物価上昇でも「変わらない」価格 “100均”メーカーの苦悩

物価上昇でも「変わらない」価格 “100均”メーカーの苦悩
「すべてのコストが上がる状況でこの先も100円でいけるのか…」

100円ショップに納めるキッチン用品や収納ボックスを製造する会社の経営者は、悩ましい表情を浮かべながら語った。目下、力を入れるのは、付加価値をつけた商品を開発し300円ショップなどへの販路を拡大することだ。

「100円」「価格は変わらない」を売りにしてきた業界の一角を担ってきた企業のいまから、物価上昇という日本経済の変化を考えた。
(経済部記者 西園興起)

メーカーの苦境

去年の秋、「100円ショップ向け日用雑貨の卸会社が民事再生法の適用を申請した」という見出しが調査会社「帝国データバンク」のサイトに掲載された。原材料や労務費の増加で収益が悪化したことが理由だという。

日銀担当として物価情勢を取材している私は、この情報が気になり、問い合わせてみた。

すると、物価が上昇し始めた2022年以降、主に100円ショップを取り引き先とする「卸会社」が、少なくとも6件倒産しているということだった。

倒産した会社の担当者に直接たどりつくことはできなかったが、100円ショップに商品を卸しているいくつかの会社から話を聞くことができた。

「仕入れ値を上乗せできないから商品の内容量を減らして納入している」とか「これ以上、価格転嫁はできない」といった声が聞かれた。

価格に制約がある中で、苦しむ経営者が多いことがうかがえた。

100円均一以外にも販路を拡大

この中に取材を受けてくれるという会社があり、大阪の本社を訪ねた。
100円ショップ向けにプラスチック製のキッチン用品や収納ボックスを製造・販売する「サナダグループ」。創業50年、130人余りの従業員が働いている。

プラスチックの原料となるナフサの値上がりや輸送費の高騰に直面しているが、価格は変えられないと、商品開発や工場の現場ではコストを抑える努力が続けられていた。

例えば、多いときに月30万個売れるというA4書類用のバスケット。
コストが2021年と比べて2割上がったが、その分を転嫁することは難しいため、高さを1.5センチ低くするサイズダウンを行った。

しかし、こうしたコスト削減努力にも限界があり、米研ぎ用のボウルやパンの保存容器はやむなく製造を中止した。
一方、眞田社長は時代に合わせた戦略の見直しも始めている。

たとえば、小物を入れるプラスチック製のボックスは、フタを木製のものに変更することを検討している。

天然のぬくもりは商品の売りになると考えた。
そして、100円ショップだけではなく、300円ショップやホームセンターへの販路の拡大を加速させている。

実際、3年前は商品のほぼすべてが100円ショップ向けだったという。
物価の上昇が続く中、コストをカットするより、付加価値をつける商品づくりへと社員の意識を向かわせていた。

物価上昇の時代に

今回の取材で「価格が変わらない」ということの意味を考えさせられた。

100円ショップ向けに、仕入れ、商品開発、製造と、各段階で工夫をし続ける卸会社の社員たちの姿勢には心を打たれるものがあった。
眞田社長は「決まった価格に収まるように、何グラム、何センチにこだわり商品を開発していくことにメーカーとしてのやりがいを感じてきた」と話す。

その一方で「100円ショップは、バブル崩壊後に経済が疲弊しているとき、失われた30年にマッチしていた」とも分析する。
眞田社長
「いつまでこの価格帯でいけるのかなという不安がある。毎年人件費は上がっているし、物流コストも上がっている。すべてのコストが上がっている状況でこの先も100円でいけるのだろうか」
こう本音を漏らした。

振り返れば、バブル崩壊後の日本は「価格が変わらない」「価格を変えない」という意識が企業の間で広がった。

コストがあがっても、その分を切り詰めるというのが経営者の腕の見せどころだった。
ただ、こうした動きが積み重なり「価格を下げる」方向へと加速したことが、デフレ経済へとつながったとも指摘される。

一方で、いまはさまざまなモノやサービスの価格が上昇している。

日銀の植田総裁も国会で「今はデフレではなくインフレの状態にある」と発言している。

100円ショップは、消費者にとって貴重な存在で、インフレが続くアメリカでさえ、1ドルショップという形態が残っていると聞く。

しかし、周りを見渡せば、自動販売機で100円の缶コーヒーはあまり見かけなくなったし、全品300円以下の居酒屋メニューを見る機会も少なくなった。

日本経済に物価上昇という変化が起きる中、「価格は変わらない」という意識はどうなるのか、「価格が変わらない」ことが当たり前だった業界はどうなっていくのか。これからも考えていきたい。

(3月1日「おはよう日本」で放送)
経済部記者
西園 興起
2014年入局
大分局を経て経済部
金融業界を担当
物価情勢を把握するため、どんな店に入っても値札やメニューをチェックする