重要情報、取り扱う人は身辺調査 新制度とは

重要情報、取り扱う人は身辺調査 新制度とは
2月27日、政府は、新しい制度を創設する法案を閣議決定しました。経済分野の重要な情報を取り扱う人の身辺調査を行う、という新制度。米中の対立激化などを背景に、安全保障を強化しようと、検討が進められてきました。

新しい制度は、いったいどういうものなのか?課題は何なのか?取材しました。

(経済部記者 嶋井健太)

新制度「セキュリティークリアランス」

新しい制度は、諸外国で「セキュリティークリアランス」と呼ばれる制度です。

国の安全保障に関わる重要情報にアクセスできる人を、国が「外部に漏らすおそれがない」と確認し「お墨付き」を与えた人に限定する制度です。
アメリカやカナダなど、諸外国では、安全保障に関する情報を「トップシークレット(機密)」「シークレット(極秘)」「コンフィデンシャル(秘密)」などに分類し、重要度に応じて段階的にアクセスできる人を限定して、保護しています。

対象には、経済分野の重要情報も含まれます。

アメリカで、セキュリティークリアランスの認定を得た人は400万人以上、その他の主要国でも数十万人以上と言われています。

アメリカでは、認定を得た人の3割程度は、公務員ではなく民間人です。

一方、いま、日本の同様の制度としては「特定秘密」の制度があります。

防衛や外交、スパイ、テロといった分野で、特に秘匿が必要な情報を「特定秘密」に指定し、アクセスできる人を限定しています。

ただ諸外国に比べると、指定される情報は限定的で、経済分野の情報が対象になるかは、明確ではありません。

2022年末の時点で、特定秘密を扱える人はおよそ13万人、そのうち民間の人は3%程度にとどまっています。

「諸外国と同等に」で、新制度へ

こうした状況に対し、米中の対立が経済分野にも及ぶ中、自民党や経済界の中から、数年前から、先端技術の機密情報の流出を防ぐために諸外国と同等の制度を求める声が上がっていました。

また、2年前に成立した経済安全保障推進法の衆参の内閣委員会の付帯決議でも、新制度の検討を求める趣旨が書き込まれました。

これを受けて、政府は、去年2月から、有識者会議で新制度の検討を開始。
この中では、諸外国の「トップシークレット」や「シークレット」にあたる情報は、特定秘密で保護できるものの、「コンフィデンシャル」級の経済分野の重要情報を保護する制度が必要だ、といった指摘が上がりました。

こうした結果、有識者会議の検討開始からおよそ1年で、法案の閣議決定につながりました。

重要情報を漏らすと拘禁刑も

新しいセキュリティークリアランス制度では、まず国が、外部に漏えいすると日本の安全保障に支障を及ぼすおそれがある経済面の情報を、「重要経済安保情報」に指定します。

指定する候補として、政府は、国が保有するサイバー攻撃の脅威や対策などに関する情報、規制の審査などに関する情報、産業戦略やサプライチェーンのぜい弱性などに関する情報、国際的な共同研究などに関する情報を挙げています。
指定された情報については、国が、公的機関の職員か民間企業の従業員かを問わず、「外部に漏らすおそれがないか」を調べ、確認できた人にだけ、取り扱いを認めます。

この調査を「適性評価」と言います。

新しい制度では、経済分野の情報が対象となることから、民間人の適性評価が増えると見込まれています。

情報を漏らした場合の罰則も定められていて、5年以下の拘禁刑や500万円以下の罰金が科されるほか、勤務先となる企業にも、罰金を科すことができるとしています。

経済界からは新制度に期待の声も

重要情報を保護する、今回の制度。

海外でもビジネスを展開する企業からは、期待する声が上がっています。
北米や欧州などで通信インフラやITサービスを展開するNECは、現地の政府や企業と連携して事業を行ったり、共同研究を行ったりするケースもあります。

この会社では、これまで、連携相手の企業から欲しい情報があっても、「機微な情報なので開示できない」と断られるケースもあったといいます。

また、アメリカにある子会社では、現地の政府向けに、生体認証サービスを提供していますが、政府の取り決めにより、そのノウハウを日本のビジネスに生かすことができません。

今後、セキュリティークリアランスの制度で、認定を得られれば、会社の信頼性の向上につながり、相手企業や海外政府の対応が変わる可能性もあると期待を寄せています。
NEC経済安全保障統括室 石見賢蔵 室長
「量子とかAIといったところは、経済安全保障上、重要な技術だと言われているので、そういう分野では、より一層の研究開発が進む可能性があるのではないか。我々としては、日本のセキュリティークリアランス制度が、諸外国からも認められる制度になって、機密情報のやり取りで国際的に連携できるような枠組みができあがることを期待している」

プライバシーなど課題の指摘も

一方で、この制度への懸念として指摘されているのが「適性評価」、つまり、国による身辺調査です。

国は、本人の同意を前提に、7項目の調査を行うとしています。
・家族や同居人の氏名や国籍を含む情報
・犯罪や懲戒に関する経歴
・情報の取り扱いに関する違反行為
・薬物の乱用などの情報
・精神疾患に関する情報
・飲酒の節度の状況
・経済的な状況
本人への面接や、提出された質問票の確認、上司への質問、人事情報の確認のほか、公的な機関などへの照会によって、調査を行う想定です。

これらの身辺調査によって、「情報を漏らすおそれがない」と認められると、重要情報を取り扱う権限が認められます。

一度、権限が認められると、10年間、有効です。

こうした身辺調査は、本人が同意した上で行われる、とされていますが、例えば上司から命じられた場合などに、本当に拒否できるのか、など懸念の声が上がっています。

さらに、情報法などが専門の中央大学総合政策学部の宮下紘教授は、今回の制度について、プライバシー保護などの観点から、以下のような課題を挙げています。
<(1)対象となる情報の範囲>
制度の対象となる情報の範囲が不明確なため、本来、秘密にすべきではない情報まで対象になる可能性があると指摘しています。
宮下教授
「どの情報が秘密の対象となるかというところまでは議論が詰まっていないような印象を受けている。本来であれば国民が知るべき情報、あるいは取引において開示すべき情報が秘密として隠されてしまう恐れがある。あらゆる産業で適性評価が求められると、プライバシー上の問題も生じる」
<(2)認定を得られなかった場合の苦情対応>
また、不正確な個人情報をもとに認定を得られないケースなども想定されることから、苦情処理のプロセスを充実させる必要があると話します。
宮下教授
「苦情処理のプロセスに、できるだけ第三者的な視点を入れるべきではないか。例えば、特定秘密に関して政府の運用を監視している、国会の情報監視審査会のようなところがチェック機能を果たすべきではないか」
<(3)認定を受けた人の保護>
さらに、アメリカで、認定を受けた人の個人情報を狙ったサイバー攻撃があったケースを例に挙げ、認定を受けた人の情報を保護する必要性も指摘しています。
宮下教授
「セキュリティークリアランスの資格を持ってる人は機密情報へのアクセスができるので、当然そういう人がターゲットとして狙われやすい。有資格者の情報が外に出てしまうと、それにつられて機密情報も出てしまうリスクがあるので留意が必要だ」
こうした課題を挙げた上で、宮下教授は、慎重な制度の運用が必要だと指摘します。
宮下教授
「今回の制度は、希望する企業や社員に対して適性評価をしていくということなので、その適性評価の範囲が広がりすぎないようにしていく、という工夫が求められる」

国民的な議論は深まるか

「経済安全保障」という言葉が日本で使われるようになって早くも数年がたち、半導体への巨額の支援など、「経済安全保障」の名の下に、多くの政策が実行されています。

今回のセキュリティークリアランスの制度は、経済安全保障の観点から、同意が前提とは言え、国が個人のプライバシーに踏み込み得る制度となっています。

一方で、肝心の「経済安全保障」という言葉が何を指すのか、定義は依然として明確ではありません。

国会での法案の審議などを通じて、改めて「経済安全保障」は「何を守るもの」で「なぜ必要なのか」、国民的な議論が深まることを期待したいと思います。
経済部記者
嶋井健太
2012年入局
宮崎局、盛岡局を経て現所属