2025年度の教科書 水原氏解雇も影響 「QRコード」は掲載増加

来年4月から中学校で使われる教科書の検定結果が公表されました。

合格した教科書では、多様な家族のあり方や性の多様性など社会の状況を反映した記述も増えた一方で、検定意見がつき修正されたケースも複数ありました。

ただ、中には大谷選手の通訳を務め球団を解雇された水原一平氏が掲載されている教科書もあり、教科書を申請した会社の中には「報道されていることが事実だとすれば、内容の差し替えも含め検討せざるを得ないと考えています」とコメントする社があるなど影響が広がっています。

合格は101点 中学校の歴史の2点は過去例のない「未了」

22日、文部科学省の教科書検定に関する審議会が開かれ、今回の検定で申請された中学校103点と高校1点のあわせて104点の教科書のうち101点が、文部科学省の検定意見による修正を経て合格しました。

今回の検定では中学校の技術で1点が不合格となったほか、中学校の歴史の教科書2点が「検定手続きの精査が必要」だとして、合否が決定しない「未了」となりました。確認できる範囲では過去に例がないということで、後日、結果を公表するとしています。

合格した教科書は、ことしの夏に各地の教育委員会などが採択し、来年4月から全国の中学校で使われます。

※「教科書の検定」…民間で著作、編集された図書について、文部科学大臣が教科書として適切か否かを審査し、合格したものを教科書として使用することを認めること。

「QRコード」大幅増加

合格した教科書では、デジタル教材につながる2次元コード「QRコード」が中学校の教科書100点中97点に掲載され、その数も大幅に増加し、文部科学省によりますと、英語の1年生の教科書では前回2019年度の検定からおよそ1.7倍に増えました。

“性の多様性” 記述増加 検定意見つき修正も

「LGBTQ」など性の多様性に関する記述を盛り込んだ教科書は、前回の検定の16点から26点に増えたほか、夫婦別姓や同性婚など多様な家族のあり方に関する記述を盛り込んだ教科書は前回の6点から13点に増えました。

一方、「家庭分野」の家族に関する項目では「学習指導要領に照らして扱いが不適切」という意見が前回の3件から7件に増えました。

このうち、ある家庭分野の教科書では「家族って何だろう?」と題し、人気のアニメや漫画から3世代やロボットと親子、男性同士のパートナー、ねこと暮らす高齢男性などが示された見開きページ全体に「学習指導要領に照らして扱いが不適切」と検定意見がつきました。

これを受け、教科書会社が「家族とはどのような存在だろう?」と見出しを修正し「法律上の親子関係や夫婦関係ではなくても、お互いに家族のような意識をもって暮らしている場合もあります」という記述などを削除しました。

これについて文部科学省は「『家族とは何か』ではなく、学習指導要領に沿って『家族の基本的な機能』を理解させる記述にすべきだと検定意見がついた。具体的な文言への指摘ではなく発行者が修正した結果だ」としています。

別の家庭分野の教科書では、SDGsやジェンダーなどを題材に、誰もが尊重される家庭や地域を考えるページ全体に検定意見がつき「ジェンダー平等から遠い日本」という見出しが「男女共同参画社会をめざして」と修正され、男性同士のカップルを扱った絵本を紹介する記述は削除されました。

また、性的マイノリティーの説明や、トランスジェンダーの中学生がスカートで登校したことを紹介するコラムについて「学習指導要領に照らして扱いが不適切」と意見がつき「自分の成長と家族・家庭」の項目から地域との関わりの項目に記述が移されました。修正の過程で、性の多様性を象徴する「レインボーフラッグ」の写真が削除されました。

文部科学省は意見が増えたことについて「前回より記載が増えたためで、検定の方針が変わったわけではない」と話しています。

「水原氏解雇」で影響も

大谷翔平選手は国語や地理、家庭分野、英語、それに道徳の教科書、あわせて10点以上に掲載されました。

このうち、道徳のある教科書では、夢へのステップを考える中で、大谷選手の活躍を伝えるとともに高校時代に活用していた「目標設定シート」が紹介されています。

一方、英語の教科書には大谷選手の通訳を務めた水原一平氏も掲載され、通訳としてだけでなくチームになじむことや私生活も支える存在だと紹介されています。

しかし、水原氏が球団を解雇され違法賭博への関与が報じられたことから、教科書を申請した「教育出版」は「報道されていることが事実だとすれば、内容の差し替えも含め検討せざるを得ないと考えています」とコメントしており、教科書にも影響が広がっています。

人気のアニメキャラクターやタレントも

このほか、漫画やアニメ作品も数多く掲載されていて、英語の教科書では人気漫画の「SPY×FAMILY」の英語版を活用して、日本語との表現の違いが示されています。

家庭分野では衣服の働きを学ぶ中で自分らしさや個性を表す例として、タレントのフワちゃんや渡辺直美さんが写真で紹介されています。

「ウクライナ侵攻」すべての公民の教科書に記載

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻の記述がすべての公民の教科書など19点に記載にされたほか、「こども家庭庁」など子どもの権利に関する記述も多く見られました。

このうち、歴史の教科書では「国際社会におけるこれからの日本」について学ぶページの中で、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻について国際社会が有効な手だてをとれていないことや、経済や生活への影響を記述しています。

あわせてボランティアが被害を受けた人々に食べ物を配る様子や、ウクライナからの避難民への日本人の支援活動が写真で紹介されています。

また、去年4月に発足した「こども家庭庁」や「子どもの権利」などに関する記述も公民や家庭科など18点に記されています。

このうち公民の教科書では法律が出来るまでの過程を「こども基本法」を例に紹介し、こども家庭庁の役割とあわせて、制定の背景や法律の内容を記しています。

このほか、歴史の教科書では、現代の日本の課題や役割を学ぶページの中で、新型コロナの感染拡大や東京オリンピック・パラリンピックの延期と開催、それにおととし安倍元総理大臣が銃撃され死亡した事件について記述されています。

「フェイクニュース」「生成AI」などの記述も

今回の申請された教科書で、「フェイクニュース」や「フィルターバブル」などネットリテラシーに関する記述があったのは27点、「生成AI」を含めAIに関する記述があったのは21点でした。

このうち道徳のある教科書は、生成AIを使って読書感想文を書き、自分で書いたとうそをついて提出した生徒を題材に、生成AIとの向き合い方などを考える内容となっています。

公民の教科書では、実際にあったデマの事例として地震で動物園のライオンが逃げたというSNSの投稿を示し、フェイクニュースかどうか複数の情報源から判断する必要があることや、内容によっては犯罪になることも説明しています。

技術の教科書では、ネット上で情報を検索する際の注意点として、利用者にあわないと判断された情報が表示されにくくなり、異なる立場の情報に気づきにくくなる「フィルターバブル」と呼ばれる現象などについて、イラストを交えて示しています。

このほか、道徳のある教科書では、SNSなどで自分と同じような考え方ばかり見聞きしているうちにその考えが正しいと思い込む「エコーチェンバー現象」についても説明していて、さまざまな角度から情報について考えて利用するよう呼びかけています。

《専門家の指摘は》

「QRコードの“数”でなく“中身が有益か”の視点を」

九州大学 八尾坂修名誉教授
「QRコードによって紙の教科書にはない英語の音声や実験の動画などを視覚的・聴覚的に確認でき、子どもたちが興味関心に応じて調べることで情報活用能力が高まることも期待される。ただ、現場の教員によってデジタル教材の活用に温度差があるのが実情で、今後は研修の機会や学校全体でデジタルの有効活用を進める支援などがさらに必要になる」

検定制度の中ではQRコードからつながる内容は『教材』の位置づけで、『教科書』と同じ基準で検定はされないことを踏まえ「学校や教育委員会側はQRコードの多い少ないで判断するのではなく、あくまでも教科書やデジタル教材の中身が子どもたちの考える力や授業活用の際に有益かという視点を重視すべきだ」

“4年に1回の検定では対応しきれない難しさ”

白百合女子大学 内海崎貴子教授
「家族の多様化が進み多様な性についての情報に触れる機会も増えていて、子どもたちは自身や周囲の友人が、ひとり親世帯や祖父母と暮らしていたり、外国にルーツのある家庭だったりする状況を実際に目にしている。社会の変化のほうが早く、4年に1回の検定だと対応しきれない難しさはあり、子どもたちが接している現実との差をどう埋めるかが課題だ」

「ネットなどでたくさんの情報と接する子どもたちにとって教科書は指針になりうる。将来、どんな家族をつくるのかつくらないのか、どんな生き方をするのかを見越して、家族や性のあり方にさまざまな価値観があることを教科書に情報として盛り込んでおくことが大事になる」

《教科書会社の取り組みは》

2次元コードの「QRコード」から見られるデジタル教材の数を教科によって大幅に変えたり、多様性を確保する取り組みを進めたりしている教科書会社もあります。

今回の検定で国語や数学など7教科で申請した都内の教科書会社では、「QRコード」から見られるデジタル教材の数が全体の合計で1799と、前回の919から2倍に増えたといいます。このうち、およそ5倍に増えた理科では全方角の星の動きを見られる動画などを用意しました。

一方、今回の検定にあたっては、数の多さより内容や使いやすさを重視したといい、国語の教科書ではデジタル教材を前回から4割ほど減らしたといいます。

この中では、前回70ほど掲載していた生徒が考えなどを書き込むワークシートを、教員が必要に応じて配付する形式にし、教科書の理解を深めるため古典の資料や作者のメッセージ動画を新たに加えました。

「教育出版」の加藤和義編集局長は「デジタル教材の強みや必要性は教科によっても異なるので、今後は授業や家庭学習における使われ方を把握しながら、よりふさわしい内容を選んでいきたい」と話していました。

この会社では多様性を確保する取り組みも進めていて、外部の講師を招いて外国にルーツのある子どもや性的マイノリティーについて学ぶ研修会を開き、教科書や教材の編集を行う社員100人ほどが参加しました。

今回の教科書では、登場するキャラクターを男女で「くん」「さん」と分けるのをやめ、全て「さん」づけにしたほか、車椅子を利用する子どもや外国にルーツがある子どもなど多様なキャラクターを登場させたということです。

加藤編集局長は「子どもたちは社会に出て多様な人と接することになるので、その際に少しでもいかしてもらえるような教科書作りをしていきたい」と話していました。

社会の動きや教員の声を受け、多様な家族のあり方や性の多様性に関する記述を新たに盛り込んだ教科書会社もあります。

また今回、4教科5科目で申請した都内の教科書会社は、現場の教員から「生徒の家族のあり方が多様になっており、教科書でも取り上げてほしい」といった声を受け、技術・家庭の家庭分野の教科書ではヤングケアラーだった人の声や長年里親を続けてきた人へのインタビューを新たに掲載しました。

「様々な家族」というコーナーでは、国際結婚の家庭や1人親の家庭、夫婦だけの家庭のほか、養護施設の子どもと職員などをイラストで紹介しました。

ただ、検定では「学習指導要領に照らして扱いが不適切」と意見がつき、コーナーの名前の「家族」を変えて「様々な暮らし方」と修正するなどして合格しました。

また、LGBTQなど性的マイノリティーに関しては、社会で話題になることが多くなっているとして記述を充実させましたが、検定で「扱いが不適切」と意見がつき、削除したケースもありました。

「開隆堂」で家庭分野の担当をしている樋口良子さんは「前回の教科書から数年で現実の社会では変化もあり、それに対応しようと充実させた。中学生は家族との関係や性のことで悩む時期なので、自分の身近にもこういうことがあるとか、自分が知らないところでもこういう暮らし方があるんだということを理解できるような内容を目指した」と話していました。

一方、デジタル教材の充実にも力を入れていて、調理の手順を動画で見られるようにするなど、掲載した「QRコード」は前回の2倍以上に増えたということです。

樋口さんは「家庭分野は実習などの技能面を動画で示して欲しいという、現場の教員からのニーズがあり、できる限り対応したいと思っている。ただ、紙の教科書の編集を行いながらデジタル教材の作成も行っているため、作成にかかる人手や費用が新たに負担になっている」と話していました。