NATO 冷戦終結後 欧州で最大の軍事演習 ロシアの攻撃を想定か

ウクライナへの侵攻を続けるロシアを最大の脅威と位置づけるNATO=北大西洋条約機構は、現在、東西冷戦の終結後、ヨーロッパで最大となる軍事演習を行っています。演習はロシアによる攻撃への対応を想定したとみられ、ロシアを強くけん制するねらいがあります。

NATOは、ことし1月から5月末にかけてバルト三国やポーランドなどロシアに近い加盟国を含む地域で9万人以上の兵士や1100両以上の戦闘車両などが参加する陸海空の軍事演習を行っていて、東西冷戦の終結後、ヨーロッパで最大の演習だとしています。

ウクライナ侵攻を受け、NATOはロシアを最大の脅威と位置づけ、有事の際に加盟国を守るためおよそ30万人の即応部隊を30日以内に展開させる計画を掲げていて、今回の演習では各国の部隊の連携と機動力の強化を目指しています。

今月上旬には前線に大部隊を迅速に移動させることを想定してポーランド北部で行われた演習が公開されました。

アメリカやフランス、それにポーランドなど9か国の軍の戦車や装甲車が、ヘリコプターや戦闘機が護衛する中、川の橋のない場所を水陸両用車などに乗って次々に渡っていました。

NATOは一連の演習について「同じレベルの敵に対する防衛計画を試し再評価する」としていて、ロシアによる攻撃への対応を想定しているとみられ、ロシアを強くけん制するねらいがあります。

今月5日に演習を視察したポーランドのドゥダ大統領は「今の最大の脅威はロシアの方角からもたらされていることは明らかだ。演習はロシアによるバルト三国やポーランドへの攻撃の可能性への対応でもある」と述べ、ロシアがウクライナだけでなくNATOを攻撃することも想定し備えを急ぐべきだと強調しました。

ヨーロッパ政府高官「ロシア NATO加盟国にも攻撃の可能性」

ロシアのウクライナ侵攻が長期化する中、ヨーロッパの政府高官からは、ロシアが早ければ今後、数年以内にNATOの加盟国にも攻撃をしかける可能性があると懸念を示す発言が相次いでいます。

このうちドイツのピストリウス国防相は、ことし1月中旬に掲載された地元紙ターゲスシュピーゲルのインタビューで「過去30年ヨーロッパに存在しなかった軍事的な脅威と再び向き合っている」として、ヨーロッパが1989年の東西冷戦の終結まで直面していたロシアの脅威が復活したとの認識を示しました。

そして「プーチンがいつかNATO加盟国を攻撃することを想定しなければならない。いまロシアが攻撃してくるとは考えていないが、われわれの専門家は今後5年から8年の間にロシアはその準備が整うと分析している」と指摘しました。

さらに、デンマークのポールセン国防相も先月上旬、地元紙に対してロシアの脅威への評価が変わったとした上で「今後3年から5年の間にロシアがNATOの集団的自衛権と結束を試そうとする可能性は否定できない」と述べ、ロシアがNATOの弱体化をねらって攻撃をしかける可能性があるという考えを示しました。

このほか、ロシアの侵攻を受け軍事的中立の方針を転換してNATOに加盟したスウェーデンのボリーン民間防衛相もことし1月「スウェーデンで戦争が起きるかもしれない」と述べ、国民に備えを呼びかけています。

兵器の生産能力が課題

ヨーロッパはロシアの脅威に対抗するため域内の防衛産業の強化を掲げていて、先月行われたドイツの大手防衛企業の新工場の起工式には、ショルツ首相やデンマークのフレデリクセン首相がかけつけました。

ヨーロッパでは、ウクライナへ100万発の砲弾などを供与するとしたEU=ヨーロッパ連合の目標が実現できないなど兵器の生産能力に課題を抱えています。

背景にあるのが、1989年の東西冷戦の終結後、NATO加盟国の多くが国防費を減らしてきたことです。

スウェーデンのストックホルム国際平和研究所のまとめによりますとGDP=国内総生産に占める国防費の割合はフランスは冷戦下でおおむね3%台だったのが、冷戦後に徐々に減り1%台の後半に低下しドイツは2%を超えていたのが冷戦終結の3年後からウクライナ侵攻まで1%台で推移してきました。

NATOはことしは、今月加盟したスウェーデンを除く加盟31か国のうち18か国が、目標とする2%を達成する見通しだと発表し、国防費の増額に取り組んでいると強調しています。

しかし、ヨーロッパの安全保障政策に詳しいドイツ外交問題評議会のメリング氏は「NATOの2%という目標は、継続的に支出されていることが前提だ。多くのヨーロッパの国はそうしてこなかった。この1年に2%を支出しても、構造的な国防力の欠落から抜け出すことにならない」と指摘しています。

国防費の大幅な増加はほかの予算の削減にもつながるため、ロシアの脅威の認識に温度差もあるとされるヨーロッパが一致して増加に踏み切れるかが注目されます。

専門家「ロシアが攻撃の可能性指摘の発言 危機感のあらわれ」

ヨーロッパの安全保障政策に詳しいドイツ外交問題評議会のクリスティアン・メリング氏は、NATOに対するロシアの攻撃の可能性を指摘する発言が相次いでいるのは、ウクライナ侵攻で明らかになったロシアの脅威と、ヨーロッパ側の不十分な備えへの危機感のあらわれだと指摘します。

メリング氏は「いま、われわれはロシアの帝国主義的で攻撃的に目標を追求する意欲、そして、すべての分野ではなくとも兵器を生産し、再軍備できる能力を目の当たりにしている。ロシアのほうがNATOよりもすみやかに戦争の準備ができる」と話し、ロシアが戦時体制下で軍備の拡大などを早く進められるようになっていて脅威だとしています。

そして、NATOへの攻撃の可能性については、ロシアがウクライナ侵攻を通じてリスクをとることをためらわなくなっているという見方を示しました。

その上で「たとえばバルト三国のリトアニアの首都を制圧し、ドイツとフランスに『自国の兵士を犠牲にするのか』と交渉を持ちかける。ロシアはNATOやEUがこうした問題で自壊することを望んでいるのだろう」と述べ、NATOの弱体化をねらって、加盟国に限定的な攻撃を行うおそれがあり抑止力の強化が必要だと訴えます。

メリング氏は、去年11月、ロシアの脅威に関する報告書をまとめ、戦時体制で毎年28万人の兵士を訓練できるなどとして、ウクライナでの激しい戦闘が終わってから今後6年から10年の間にNATOへの攻撃準備を整える可能性があると分析しています。

一方、ヨーロッパ側の備えについては防空能力や長距離火力、戦闘車両などが不十分だとして「必要な兵器は保有しているが量が少ない。防衛産業の規模も非常に小さく質の高い兵器は生産できるが生産量は少ない。ロシアの侵攻が教えてくれたのは量は、それ自体が質だということだ」として、量を誇るロシアに対抗するためには兵器の質だけではなく物量も確保することが不可欠だと訴えています。

そして「防衛産業を立ち直らせ、ロシアを抑止できるだけの軍事力を質、量ともに手に入れるには支出を長期間増やさなければいけない」と強調しました。