れ感や危機感が強いのだと考える。電動化や知能化だけにとどまらず、足元の課題である中国のビジネスやハイブリッドを両社で一緒にやっていくなど、そういうことになればおもしろい」
ライバルどうしが手を結ぶホンダと日産の協業。

これから検討するその中身は、従来の常識とは異なる形に発展していくかもしれない。

例えば、部品メーカーはある1つの自動車メーカーと強固な関係のもとで取り引きを行うのが慣例だった。

今回、ホンダと日産がその慣例をこえて部品メーカーに対して共同発注を行ったり、部品の共同開発を進めたりすれば、自動車メーカーどうしの新しい協業のモデルケースとなり、ほかのメーカーの協業の形にも影響を与える可能性もある。

自動車業界には、これまでにない変化の波が押し寄せている。

電動化や知能化に加え、新規参入や新興メーカーの台頭で、将来を正確に見通すのは難しいのが現状だ。

だからこそ、ホンダと日産が協業に向かうことになったのだろう。

“包括的な”協業は、この先さまざまな想定外の事態にも備えられるための幅広い準備と捉えれば、やはり両社長の“握手のない”“危機感”の記者会見にも納得する。

(3月15日 ニュース7などで放送)
経済部記者
野口佑輔
2011年入局
高知局、経済部、名古屋局を経て現所属
自動車業界を取材
経済部記者
小尾洋貴
2016年入局
岐阜局、静岡局を経て現所属
浜松ギョーザをこよなく愛する