地震発生後の医療支援 在宅避難者は避難所に比べ1週間ほど遅く

東日本大震災から11日で13年です。当時、多くの人たちが在宅での避難を余儀なくされましたが、避難所に比べて医療支援が届くのが1週間程度遅かったことが、大学の研究グループの調査でわかりました。能登半島地震の被災地でも多くの人が在宅で避難していて、専門家は支援体制の強化が必要だと指摘しています。

災害医療が専門で、東北大学災害科学国際研究所の江川新一教授らの研究グループは、宮城県南三陸町に残されていた8000人を超える被災者の診療記録を分析しました。

その結果、
▽避難所にいた人が、最初に医療支援を受けた日は、平均で地震発生から12.9日後だったのに対し、
▽在宅避難者は19.3日後で、6.4日遅かったことがわかりました。

その原因について、南三陸町の医師や保健師などに聞き取りを行ったところ、
▽避難先が点在していて、医療が必要な人の把握が遅れたほか
▽外部からの医療支援の情報が避難所と比べて在宅避難者に届きにくかった可能性があるということです。

在宅避難者には、糖尿病や高血圧など慢性疾患を抱える患者が多かったということで、江川教授は、最悪の場合、脳卒中や心臓病などによる災害関連死につながったおそれもあるということです。

在宅避難者は能登半島地震でも多く見られ、江川教授は「災害関連死の半数近くが自宅で起きていることも統計でわかっているため、保健師や民生委員など、地域をよく知る人たちの力を借り、在宅避難者が抱える健康上のリスクや必要な医療を調べ、見逃さないことが重要だ」と指摘しています。

“もっとひどい被害の人も” 遠慮などで“受診控え”も

宮城県南三陸町の在宅避難者の中には、必要な医療を受けることができずに亡くなった人もいました。

南三陸町では当時、町が指定していた複数の避難所が被災し、町内にある医療機関も機能がストップしました。

内陸にある入谷地区は、全域で断水や停電が続きましたが、津波の被害を免れたこともあって、多くの人が在宅で避難生活を送り、中には沿岸部で家を流され、この地区に住む親戚を頼る人も避難していました。

この地区の住民の山内正光さん(当時72)は、当時、肺がんを患っていて、3月中に抗がん剤の治療を受ける予定でした。

しかし、通っていた病院が被災したため、治療の見通しが立たないまま、震災から2か月余りたったあとに亡くなりました。

山内さんは体調がすぐれない中、自宅でくんだ井戸水を地区の人たちに分けたり、まきで沸かした風呂を開放したりするなど、支援に力を入れていたということです。

妻のきよこさんは「夫は病院に行くことも医者に来てもらうこともできず、地域のために一生懸命働き、最後の最後まで苦しんで亡くなった。医療の手を差し伸べてほしかった」と話していました。

避難者の支援にあたった地元の保健師の高橋晶子さんによりますと、直後は自分が被災していたこともあり、誰がどこに避難しているのか全くわからなかったということです。

そのため、全国から保健師のチームが応援に入ると、協力して地域をくまなく回り健康状態の把握を進めました。

その結果、医療につなげることができた人もいた一方、中には、「もっとひどい被害を受けた人がいる」とか「まだ薬が残っている」などと言って遠慮やがまんをする“受診控え”もあったということです。

高橋さんは「在宅避難者は、支援する側になってしまったり、遠慮したりして自分の健康状態が見えにくくなっていた面もあった。災害時は避難所に目が行きがちだが、在宅避難者の健康管理にしっかり目を向けないといけない」と話していました。

東日本大震災の経験生かし能登半島地震の被災地で支援

東日本大震災の経験を生かし、能登半島地震の被災地で在宅避難者を支援するための取り組みが始まっています。

石川県によりますと、被災地では3月4日の時点で、少なくとも4706人が自宅で避難生活を送っていて、自治体が把握できていない在宅避難者も多いとみられます。

こうした人たちを支援しようと、石川県穴水町で拠点づくりが進められています。

立ち上げたのは、東日本大震災で復興支援センターの生活相談員として支援にあたった阿部知幸さんで、現在は盛岡市にあるフードバンクの事務局長として生活が困窮する家庭などの食料支援を行っています。

阿部さんは食料の支援を通じて在宅で避難している人などの実情を把握することにしていて、この日は、全国から届いた食料や水、カセットボンベなどの物資を仕分けしたり、珠洲市で活動している支援団体に配ったりしていました。

阿部さんによりますと、東日本大震災では、
▽自宅は無事でも職場が被災して収入を絶たれたり
▽家族の介護疲れで行政の支援を申請できなかったりするなど、
多くの人が、さまざまな困難に直面したということです。

このため、阿部さんは今回の活動で、地元の社会福祉協議会や弁護士会などと連携して、一人ひとりに寄り添った息の長い支援を進めていきたいとしています。

阿部さんは「東日本大震災では『こんな思いをするならあのとき死んでいればよかった』という声もあった。住宅の被害の有無に関係なく、一人ひとりの尊厳を大事にする伴走支援を進めていきたい」と話していました。

専門家 “制度に問題 待ったなしで発想転換が必要”

在宅避難者への支援が届きにくいことについて、被災者支援に詳しい大阪公立大学の菅野拓准教授は、災害救助法が避難所を基準に考えられていて、在宅の人たちが想定されていないことに問題があると指摘しています。

そのため、避難所という“場所”への支援から、被災者という“人”への支援に発想を転換し、支援する側が、在宅避難者を含め、一人ひとりの健康状態や生活上の悩みを把握する「災害ケースマネジメント」を進める必要があるとしています。

そのうえで、
▽災害救助法を改正して、福祉の視点に立った支援を盛り込み、災害直後から迅速に動ける仕組みを作るとともに
▽被災した自治体の職員がすべてを担うのではなく、民間の力を活用した体制を構築する必要があるとしています。

菅野准教授は「能登半島地震では、道路が寸断されるなどして支援が届きにくい地域がたくさん生じたが、見えてきた課題は、東日本大震災でわかっていた課題でもある。被災者支援の枠組みはずっと古いままなので、今の社会に合うよう、待ったなしで変えなければならない」と話していました。