子どもの“行方不明” 5年間で339件 大切な居場所で何が

子どもの“行方不明” 5年間で339件 大切な居場所で何が
「はるちゃん、助けられなくてごめんね」(男子生徒の母親)

おととし12月、大阪・吹田市の福祉施設で障害のある男子生徒が行方不明になり、1週間後に川で亡くなっているのが見つかりました。
生徒が通っていたのは、障害のある子どもが通う「放課後等デイサービス」。
近年、利用者が急増し、施設の数は全国で2万か所以上に上っています。

その裏で相次いでいるのが、子どもたちの“行方不明”です。

吹田市の事故をきっかけにNHKが各地の自治体に情報公開請求を行ったところ、施設で子どもが一時的に行方不明になるケースが過去5年間で少なくとも339件に上っていたことが分かりました。
子どもたちにとって大切な居場所で、いったい何が起きているのか。
当事者へのアンケートなどをもとに、その背景を取材しました。

(大阪放送局 取材班)

※放課後等デイサービスとは
児童福祉法に基づき、障害のある子どもを放課後や休日に受け入れる福祉サービスで、12年前の2012年4月に始まる。厚生労働省によると、全国の施設の数は去年11月時点で2万1068か所、1か月あたりの利用者数はのべ34万2753人に上っている。

安心して預けていたのに…

大阪 吹田市を流れる神崎川。
ここで豊中市の中学1年生、清水悠生さんが亡くなりました。
3歳の時に発達障害の1つ「自閉スペクトラム症」と診断され、ことばで意思疎通を図ることが難しかったという悠生さん。
小学1年生の頃から吹田市にある放課後等デイサービスの施設に通い、授業が終わった後、帰宅するまでの時間を過ごしていました。水遊びが好きだったといいます。
母親の亜佳里さん
「親が先に亡くなれば、子どもは社会の中で生活しなければなりません。その時に息子が困らないよう、何か1つでもできるようになってほしい、社会性を身につけてほしいと考えて預けていました。身ぶりや自分なりのサインで少しずつ気持ちを表してくれるようになっていました」
しかし、おととし12月9日。

いつものように施設に到着して送迎車から降りる際、悠生さんは急に走り出し、そのまま行方が分からなくなりました。警察などが周辺を捜索したところ、1週間後に近くの川で亡くなっているのが見つかりました。
施設を信頼して6年間通わせていたという、母親の清水亜佳里さん。
事故の後、施設側からある事実を知らされます。

悠生さんは、障害の特性から急に走り出すことがあったため、送迎車から降りる際は必ず職員2人が付き添うという取り決めを施設側と交わしていました。しかし、実際には日常的に職員1人で対応していたというのです。

さらに、警察の捜査で、悠生さんが過去にも施設を利用中に一時、行方不明になっていたことが分かりました。ただ、その事実も伝えられていませんでした。
母親の亜佳里さん
「施設は息子の特性もちゃんと分かった上で受け入れると話していたので、信用して、安心して預けていました。それなのに、まさかそんなことになっていたとは夢にも思いませんでした。本来、みんなと同じように今も生きていたはずなのに、時間がたっても気持ちは全く前に進んでいません。悔しいです」

“行方不明” 339件 3人死亡

この事故を受けて、NHKは今回、放課後等デイサービスの施設を管轄する自治体のうち、人口の多い10都道府県とその政令指定都市・中核市に情報公開請求を行い、同じような事故が起きていないか調べました。
その結果、子どもが一時的に行方不明になったケースが、昨年度までの5年間で少なくとも339件に上っていたことが分かりました。
都道府県別では▼神奈川が94件、▼大阪が71件、▼埼玉が34件、▼愛知が29件、▼福岡が28件、▼東京が24件、▼兵庫が22件、▼千葉が18件、▼北海道が10件、▼静岡が9件となっています。
今回入手した資料は、施設から自治体に提出された事故の報告書や、保護者からの相談の記録などです。この中には、子どもがその後、死亡したケースが大阪・吹田市の事故を含めて3件ありました。

このうち神戸市の施設では、3年前の2021年8月、駐車場で夏祭りを行っている最中に当時6歳の男の子が行方不明になりました。姿が見えなくなっていることに職員が気づき、施設は警察に通報するとともに、母親にも連絡して周辺を捜索。警察や市によると、施設から1キロほど離れた運河で男の子が見つかり、その後亡くなったということです。

また、愛知県岡崎市でも2021年7月、当時9歳の男の子が施設から行方不明になり、5日後に川で死亡しているのが見つかりました。

線路で発見のケースも

さらに、無事保護されたものの、命の危険につながりかねないケースも複数ありました。

千葉市花見川区では2019年1月、子どもが送迎車から降りた後に行方が分からなくなり、その後、京成本線の線路上にいるところを特急列車の運転士が発見しました。その場で急停車し、子どもは無事だったということです。
   
また、北海道の後志地方では去年1月、施設の駐車場で子ども9人が職員2人と雪遊びをしていたところ、このうち1人の行方が分からなくなりました。その日は見つからず、一夜明けたおよそ17時間後、施設から1.5キロほど離れた空きビルの中で無事発見されたということです。

子どもが行方不明になった原因について、339件のうち、当時の具体的な状況が確認できた282件について調べると、次のようなケースが多くなっていました。

▼職員が気づかないうちに外に出てしまった        131件
▼公園で遊んでいた時や散歩などの外出中にいなくなった  79件
▼送迎車を乗り降りする際にいなくなった         48件

アンケート 471人の声

子どもの行方不明が相次ぐ背景には何があるのか。
私たちは、施設の職員や保護者などを対象に、インターネットでアンケートを行いました。

その結果、回答を寄せてくれたのは471人。
そのおよそ5人に1人が「行方不明のケースがあった」または「見聞きしたことがある」と答えました。

「何も言えなかった」保護者の複雑な思い

このうちの1人に話を聞くことができました。

横浜市に住む、増喜千恵さん(46)です。
中学1年の次男、聡志さん(13)が小学生の頃、一時行方が分からなくなりました。
「自閉スペクトラム症」と診断された聡志さんは、苦手な音を聞いた時などに急に走り出すことがあり、外出する際は常に目が離せないといいます。

行方不明になった日、聡志さんは施設の職員と一緒に公園で遊んでいましたが、職員が目を離した隙にいなくなりました。聡志さんは当時9歳。周辺には幹線道路などもあり、連絡を受けた増喜さんは最悪の事態も考えたといいます。

施設からの通報を受けて警察が捜した結果、聡志さんは公園から2キロ離れたショッピングセンターにいるところを発見され、無事保護されました。行方不明になってからおよそ2時間がたっていたということです。
増喜千恵さん
「危険を知らない子なので、ふだんはずっと一緒にいます。だからこそ、会えなくなってしまうかもしれないと30分でも1時間でも思うことが本当に苦しかったです」
聡志さんは、今は別の施設に通っていますが、増喜さんは当時通っていた施設に対して不満や改善を訴えることはできなかったといいます。

訪問介護の仕事をしながら1人で3人の子どもを育てている増喜さんにとって、施設はなくてはならない存在です。もし施設を出ることになれば、重い障害のある息子を受け入れてくれる場所はほかに見つからないのではないかと考えていたということです。
増喜千恵さん
「息子が命の危険にさらされたことについては許せない気持ちがありますが、親としては息子を預かってくれている、ありがたいという思いが先に立つので、施設に対しては何も言えませんでした。同じような事故を防ぐには保護者が声を上げなければい
けないと思いますが、それができなかったことを後悔しています」

「子どもの安全確保難しい」施設の運営実態

アンケートからは、子どもが行方不明になる背景には、施設の運営上の課題があることも見えてきました。回答した施設の職員のうち、9割近く(82人中71人)が課題として挙げたのが「スタッフの人員不足」です。

その実情を知ってもらいたいと、大阪の社会福祉法人が取材に応じました。
この法人が運営する大阪・住吉区の施設では、知的障害や発達障害のある中学生と高校生あわせて31人を受け入れています。

施設の1日あたりの定員は10人で、子どもたちは主に放課後から午後5時半ごろまで過ごし、体を動かしたり、職員に付き添われて近くの公園で遊んだりしています。
重い障害のある子どもも多く、法人では一人ひとりと丁寧に向き合えるようにと、子ども10人に対し、国が定めた基準の「最低2人」を上回る5人以上の職員を配置しています。
また、送迎車の乗り降りの際には障害の特性に応じて複数の職員が付き添うなど、手厚い支援を心がけてきました。
しかし、この法人でも去年、通っている子ども2人が一時、行方不明になりました。
いずれも無事保護されたものの、職員が目を離したり、出入り口の鍵を閉め忘れたりしたことが原因だったということです。
これを受けて、法人では職員全員を対象に障害の特性に関する研修会を行うなどの対策を進めてきましたが、国の基準を超える人数の職員を配置しても、子どもの安全を確保することは難しいのが現状だとしています。
一方で、職員をこれ以上増やすこともできないといいます。
最大の収入源である国や自治体からの報酬は、職員の数にかかわらず、主に受け入れる子どもの人数で決まるからです。このため、職員を増やして支援を手厚くするほど運営は厳しくなるといいます。
今年度も赤字の見込みで、法人では別の福祉サービス事業の収益で補填しているのが実情だということです。
施設の責任者 上田治彦さん
「受け入れているのは中高生で体も大きいため、1人の子どもに2人の職員で対応することもあり、人手が足りないと感じる場面は多くあります。しかし、職員の配置を減らすことは子どもたちの安全を守れないということに直結するので、それは考えていません。つぶれるわけにはいかず、なんとか工夫して事業を継続させていきたい」

職員の知識・経験不足も

さらに、アンケートでは「職員の障害に対する知識に課題がある」と答えた人が113人(自由記述)に上りました。

このうち、子どもの心のケアを行う「公認心理師」として放課後等デイサービスで働いていた女性が取材に応じました。障害の特性をよく理解しないまま、支援にあたる職員を多く見てきたといいます。
公認心理師の女性
「何かができていない、できなくても仕方がない子どもたちなのですが、職員が怒鳴るような場面を見てきました。その人は『しつけだ』と言っていましたが、障害の特性に対してどのように接していけばいいかという考えやアイデアがない」
国のガイドラインでは、職員の資質を向上させるため、研修などを行うことが求められています。しかし、具体的な研修の方法や内容は施設側に委ねられていて、女性がいた職場では行われていなかったということです。
公認心理師の女性
「職員は子どもの送迎や雑務に追われていて、一番肝心な知識を得る機会がありません。研修や勉強会などをした方がいいと思うのですが、そのようなことは全く行われず、専門性を深める時間はあまり取れませんでした」
アンケートの自由記述では、ほかにも次のような声がありました。
「職員の入れ替わりが激しい。その子の特性や気をつけることが職員同士うまく伝達されず共有されにくい」(50代保護者)

「(施設は)経験がない人でも運営でき、質の悪さに深く関係している」(50代パート)

「職員の障害への理解と根拠を持った対応をどのように育てていくか、質の向上をどう目指すのか、実際の現場で何が起きているのか、第三者の視点とアドバイスが必要なのではないか」(50代職員)

自治体も状況把握に課題

取材で見えてきた、放課後等デイサービスをめぐるさまざまな課題。
施設を指導・監督する立場の自治体も、こうした状況をどう把握するのか、難しさに直面しています。
神戸市の障害者支援課です。
市内の施設はこの10年余りの間、毎年30件ほどのペースで増え続け、現在は333か所に上ります。このため、限られた職員で対応することがしだいに難しくなってきているといいます。
神戸市障害者支援課 黒田尚宏課長
「どうしても行政の目が入りにくくなり、施設の中には結果的に閉鎖的に見えてしまうようなところもあると思います。やはり支援の質の向上や、専門性の確保ということが1つの課題になっているのではないか」
そこで、神戸市が独自に始めたのが「巡回支援」と呼ばれる取り組みです。
職員が障害者福祉の専門家とともに、数年かけてすべての施設を訪問。障害の特性に合わせた適切な接し方などをアドバイスします。
質の向上を図りながら、運営の実態も把握するのがねらいです。
この日は神戸市北区の施設を訪れ、今抱えている課題について、施設側から聞き取りを行いました。そして、スタッフの子どもたちへの関わり方を1時間にわたって視察。
その上で、専門家が具体的な改善策を伝えていました。
訪問を受けた施設の責任者
「事業所としても日々、試行錯誤しながら子どもたちの支援について考えているのが実情です。そうした中で、第三者にしっかり入ってもらえるということはとても心強いですし、より安心・安全にサービスを提供することにつながっていくのではないかと思います」
外部の目を、放課後等デイサービスの課題解決にどう生かしていくか。神戸市は、施設側と日常的にやりとりができる関係を築くことを目指しています。

専門家 “「量」から「質」への転換を”

今回の取材で明らかになった、子どもの行方不明が相次ぐ実態とその背景。
施設が支援の質を高め、安全を確保するにはどうすればいいのか、子どもの福祉に詳しい関西大学の山縣文治教授に聞きました。
山縣教授は「今回は人口の多い自治体を対象にした抽出調査なので、子どもが行方不明になるケースは実際にはさらに多いと考えられる」とした上で、次のように指摘しています。
関西大学 山縣文治教授
「障害の特性から思いがけない行動をとる子どももいるが、それは決して子どもが悪いのではない。大人の側が行動の特性や発達の特性を十分に理解しておくことが必要で、職員がそれに気づけなかったことや、危険を察知するための見守りの仕組みが十分に整えられていないことに目を向けるべき。放課後等デイサービスはこれまで、ニーズの高まりにともない『量的拡大』を進めてきたが、これからは『質的転換』が必要な時期に来ている。子どもの安全を守るため、意欲のある施設が職員を増やしたり研修を充実させたりできるよう、国は報酬の体系を見直すなどして対策を急ぐべきだ」

子ども家庭庁「実態把握進めている」

最後に、私たちは放課後等デイサービスの制度を所管するこども家庭庁に、課題についての受け止めを聞きました。

こども家庭庁は取材に対し、「こどもの安全確保や事故防止のための対策を進めていくことは大変重要であると考えております」とした上で、次のようにコメントしています。
「事業者に対しては法令上、1.都道府県・市町村への事故の報告、2.安全管理のための設備の点検や職員への研修等について定める『安全計画』の策定を義務づけているところです。これに加え、2023年度、障害児支援における事故等の実態把握を進めており、その結果を踏まえ、引き続き安全確保に向けた取り組みの徹底を図っていきたい」
また、人材確保への対応は喫緊かつ重要な課題だとして、より多くの事業所で職員の処遇を改善するための取り組みが進むよう、報酬を充実させるとしています。

取材後記

“子どもの行方不明” 5年間で少なくとも339件

このうち、大阪・吹田市で亡くなった清水悠生さんの母親、亜佳里さんは「みずから決めた施設だっただけに、息子を助けられなかったことへの後悔がずっと残っています。同じような事故を繰り返さないよう、社会全体で考える機会を作ってほしい」と話していました。

一方、アンケートでは、施設に対する感謝の声も複数寄せられました。
「スタッフや他の学校の生徒と交流できるコミュニケーションスキルを高める場で、親にとって大変ありがたい場所」(30代保護者)

「障害児を唯一受け入れてくれる放課後の余暇を過ごす大切な場所であり、様々な経験をさせてもらえることに感謝している」(40代保護者)
共働き世帯の増加などを背景に、この12年で利用者数・施設数ともに急増した「放課後等デイサービス」。障害のある子どもとその親にとって、今やなくてはならない場所になっています。


しかし、私たち取材班は、吹田市の事故が起きるまで、こうした現状についてほとんど知りませんでした。子どもが命を失うようなことが2度とないよう、国や施設が環境を整えることはもちろんですが、地域や私たち一人ひとりがまず現状を知ること、そして障害のある子どもたちとともに暮らし、見守っていくという意識を持つことが大切なのではないかと取材を通して感じました。

(3月1日「かんさい熱視線」3月15日「おはよう日本」で放送)