変わる駅の時刻表

変わる駅の時刻表
“経費節減のために掲示をとりやめました-”

駅のホームにある「時刻表」が減っている。およそ150年前の鉄道開業から、日本人の時間感覚を変えたとも言われる時刻表。いま、新たな変化が起きている。

(経済部記者 大江麻衣子 河原昂平)

「時刻表」から「二次元コード」へ

春のダイヤ改正を控えたことし2月。名古屋市営地下鉄「鶴舞線」丸の内駅のホームでは、掲示板から時刻表を取り外す作業が進められていた。

例年であれば、ダイヤ改正にあわせて新しい時刻表が登場するはずが…。かわりに設置されたのはおなじみの時刻表とは異なり、二次元コードの入ったボード。

この地下鉄では、3月のダイヤ改正にあわせて「鶴舞線」と「上飯田線」の2路線でホーム上の時刻表をすべて撤去し、二次元コードでの案内に切り替える。

二次元コードは、スマホのカメラ画面をかざすと、時刻表が掲載されているウェブサイトにつながるものだ。
すでに去年9月には「桜通線」で同様の切り替えをし、6路線のうち3路線の41駅でホーム上の時刻表がすべてなくなることになる。

時刻表を撤去した箇所は210余りに上る。ただ昭和17年に制定された「鉄道運輸規程」に基づき、駅には時刻表を必ず掲示する必要がある。このため名古屋市営地下鉄でも改札口などでの時刻表の掲示は続けるという。

“乗客減”が引き金に

なぜ「時刻表」を撤去するのか。運営する名古屋市交通局によると、きっかけになったのはコロナ禍による経営状況の悪化だ。
2022年度には地下鉄事業として3年ぶりの最終黒字を確保したが、乗客数は1日あたり115万人。新型コロナの影響がなかった2018年度の134万人から約15%減少し落ち込んだままだ。このため経費削減を徹底している。

1つの路線の全駅で時刻表の張り替えを行うには、1回あたり数百万円の費用がかかり、毎年のダイヤ改正ごとに張り替えると、決して小さな額ではないという。

二次元コードであれば1度貼れば何年も使うことができ、コストも手間も減らせるというわけだ。
「物価の上昇などでさまざまな経費も増加をしており、厳しい環境のなかにある。経費削減などをできるところからやっていかなければならない状況で、他の鉄道会社の状況もみながら時刻表の掲示をやめることにした」
ホーム上の時刻表の撤去は、他の鉄道会社でも広がっている。
鉄道会社に理由を聞くと、経費削減以外にも、スマホの普及でみずから時刻表を確認したり、乗り換えの検索サイトなどで列車の時刻を調べる人が増えたことなどが背景にあるという。

一方で「東急電鉄」では、時刻表の撤去を進めたあとに、利便性を損なわないよう、一転して設置を増やす、という動きもあった。

利用者は

乗客は時刻表の撤去をどう受け止めているか。名古屋市営地下鉄の乗客に話を聞くと、世代によって受け止めが違うと感じた。
〈20代男性〉
「3月からホームの時刻表が撤去される鶴舞線を利用している。次の列車との時間がそれほど長くない路線なので、時刻表はあまり確認しない」
〈50代女性〉
「ホームの時刻表をたまに見る程度。スマホで路線検索して到着する時間を調べている」
〈70代男性〉
「名古屋市営地下鉄は頻繁に列車が来るが、列車の本数が少ない路線の駅では状況が異なる。ホームに時刻表がないと大変なのでは。撤去しない方が良い」

9割以上の駅で撤去 西武鉄道では

東京や埼玉県を走る「西武鉄道」では91駅のうち88の駅では、ホーム上の時刻表をすでに撤去。掲示板には、代わりに自社のアプリや観光列車の案内などが貼られていた。
ホーム上の撤去について会社は、ホーム上に次の列車の時刻が確認できる電光掲示板が設置されていること、時刻表や列車位置が確認できる自社のアプリが86万ダウンロードに達し、一定の普及がみられることなどが理由だとしている。

「西武鉄道」でも、時刻表自体は、駅の中の目につきやすい改札口や券売機の近くに集約し、必ず1か所は掲示しているほか、スマホが使えない人などには、窓口でウェブサイトの時刻表を印刷した紙を配っているという。

時間の感覚をも変えた時刻表

スマホで便利に調べられるようになった「時刻表」。鉄道や時刻表は、日本人の時間感覚を変えたと言われている。鉄道博物館の資料によると、日本に鉄道が開業した1872年にはすでに乗客に分刻みのダイヤを知らせていた。
〈列車に乗るには発車時刻前に駅に行かなければならず、時間を守って行動するという今では当たり前の行動が求められるようになる。江戸時代には時間の単位は太陰太陽暦によっており、時間の刻みは2時間単位であり、きわめて大まかなものであった。それが電車に乗るには分単位の行動が求められるようになり、こうしたことから鉄道が日本人の時間への感覚を変えるにあたり、大きな役割を果たしていたといえる〉
(鉄道博物館発行『鉄道の作った日本の旅150年』より引用)

駅の時計も撤去の動き

時刻表以外にも、鉄道会社の間では設備を見直す動きも出ている。その1つが「時計」だ。
JR東日本は駅構内に設置している時計のうちおよそ500の駅で撤去をする方針だ。2021年から10年の計画で、老朽化したものを中心に撤去する。

理由について会社は「携帯電話やスマホの普及で、乗客が駅の時計以外でも時刻を確認できるようになった」としている。

減少する駅の時刻表・時計… 専門家は

時刻表などの設置を見直す動きについて専門家に話を聞いてみた。
「高齢者などにとって鉄道は重要な移動の手段だ。引き続き時刻などの情報を丁寧に伝えていくことが欠かせないと考える。また、ホームなどにある時刻表が減ると、ダイヤの改正などで終電の繰り上げや本数の削減があったときに、利用者が気が付きにくくなる可能性も出てくる。鉄道会社は、ダイヤの変更や運行方針の見直しの際には、これまで以上に周知を徹底してほしい」

取材後記

スマホが普及する前にどのように列車のダイヤの情報を得ていたか振り返ると、30年以上前のポケット時刻表が見つかった。ダイヤを知る、限られたツールだった。
いまは乗り換えの検索サイトで、ダイヤだけでなく、1本早い列車や少し遅れても次の列車の時刻を知ることができ、手軽に情報が得られるようになった。

ホームから次々に減る時刻表。私たちの時間感覚の変化を表すひとつの動きだと感じた。

(2月19日「おはよう日本」で放送)
経済部記者
大江麻衣子
2009年入局
遊軍キャップ
松江放送局記者(取材当時は経済部)
河原昂平
2023年入局
3月より松江局で警察取材を担当