良いりこんもあることを、みんなに伝えたかった

良いりこんもあることを、みんなに伝えたかった
それは、中学受験を終えたばかりの小学6年生の男の子のことばでした。

夫婦が“円満”に離婚する。そんなことが本当にあるのだろうかという疑問を抱いて取材していた私に、自分の思いを書いてくれたのです。

「りこんは悪いイメージだったけど、変わった。悪いりこんもあるけど良いりこんもある」

そのことばに込められた意味を、できるかぎりきちんと届けたいと思います。

(ネットワーク報道部 藤目琴実)

「私たち“円満離婚”します」

「3月は、1年の中で最も離婚件数の多い月らしい」

そんな統計データをきっかけに取材を始めた私は“円満離婚”を目指す夫婦が開く「離婚式」というイベントの体験会で、女性に出会いました。
落ち着いた場所で話を聞きたいと伝え、待ち合わせのカフェに来てくれたのは、埼玉県に住む千智さん(46)。結婚19年目になる夫(52)と「“円満離婚”するんです」と笑顔で言いました。

子どもは3人、上から高3の長男、高1の長女、そして小6の次男。子どもたちも両親の離婚について納得し、新たな門出を応援してくれているといいます。

「円満に離婚?そんなこと、本当にあるのか?(いや、ないでしょう)」

失礼な話ですが、この時、私の心の中にはそんな思いが渦巻いていました。解決できない問題や不一致を抱えて別れゆく夫婦と“円満”ということばが、どうしても結びつかなかったのです。

しかも、離婚という極めて繊細なテーマの取材に応じてくれると言います。

「ありがたいけど、いったいどういうことだろう…」

そこから私は、ご家族の【円満離婚までの8年間】を伺うことにしました。

妻として、母として

千智さんが結婚したのは、28歳のときです。通訳として勤めていた会社で夫に出会いました。

大学進学のために渡米し、卒業後もアメリカで暮らしていましたが、父親の病気を機に帰国。

結婚願望はありませんでしたが、がんで余命宣告を受けた父親から「孫の顔が見たい、娘の花嫁姿を見たい」と言われ、結婚を決めたといいます。

そして、3人の子どもを授かりました。

夫は単身赴任が続く中、妻として、母として、必死に役割を果たそうとしました。
「当時は“日本的な妻”というものに憧れてたんだと思います。完璧主義に近かったし、言われたことをちゃんとやらなきゃ、と思って生きていたので」
子育ては充実していましたが“専業主婦”としての生活は、千智さんにとって精神的なゆとりのない日々だったといいます。
「疲弊してたんですよね、目の前のことでいっぱいで、自分のことなんて考える余地もなくて」

飲み込んできた苦しさが

そんな中、ある思いが沸いてきます。

『やっぱり、社会とつながりたい、アルバイトをしたい』

そのことを6歳年上の夫に伝えると、返ってきたのは思いがけないことばでした。

「あなたがバイトするくらいだったら、僕がもう1個バイトかけ持つから、家にいてほしい」

価値観の違いには、以前から気づいていました。それでも夫は、自分と異なる千智さんの考えも、時には受け入れてくれていました。

しかしそのずれは少しずつ大きくなり、そのたびに飲み込んできた苦しさが次第に心の中で積み重なっていきました。

千智さんは心身の調子を崩し、飲酒や喫煙に頼ることが増えました。

『離婚しよう』

そう思ったものの、専業主婦のままでは経済的に厳しく、病院事務の仕事をしたり起業を試みたりと自立を目指しましたが、いずれもうまくいきませんでした。

このころ「精神的にボロボロだった」という千智さん。結婚10年目、夫に離婚の意思を伝えました。

「めっちゃいやだった」

ご家族のお話も聞ければと、別の日に自宅にも伺いました。

単身赴任で県外で暮らす夫は不在で、家には千智さんと一緒に小学6年生の次男が待っていてくれました。

次男はちょうど中学受験を終えたばかりで、家族写真を見ながら家族の歴史を一緒に振り返ってくれました。

両親が離婚の話し合いをしていたのは8年前。当時はまだ4歳でしたが、2人がささいなことですれ違い、感情的になっていた様子はよく覚えていました。
千智さん
「離婚っていうことばは知らなかっただろうけど、ママとパパがちょっとずれてるなっていうのは、けんかしてたの見てるからわかるよね」
次男
「やばかった」
千智さん
「ストレスがたまって、物をガーン!って投げたりカーッとなったり、そういう感じだったよね。子どもたちもリビングにいるときにけんかしたり。パパはひたすら隠そうとしたり、お兄ちゃんに連れて行かれて避難したり、っていうのが何回かあったよね」
次男
「おれ泣いてた。お姉ちゃんも泣いてて、お兄ちゃんが2人連れて部屋行ったりしてた」
記者
「けんかしてたこと、小さかったけど覚えてるんだ?」
次男
「覚えてる。めっちゃ印象に残ってる。ママがベランダで泣きながら頭かかえてたり、ガーン!っておこったり。『やめてー!』って思ってた。めっちゃいやだった。ママ、凶暴化するんだ、って」

「相手を愛せたら離婚していい。そうでないなら…」

千智さんは当時、自暴自棄になっていたと言います。

そしてある日、誕生日を前にした長女から、こう懇願されました。

「私、プレゼントなにも要らないから、ママの禁煙が欲しい」

そこから喫煙をやめ、飲酒もやめて、生活を変えようとし始めた千智さん。

そんな時、離婚について相談したアメリカ人の女性から、かけられたことばがあります。

『相手をしっかり愛することができたら離婚してもいい。そうでないなら離婚はすべきじゃない』

その時は、自分の思いと正反対のことばに感じられ、意味がよくわかりませんでした。
「でも、そのことばを理解したかった。すぐに離婚するのをとどまったのは、それが一番大きいかもしれないです」
千智さんはその後、少しずつ自分と向き合うようになりました。

夫にもちゃんと向き合って理解しようと考えを改めました。

不満がある状態を、相手や周りのせいにするのではなく、自分自身のこととして向き合っていけるようになったと言います。

話し合いを重ねる中で、夫との関係も以前と比べて“円満”になっていきました。

そんな姿を、幼い次男も見ていました。
記者
「ママとパパ、2人とも変わった感じする?」
次男
「する。ママはガツーン!って言わなくなった。宿題やれとかガミガミ言わなくなった。パパはあんまりけんかの発端を起こさなくなった。2人ともすごいいい感じに変わってきた。けんかしなくなったよね」
千智さん
「なくなったね、確かに」
次男
「ママはなんか変わったと思う?自分とパパ」
千智さん
「自分はもちろん。だいぶ自分と向き合ったから。パパは…変わった?どうだろ。ママが変わったからかな」
次男
「見てたから。パパは、ママを見て変わった」
千智さん
「ママを見て変わったのかな、ってこと?」
次男
「そう」
千智さん
「……すばらしい」

「夫婦」という枠組みでなくても

ここまで千智さんの側からお話を聞いてきましたが、もう1人、どうしても取材しなければいけない人がいました。

千智さんの夫です。

夫はどんなふうに千智さんや家族と向き合ってきたのか。そして今“円満離婚”だと思っているのだろうか。

取材を申し込むと、約1時間半にわたって電話でお話を聞かせてくれました。

仕事は国内・海外ともに転勤が多く、会社の都合で家族を連れていくことができなかったり、子どもを転校させるのが忍びなかったりで、多くの時間を単身赴任で過ごしてきたといいます。
「受験勉強をして合格した子どもたちの努力を無にしたくない。千智に対しても子どもたちに対しても、本人がやりたいことを自分の都合で止めるのは嫌だと思っています」
子どもたちとは長い休みにキャンプやスキーに一緒に出かけたり、単身赴任先に子どもだけで遊びに来たりすることも多いということです。

父親として、人生の先輩として、その時々の年齢に合ったアドバイスをするようにしていると教えてくれました。

子どもたちとはふだんからLINEのメッセージでやりとりしていて、相談事があればいつでも連絡するように伝えています。
「だいたい『今月おこづかいピンチです、助けてほしいです』と連絡が来ます(笑)バイトとおこづかいの中でやりくりするよう伝えてあるので、ピンチだと言う時はあえて理由は聞かない。ただ、うそをついてお金をもらうことはするな、正直に言ってくれ、と話しています」
子どもたちと会う時、1つだけ心に決めていることがあります。
「妻の悪口は絶対に言わないようにしています。もし家族でいるときはいいことを言って、子どもに悪口を言ったら子どもは混乱すると思います。子どもが母の愚痴を言う時も『ここで気持ちを吐き出すのはいいけど、どうしてもふに落ちないなら、ちゃんとママとコミュニケーションを取ったほうがいいよ』と言うようにしています。

彼女とは考えが違うところもあるけど、信頼はしています。子どもと暮らして、育ててくれてるのは彼女なので、自分は父親として、少し離れた立場から俯瞰的にものを言うようにしています」
離婚についても伺いました。
「離婚を切り出されたときは『おっ』と驚きました。でも何回も話し合って、少しずつ妻の考えが自分の中でも理解できるようになりました。関係がよくなって“円満”なんだったら離婚しなくてもいいじゃないか、という気持ちもあるにはありますし、葛藤もありましたが、子どもとの関係は変わらないと思っています。

人生は1回だけなので、彼女が生きたい人生を応援したい。離婚することで彼女が幸せになるのであれば、『夫婦』という枠組みではなくて『友だち』として応援したいと思っています」

「それさえなければ、別にいいよ」

千智さんの話に戻ります。

離婚に向けて準備を進める中で、一番悩んだのは、やはり子どもたちのことでした。

「子どもたちからお父さんを奪ってしまうことになってしまうのではないか」

それを考えると心が痛みました。

一方、子どもたちと話してみると、一番大きな心配は「離婚したらパパに一生会えなくなるのではないか」ということだとわかりました。

「それさえなければ、別にいいよ」

それを聞いて、離れて暮らすことの多かった父親に、これまでと変わらず頻繁に会うことができるなら、子どもから父親を奪うことにはならないと思うことができました。

子どもたちにとっての最善はなにか。夫と自分、お互いにとってベストな選択は何か。離婚を決めた後もずっと夫と向き合い、話し合いを続けました。

起業して始めた英会話コーチの仕事も軌道に乗り、離婚の意思は固めながらも、時期を急ぐことはしませんでした。

気がつくと、8年の月日がたっていました。

「相手をちゃんと愛するまでは離婚しない」

あのことばの意味もストン、と落ちるようにわかるようになりました。

「良いりこんもある」

取材期間中、私は何度も、しつこいくらいに千智さんに尋ねました。

「取材、本当に大丈夫ですか?」「旦那さんは何ておっしゃってますか?」「お子さんたちは嫌がっていませんか?」

子どもたちにも直接会って、離婚というテーマでお母さんが取材を受けること、それが放送され記事になることを説明して「本当にいいの?」と聞きました。

何度も確認したのは、私自身が離婚に対してネガティブなイメージを持っていたからだと思います。

今回、話をしてくれた小6の次男は、みずから「ぼくも自分の意見を語りたい」と言ってくれました。

「うちの親、りこんするんだよね」と以前、学校の友だちに話したとき、友だちから「ぼくも」とか「うちもしてる」と返ってきたそうです。

話を聞くと、それぞれの家庭で事情が異なり、家族の形も離婚の形も“みんなちがう“と気がついたそうです。

そして、この記事の冒頭でも紹介した手紙に、取材を受けようと思った理由について、自分の思いを書いてくれました。
『良いりこんをみんなに伝えたかったから。りこんは悪いイメージだったけど、ぼくたちの家族のりこんをみて、良いイメージに変わった。悪いりこんもあるけど良いりこんもある。なるべく早くりこんしたほうがいい。うそをついてりこんしないのは、やだ』

3月22日(金)

次男の小学校の卒業式に、千智さんと夫の姿がありました。

色とりどりの袴やスーツで着飾った卒業生と保護者でにぎやかな校門の前。少し遠慮がちに、でも晴れやかな笑顔で記念写真に収まる3人。

“円満離婚”なんて本当にあるの?

取材の出発点となったその疑問に、何らかの答えらしきものを出すとしたら「円満だから離婚する」でも「円満なのに離婚する」でもなく「円満になるまで、離婚しなかった」というのが、今の取材実感です。

子どもたちにとってベストであろうと、年月を重ねて自分とも相手とも向き合った、夫婦の軌跡そのものが“円満離婚”なのかもしれません。

この春、新しいスタートを切るそれぞれの人生が幸せであるよう、心から願っています。
最後に、離婚をめぐる最新のデータをまとめました。

3月は“離婚最多”の月

去年1年間の月ごとの離婚届の届け出件数。

ほかの月は1万4312件~1万6606組ほどなのに対して、3月は2万1239組と突出して多くなっている。

過去のデータをさかのぼると、少なくとも2000年以降は毎年3月が最も多くなっていて、この傾向が続いている。
なぜ3月に離婚の届け出が多くなるのか。

婚姻や離婚をめぐる問題に詳しい専門家は、子どもの卒業や進学、本人の転職に合わせて離婚を選択する人が多いことが背景にあると指摘する。
ニッセイ基礎研究所 人口動態シニアリサーチャー 天野馨南子さん
「3月は新年度の直前で、4月のお子さんの進学に合わせて名字を変える、転校するなど、子どもの進学タイミングに合わせて離婚する人が一定数います。また、経済力をつけて転職と同時に離婚する人もいると思います。新年度に向けて3月に区切りをつけるという人がいると考えられます」

離婚件数は5年前以来の増加

去年2023年の1年間の離婚の件数は、速報値で18万7798組。

おととしの2022年よりも4695組、率にして2.6%増え、5年前の2019年以来の増加に転じたことが分かった。

離婚件数は、国が統計を取り始めた1899年以降、2002年のおよそ29万組をピークに減少傾向が続いていた。

過去5年のデータをみると、新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年は19万3253組で、前の年より1万5243組と大きく減少し、その後は減り続け、去年は5年前以来の増加に転じた。
背景には、夫婦のあり方の変化や女性の経済的な自立などがあるという。
ニッセイ基礎研究所 天野馨南子さん
「婚姻件数が大きく減っていることに伴い、離婚件数も減っていますが、婚姻件数に対する離婚の割合は増えてきていて、直近10年ほどで見ると35%に達しています。バブル崩壊後に夫婦の在り方に対する価値観が大きく変化したことや、育児休業法の整備や女性活躍推進が進み、女性が経済的に自立できるようになったことなどが背景にあると考えられます。

決して、離婚をネガティブな捉え方だけで見てはいけないと思います。離婚は新たな自分の成長の機会でもあると思うので、自分の未来のためにも、離婚に至った理由に向き合い、前向きに受け止めてリスタートしていただきたいと思います」
(3月29日(金)NHKラジオ第1「Nらじ」(午後7時~)で放送予定)
ネットワーク報道部 記者
藤目琴実
2008年入局
徳島局、社会部を経て現所属
結婚7年目