日銀 マイナス金利の解除を決断 好循環の実現は【経済コラム】

ついに日銀が決断した。3月19日の金融政策決定会合で、マイナス金利政策の解除を決めたのだ。

実に17年ぶりの利上げとなる。政策転換に踏み切った理由として日銀が挙げたのが、賃金と物価の好循環だ。ただ、この好循環は「実現」したわけではなく、「実現が見通せる状況に至った」段階だという。

好循環が「実現」し、賃金も物価も上昇する経済を本格的に迎えるのか。そのカギを握るのは、中小企業になりそうだ。(経済部記者 佐藤崇大)

判断には春闘での賃上げ動向も

マイナス金利政策の解除の判断にあたって、日銀は、賃金と物価の好循環を確認するとしていた。

そのために重視したのが春闘での賃上げ動向だった。

決定会合直前の15日、連合が公表した賃上げ率は、5.28%。33年ぶりの高水準となった。

この結果も踏まえ、日銀は、19日、マイナス金利政策の解除に踏み切った。ただ、この賃上げ率は大企業が中心だ。

植田総裁は会見で、これまでにない手法で中小企業の賃上げの動きを見通したことを明らかにした。

短観で聞くような中堅・中小企業より規模の小さい事業者にもヒアリングを行い、半分以上の事業者から賃上げの計画があるという回答があったという。

その上で「小規模の企業は賃上げが大変なところも多いことは認識しているが、大企業がどういう賃金設定をするかを見つつ賃金を決めていく傾向もある。大企業の動向をみると、中小企業は少し弱いということはあっても全体としてはある程度の姿になるのではないか」と述べた。

賃上げは続くのか

日銀の想定通り、賃上げは中小企業にも広がるのだろうか。

日本商工会議所が行った、今年度の中小企業の賃上げなどに関する調査では、回答したおよそ3000社のうち、「賃上げを実施する」とした企業は6割を超え、昨年度から3.1ポイント増加した。

連合が15日公表した、組合員の数が300人未満の中小企業などの賃上げ率も4.42%と、大企業には及ばないものの、前の年の水準を上回っている。

一方で、慎重な見方もある。

マイナス金利政策の解除は、9人の政策委員のうち、賛成7、反対2で決まったが、反対した審議委員の1人は、中小企業の賃上げ余力が高まる蓋然性を確認すべきだと主張した。

東京・目黒区にあるポンプや医療機器などの部品を製造する中小企業では、去年、4年ぶりに従業員18人のベースアップを実施、定期昇給分を含め4%程度の賃上げを行った。

原材料の値上げ分を取引先に説明し、価格転嫁できたことが大きな要因だという。

ただ、電気代や輸送費の高騰分までは価格転嫁できておらず、業務の効率化などで乗り切っているという。

富士精器の藤野雅之社長は「今後も賃上げを続けられるかはわからない。賃上げをしないと人が集まらないが、取引先に『賃上げしたいから値上げさせてくれ』とも言えず、どうするか悩んでいる」と話した。

みずほ証券の丹治倫敦チーフ債券ストラテジストも、中小企業が日銀の想定する水準の賃上げを実現するのは簡単ではないと指摘する。

日銀の短観や厚生労働省の新規求人数のデータを分析した結果、大企業より中小企業の方が人手不足感があるにもかかわらず、求人数は伸び悩んでいるという。

「政治や大企業主導の『官製賃上げ』に中小企業がついていけず、そもそも求人を諦めている可能性がある。現状の賃上げのペースですら、経済の実態からするとやや過剰とも言える」と話す。

上述の日本商工会議所の調査でも、「賃上げを実施する」と回答した企業のうち6割は「業績の改善がみられないが賃上げを実施予定」としている。

人手不足が広がるなかで「防衛的賃上げ」をする姿もうかがえる。

貸出金利の上昇も懸念

中小企業からは、金融機関の貸出金利の上昇を懸念する声も聞かれた。

東京・大田区にある従業員15人の金属加工会社は、去年からことしにかけて、およそ1億6000万円を投じて、金属を削る機械や穴を開ける機械などを新たに導入した。

このうち5000万円は金融機関からの借り入れだという。

今後も、数年おきに新たな設備を導入したいと考えているが、金利の上昇を懸念している。

極東精機製作所の鈴木亮介社長は「金利が上がった場合は状況によっては設備投資をためらう可能性がある」と話す。

会社では去年、成果に応じて月に1万円から3万円ほどの賃上げをし、ことしも賃上げを検討しているが、今後、投資ができず、収益力が高まらなければ、賃上げも簡単ではない。

帝国データバンクの調査では、貸出金利が1%引き上げられた場合、対象企業の7.1%で、経常損益が黒字から赤字になるという試算も出ている(帝国データバンクが財務データを保有する企業のうち有利子負債があり支払い利息が発生している企業9万社が対象)。

これに対し、日銀の植田総裁は、会見で、貸出金利の設定について、各金融機関の判断だとした上で「大幅に上昇するとは見ていない」と述べた。

今回の政策変更に伴う短期金利の上昇は0.1%程度にとどまることや、長期金利が急激に上昇する場合は機動的に国債の買い入れ額を増やすことをその理由として挙げている。

金融機関も、金利を引き上げるかどうかは慎重に判断するとみられる。

貸出金利は、市場の金利などを基準に、取引先の信用度や担保の状況を加味して決める。

関東地方を拠点にする複数の地銀関係者からは「基準となる金利が上がってもすぐに金利を上げるわけではなく、個々の取引先の事情を聞きながら丁寧に協議していく」とか「マイナス金利になった際に貸出金利を下げていない。解除したからといってすぐに金利を上げるのは理解が得られない」などといった声が聞かれた。

「見通せる」から「実現」へ

マイナス金利政策の解除、17年ぶりの利上げにもかかわらず、外国為替市場では一時、1ドル=151円台後半まで値下がりするなど、円相場は円安方向へと動いている。

円安は、エネルギーや原材料の価格の押し上げにつながるため、中小企業にとっては、業績の悪化要因になるおそれがある。

ようやく「実現が見通せる状況になった」という賃金と物価の好循環。

果たして「実現」に至るのだろうか。

中小企業で働く人は雇用者全体の7割を占める。

中小企業が賃上げを持続し、金利の上昇局面を乗り越えられるか、これからが本番とも言える。