「デジタル敗戦」から挽回も……“間に合わない”自治体相次ぐ

「デジタル敗戦」から挽回も……“間に合わない”自治体相次ぐ
コロナ禍の「デジタル敗戦」を教訓に、政府が推し進める大規模プロジェクト。

全国の自治体を巻き込んで進められてきたが、1割の自治体が目標期限の2025年度末までに間に合わない見込みということが明らかになった。

自治体の現場で何が起きているのか、取材した。(経済部記者 當眞大気)

届かぬ政府目標

「自治体のシステムの標準化で移行困難システムの調査、ヒアリングの結果がまとまりました」

河野デジタル大臣は、3月5日の記者会見でこう口火を切った。

全国の自治体を対象に「システムの標準化」と呼ばれる作業を、政府が目標として掲げる2025年度末までに完了できるか、調査した結果を明らかにしたのだ。

間に合わない見込みだと分かったのは171の自治体。対象の全国1788の自治体のおよそ1割にあたる数字だ。
大阪府や埼玉県といった6つの府県のほか、横浜市や名古屋市など20すべての政令指定都市、新宿区や渋谷区といった東京の10の特別区なども含まれた。

さらに別の50の自治体からも「目標までの作業完了が難しい」という声が上がっていて、期限に間に合わない自治体は今後増える可能性もあるという。

自治体が間に合わないと悲鳴を上げる「システムの標準化」とは何なのか。それは、コロナ禍での「デジタル敗戦」を教訓に始まったプロジェクトだ。

“デジタル敗戦”の克服を

新型コロナが猛威を振るった2020年。

政府が、ワクチン接種や1人10万円の「給付金」など大規模なコロナ対策を次々と打ち出す中で、あらわになったのが行政のデジタル化の遅れだ。

国と各自治体の間の連携がスムーズにできずに、電話やFAXに頼らざるをえず、支給の遅れや煩雑な手続きなど、各地で混乱が生じた。
「デジタル敗戦」とも呼ばれる、この混乱の背景の1つと指摘されたのが、自治体のシステム仕様のばらつきだ。

自治体が運用している住民システムは、これまで各自治体が人口規模や業務上の使い勝手などを踏まえて個別に開発や改修を重ねてきた結果、仕様はばらばらとなっている。
例えば「東京一郎」という氏名を登録する場合、「東京一郎」と姓名が一緒に登録されている自治体もあれば、「東京」「一郎」と姓と名を分けて登録している自治体もある、といった具合だ。

こうしたばらつきが、国と自治体の間の連携をしづらくし、「デジタル敗戦」の一因になったとも指摘された。
この教訓をもとに、政府が2021年に打ち出したのが、全自治体のシステムの仕様をそろえる「システムの標準化」だ。

対象となったのは「住民基本台帳」や「児童手当」、それに「国民健康保険」など、20の基幹業務のシステム。

政府は全国の自治体に対し、2025年度末までに20のシステムすべてを統一した仕様に移行するよう求め、それまでは財政的な支援もする方針を打ち出した。

対応追われ困惑 自治体の現場は

では、各自治体はなぜ2025年度末までに作業が間に合わないのか。

60万人余りの人口を抱える政令指定都市の静岡市を訪ねてみた。
静岡市は20業務のうち、住民税などはおよそ40年前に独自に構築したものを改修を重ねながら使ってきた。

政府が「システム標準化」の方針を打ち出したことを受けて、作業を担えるIT事業者を探したものの、作業量が膨大なことに加え、ただでさえ限られた事業者しかいないところに、全国の自治体からの発注が集中し、期限までに作業を完了できる事業者は見つからなかったという。
静岡市は、対象の20業務のうち、住民税や介護保険など10業務で2025年度末には作業が終わらず、すべて完了するのは27年度ごろになる見通しだとしている。

市の担当者は、苦しい胸の内を明かした。
デジタル化推進課 久保田敦之課長
「20業務のシステムを一斉に移行するというのは前代未聞の規模感で、どこの自治体も経験がなく、当初からこのスケジュールはかなり厳しいという認識だった。行政のデジタル化は住民にもメリットがあるので、国のスタンスは間違っていないと思うが、もう少し自治体と協議しながら進めて欲しかった」

作業担うIT事業者も苦悩

作業を担う「ベンダー」と呼ばれるIT事業者は、本当に請け負えないのか。

そこには人手不足に悩む事業者の事情も見えてきた。
およそ100の自治体のシステムの移行作業を担うNEC。協力会社なども含めておよそ1500人体制で作業にあたっているが、それでも作業が膨大で、人手が足りない状況が続いているという。

システム設計に関わる情報は機密性も高いため、安全性を考え、外国人材の活用や海外企業への外注は行わない方針だ。

中途採用などに力を入れているが、人手の確保は簡単ではない。

さらに「少子化対策」や「定額減税」など政府が新たな政策を打ち出すと、それに伴って自治体のシステムも設計変更などが迫られ、人手も時間も足りず、これ以上、作業を早めるのは難しいという。
NECの担当者
「システム変更で住民サービスへの影響が出ないよう、移行作業の中ではテストや修正を繰り返すため、どうしても時間がかかる。政令指定都市など、人口規模が大きくて運用するシステム数も多い自治体を中心に、顧客の2割ほどが目標に間に合わない見込みだ」

国の司令塔 デジタル庁は

期限に間に合わない自治体が相次ぐ事態に、デジタル庁は自治体に猶予期間を与えるとともに、ベンダーどうしの情報共有を促すなどして、移行作業がスムーズに進むようにしていきたいとしている。
河野デジタル相
「評価はいろいろあると思うが、しっかり標準化が進んでいくということが大事で、今の時点で(間に合わない自治体が)多い、少ないと言っても始まらない。物理的にできないものは仕方がないので、移行できるところはなるべく誤りのないよう速やかにやっていただきたいし、デジタル庁もしっかりバックアップしていきたい」

専門家“コミュニケーション改善を”

一方で自治体の担当者だけでなく、専門家からも、今回の混乱の背景として国と自治体の間のコミュニケーション不足を指摘する声が上がっている。
日本総合研究所 野村敦子主任研究員
「今後も公共サービスを維持していくためには、行政のデジタル化、そして『システムの標準化』はやらなくてはいけない優先課題だが、期限ありきで進められてしまった印象だ。国はビジョンを示すのと同時に、どういう手順でやるかもあわせて情報提供すべきだったというのが多くの自治体の意見だ。自治体とのコミュニケーションのあり方を改善していくことが今後の課題だ」

まとめ

行政のデジタル化に向けては、今回のシステム標準化だけでなく、マイナンバーカードをめぐるトラブルなど、混乱が続いている印象が拭えない。

その背景には、政府のデジタル化の方針に、各自治体の作業が追いついていない側面があることは否定できない。

また、国民に対しても、行政のデジタル化のメリットとリスクの双方について、十分に説明が尽くされていない印象がある。

「誰1人取り残されない、人に優しいデジタル化」を理念として掲げるデジタル庁だけに、自治体に対しても、国民に対しても、より丁寧なコミュニケーションが求められる。

今回の取材を通じ、そう強く感じる。

(3月6日「おはよう日本」で放送)
経済部記者
當眞 大気
2013年入局
沖縄局、山口局を経て現所属