株価急落テスラ復活の道?マスク氏の右腕カーデザイナーに聞く

株価急落テスラ復活の道?マスク氏の右腕カーデザイナーに聞く
大きな笑い声が聞こえてきそうな1枚の写真。左は満面の笑みのイーロン・マスク氏。起業家で、電気自動車メーカー、テスラのCEOです。

右はマスク氏との距離の近さを感じさせる人物。テスラで15年もの間、カーデザイナーを務め、マスク氏の右腕とされてきたフランツ・フォン・ホルツハウゼン氏です。

今、テスラはEVの競争激化で収益力が低下し、株価も大きく下落傾向です。めったに表に出ることがないフォン・ホルツハウゼン氏への単独インタビューを通じて、テスラの次の一手とEVの未来を深掘りします。
(ニュース制作部記者 山田奈々)

未来から来たトラック

まるでSF映画に登場しそうな未来の乗り物。手をけがしそうな鋭い直線と、威圧感のあるデザイン。

コンセプトカーではなく、テスラが2023年11月末からアメリカで出荷を始めた、電動ピックアップトラックの「サイバートラック」です。

このクルマのデザインを手がけたのがフォン・ホルツハウゼン氏です。
「サイバートラック」だけでなく、2008年以降のテスラのほぼすべてのクルマのデザインをマスク氏とともに考えてきた、テスラの中枢に居続けるキーパーソンです。

ほとんど表に出ることがない同氏に、今回、単独インタビューをオンラインで行いました。まず、聞いてみたかったのがこれです。

マスク氏とうまくやるには?

「あのマスク氏とうまくやる秘けつは何でしょうか」
マスク氏といえば気性が激しいことで知られています。

2022年に買収した旧ツイッターでは、社員宛てに電子メールを送り、長時間、猛烈に働くことを求め、リンクの「はい」をクリックしなかった社員には退職するよう迫ったこともありました。
フランツ・フォン・ホルツハウゼン氏
「彼が求める見た目のコンセプトを理解し、それを形にしていくだけです。特に秘密なんてないんです。私はイーロンから課せられるチャレンジを楽しんでいます。必要とされなくなるその日までここにいるつもりです。テスラのような場所は他にはありませんから」
マスク氏からの要求を楽しんでいる!さすが長年ともに仕事をしてきた人だけあり、冒頭の写真の笑顔を引き出せる人間関係が築けているということなのでしょう。

マスクと二人三脚で15年

フォン・ホルツハウゼン氏はもともとドイツのフォルクスワーゲンや日本のマツダなど、大手メーカーのデザイナーとして経験を積んでいました。
転機が訪れたのは2008年。マスク氏からテスラで働かないかとヘッドハンティングを受けます。

エネルギー改革で持続可能な社会を作りたいというマスク氏の理念に共感し、すぐに入社し、今にいたっています。

未来っぽいデザインにしたい

そのマスク氏が世の中をあっと驚かせる次の製品として選んだのが、冒頭に紹介した「サイバートラック」です。
「未来っぽいデザインにしたい」というマスク氏の要望を受け、フォン・ホルツハウゼン氏が2017年頃からデザインの検討を開始しました。

テスラが強みとしているのは「デザイナーのように考えるエンジニアと、エンジニアのように考えるデザイナー」。これはマスク氏独特のやり方だと言います。
フランツ・フォン・ホルツハウゼン氏
「イーロンはデザイナーとエンジニアを同じ部屋で一緒に作業させるんです。普通はデザインしたら、その案を他の場所にいるエンジニアに送ってエンジニアが作る。でも同じ空間で仕事をすればコミュニケーションが進み、解決策を見つけるのが各段に早くなる。私たちは常にデザイナーがどのようにデザインするのか、そのプロセスをエンジニアに見せるようにしています。単に簡単に作れるからではなく、どうしてこの見た目にすべきなのか伝えるのです」

デザインと製造工程は表裏一体

最大の特徴である、直線的で角ばった見た目。それを実現するために試行錯誤を重ねた結果、車体に耐久性の優れた分厚いステンレスを採用しました。

未来的なデザインという見た目は実現できるものの、当初、製造にはかなりの困難を要したといいます。
フランツ・フォン・ホルツハウゼン氏
「いままでの伝統的なやり方では製造できないんです。まず分厚いステンレスをプレスできない。ステンレスはまるで紙のようだと言えばわかりやすいでしょうか。紙を好きな形に成型するのは難しい。ステンレスは折り紙を折るような感じで、一方向に折り畳むことしかできないんです」
しかし、このマイナスとも思える素材の性質が、サイバートラック特有のデザインを生み出す原動力へとつながります。
フランツ・フォン・ホルツハウゼン氏
「この素材の特徴がシンプルなデザインに、そして製造面での効率化にもつながりました。ステンレスならボディーの塗装が必要ありませんし、高価な鍛造機を用意する必要もない。
ピックアップトラックはここ60年~70年もの間、同じ見た目でした。売れている製品を並べると、どこのメーカーのものか見分けがつきません。固定化されたイメージを変え、タフで頑丈で同時にスポーツカーのように走るピックアップトラックを作りたかった。まだどこの会社もやろうとしていない、だからやるべきだと思ったんです」

逆風にさらされるテスラ

今、テスラは逆風にさらされています。会社を大きく成長させてきたのは、高い生産性とそれに基づく収益力でした。

しかし、中国の新興EVメーカーとの競争が激化しています。特に、中国のEV最大手、BYDは中国国内だけでなく、ヨーロッパや東南アジアにも販売網を急速に拡大。

テスラは中国で値下げを迫られ、自慢の収益力が低下しています。
去年10月から12月までの3か月間の販売台数は、初めてBYDに抜かれるまでにいたりました。

株価は下落傾向が続き、年初からの下落率は29%、実に企業価値35兆円が吹き飛んだ計算です。アナリストからは「成長なき成長企業」と酷評されるまでになっています。
BYDの強さの背景にあるのが、価格の安さです。BYDの最安値のEVは、ことし3月に入りさらに値下げして6万9800元(約148万円)。

これに対し、テスラが中国で販売している最も安い価格帯の製品は、ことし1月に値下げをしても、24万5900元(約515万円)とBYDの3.5倍の価格です。

中国メーカーとのし烈な競争に打ち勝つには、安価なEVの開発が欠かせないと新たなプロジェクトにも乗り出しています。

大衆向けEV「影のプロジェクト」

そのプロジェクトでも中心的な役割を担っているのが、フォン・ホルツハウゼン氏です。

マスク氏はことし1月の決算会見で、2025年の後半にも低価格な大衆向けのEVを提供すると明らかにしました。

製造はサイバートラックが作られているテキサスのギガファクトリーを手始めに、世界中で生産するとしています。
ベールに包まれたこのプロジェクトの詳細を知るヒントが、去年秋に出版されたマスク氏の評伝に書かれていました。
「イーロン・マスク 下巻」より
「次に開発するのは、価格2万5000ドル程度の小型・安価な大衆車がいいのではないかという話が続いていた。マスク氏本人も2020年にはその気になっていたが、その後計画を棚上げし、それから2年間は、ロボタクシーが完成すればほかに車はいらなくなると、企画を持ち出されるたびに却下してきた。それでもフォン・ホルツハウゼン氏は影のプロジェクトとして、ひそかにこの企画を進めてきていた」
年率50%で成長するには安価なEVが必要で、その市場規模は、2030年には既存のモデル3やモデルYの倍に達するというデータもあると、マスク氏を説得したフォン・ホルツハウゼン氏。

その見た目は、未来的でサイバートトラックに雰囲気が似ているとも伝えられています。
Q.なぜ価格の低い大衆向けEVが次に開発する製品であるべきと考えたのですか。
フランツ・フォン・ホルツハウゼン氏
「開発中の製品について本当はコメントしたくないのですが、突き詰めていくと、すべての人に持続可能な移動手段をもたらしたいわけです。それが安価な製品なのか、(無人運転の)ロボタクシーなのか、それがどんなものであったとしても、われわれは人々に最もエネルギー効率がよく、美しく、そして手ごろな価格の製品で移動してほしいという思いを持っています。究極的にはイーロンに決定権がありますが、私の目標は大衆向けに最もサステイナブルな製品を作ること、未来を届け続けることです」

EVの未来はみんなでつくる

他社との激しい競争にさらされ、正念場を迎えるテスラ。

意外なことに、フォン・ホルツハウゼン氏は、この競争こそがEVの普及に欠かせないと確信しています。そしてEV業界の未来について「みんなでつくるものだ」と強調しました。
フランツ・フォン・ホルツハウゼン氏
「1社単独で出来ることは限られています。われわれだけで世界中すべての人に行き渡るEVをつくることは困難でしょう。持続可能な社会を実現するという同じミッションを持つ他のメーカーと切磋琢磨(せっさたくま)することが必要です。EV業界の競争こそが、地球環境にとってベストなことだと思うのです」

「まだ黎明期にいる」

最近では、価格の高さや充電効率の課題などからEVではなくハイブリッドが再び脚光を浴び始め、EV業界全体にも逆風が吹きつつあります。

それなのに、常に前を向き、挑戦し続けることができる強さはどこから来るのか。

フォン・ホルツハウゼン氏がインタビューの中で語ったある言葉に答えがある気がしています。
フランツ・フォン・ホルツハウゼン氏
「テスラはまだ黎明期にいる気がするのです。完全無人のロボタクシーが移動手段となるまだ見ぬ未来が待っている。まだまだ社会のためにわれわれにできることがたくさんあるはずだ」
フォン・ホルツハウゼン氏がテスラの一員になって15年以上、創業からは20年あまり経った「いま」を「黎明期」と表現したのです。

同じことを長くやればやるほど慣れが生じ、同じことの繰り返しになりがちですが、いつもまだスタートラインに立ったばかりなのだという意識でいること、「終わらない黎明期」こそが、その挑戦を後押ししている強さなのではないかと感じます。

マスク氏の右腕カーデザイナーが今後どんな挑戦を続けていくのかが、会社の、そしてEVの未来を左右しそうな気がしています。
(3月21日「BS国際報道」で放送予定)
ニュース制作部 記者
山田奈々
2009年入局
長崎局、経済部、国際部などを経て
去年秋までロサンゼルス支局
ビッグテックのほかAI分野を多数取材
現在はニュース7を担当