民間小型ロケット 5回延期経て 13日に改めて打ち上げへ 和歌山

和歌山県串本町にあるロケットの発射場で打ち上げが延期されていた、東京のベンチャー企業が開発した小型ロケットは13日、打ち上げられる予定です。

搭載した人工衛星の軌道への投入に成功すれば、民間企業単独の打ち上げとしては国内で初めてで、これまで国主導で進められてきた日本の宇宙開発に民間も加わり、国際競争力を高められるか注目されます。

東京のベンチャー企業「スペースワン」が開発した固体燃料式の小型ロケット「カイロス」の初号機は、今月9日、この企業が和歌山県串本町に整備したロケット発射場から打ち上げられる予定でしたが直前に延期となり、13日の午前11時すぎに改めて打ち上げが行われます。

延期の理由は安全対策のために設けた警戒区域内の海に船がいたためで企業側は海上で警戒を呼びかける時間を早めたり警戒にあたる船を増やしたりして対策をとるとしています。

ロケットには政府の小型衛星が搭載され、計画では段階的に機体を切り離し、およそ50分後に高度500キロで地球を回る軌道に衛星を投入するとしています。

衛星の軌道への投入が成功すれば、民間企業単独の打ち上げとしては国内で初めてとなります。小型衛星は世界で打ち上げの需要が高まっていて、この企業は低いコストで衛星を宇宙に届ける「宇宙宅配便」を目指し、2030年代には年間30回ロケットを打ち上げる計画だとしています。

これまで国が主導してきた日本の宇宙開発に今後、民間も加わって国際競争力を高められるか、今回の打ち上げが注目されます。

9日の打ち上げ 延期の理由は

打ち上げ延期の理由はロケット発射場近くの海上の警戒区域内に船がいて、安全の確保が十分できないと判断されたことでした。

警戒区域は発射場近くの海上のおよそ6.5キロ四方に設定されていて、▼企業側から地元の漁協などに事前に周知されたほか、▼打ち上げの数時間前には警戒船を出して区域内に入ろうとする船に無線で呼びかける対策をとっていたということです。

しかし、打ち上げ時間の10分前になっても区域内に船がとどまっているのがわかり、無線などで移動を呼びかけたものの速やかに外に出なかったため延期の判断をしたということです。

企業側は、次回は海上で警戒を呼びかける時間を早めたり警戒にあたる船を増やしたりして対策をとるとしています。

また、延期を受けて近畿運輸局 勝浦海事事務所は船に乗って海から打ち上げを見学するツアーを行っていた地元の釣り船の事業者などに当時の状況について聞き取りをしたということです。

これまでのところ、打ち上げの時間帯に警戒区域に立ち入った船は確認されていないということですが、海事事務所はあすの打ち上げの時間帯も設定された警戒区域を確認して航行するよう改めて注意を呼びかけました。

近畿運輸局 勝浦海事事務所の中川洋 所長は、「地元の事業者には警戒区域を航行していないか注意しながら安全運航を十分心がけてほしい」と話していました。

地元は期待 見学場設置 JRは臨時列車運行

今月9日には「カイロス」の打ち上げを見ようと、発射場近くに設けられた2つの見学場には、全国の宇宙ファンなどあわせておよそ5000人が集まり、周辺ホテルも満室となるなど関心の高さがうかがえました。

延期が決まると、ファンからは落胆の声も聞かれましたが、地元の期待は次回の打ち上げに向けて膨らんでいます。

串本町では12日、見学場の準備が急ピッチで進められました。

会場となる海水浴場では、食事やロケットにちなんだ商品を販売するためのテントを設けたり案内板を立てたりと関係者が慌ただしく作業していました。

前回は会場に打ち上げのライブ映像を見ることができる大型モニターが用意されましたが今回は日が迫っているため設置しないということです。

スペースワン企画・営業・渉外本部の村部昭憲 課長は、「前回は延期でがっかりされた方もいたと思いますが、応援してもらうみなさまの気持ちに応え、ロケットを宇宙に飛ばせるよう抜かりなく準備したいです」と話していました。

JR西日本は、和歌山県串本町で小型ロケットの初号機が再び打ち上げに挑む13日、きのくに線で臨時列車を運行すると発表しました。

臨時列車は13日、▼紀伊田辺駅と串本駅から新宮方面に向かう上りで午前8時台から午後2時台に5本、▼新宮駅と紀伊田原駅などから串本・紀伊田辺方面に向かう下りで午前8時台から午後1時台に6本のあわせて11本運行される予定です。

臨時列車の運行予定は、ロケットの打ち上げを応援する協議会のホームページなどでも確認することができます。

ロケット「カイロス」とは

「カイロス」は、全長およそ18メートル、重さおよそ23トンの固体燃料式の小型ロケットです。

同じ固体燃料式の次期主力ロケット「イプシロンS」よりひとまわり小さく、運べる荷物の重さも4分の1程度ですが、その分コストを下げられる上短期間で打ち上げることができるとしています。

燃焼を終えると順次切り離す4段式の機体には、これまで日本で運用されてきた固体燃料ロケットの技術が使われています。

具体的には、
▼1段目から3段目には燃焼ガスが吹き出る方向を変えることでロケットの向きや姿勢を制御する装置を備えているほか、
▼人工衛星を切り離す最後の4段目には、目標とする軌道との誤差を修正するための小型の液体燃料エンジンも搭載されています。

打ち上げ時の作業の多くは自動化されていて、管制室で対応にあたるのは10数人で済むほか、飛行中に不具合が起きた場合も地上から操作するのではなく、自動で機体を破壊し飛行を中断する機能を備えています。

「カイロス」の飛行手順

▼1段目を1分30秒ほど燃焼させる
▼打ち上げからおよそ2分10秒後に1段目と2段目を切り離す
▼「フェアリング」と呼ばれる人工衛星を覆うカバーを切り離す

▼2段目の燃焼後、打ち上げからおよそ4分40秒後には2段目と3段目を切り離す
▼さらに打ち上げからおよそ8分後に3段目も切り離す

▼最後の4段目の小型の液体燃料エンジンを燃焼させ、目標の軌道との誤差を修正
▼打ち上げからおよそ51分40秒後に高度およそ500キロで人工衛星を投入

投入される小型衛星は

投入されるのは「短期打上型小型衛星」と呼ばれる内閣衛星情報センターの重さ100キロほどの小型衛星です。

北朝鮮のミサイル発射施設の動向や災害時の被害の把握などを行う日本の情報収集衛星に不具合が起きたとき代わりの衛星として役割を果たせるか確認する目的です。

日本政府はこの衛星が軌道に投入されたあと実際に地上を撮影し、解像度などを確認する予定です。

内閣衛星情報センターによりますと、衛星の開発費はおよそ11億円で、打ち上げ費用としておよそ10億円を企業に支払う予定だということです。

発射までの道のりは…

紀伊半島の先端にある本州最南端のまち、串本町は、景勝地「橋杭岩」など、豊かな自然に囲まれ、年間200万人ほどの観光客が訪れる観光地です。

人口の減少や高齢化でまちの活気が失われる中、観光産業の活性化とともに新たな産業をいかに創出していくかが課題となってきました。

ロケット発射場の誘致は、その課題の克服策として6年前の2018年から県とともに進められ、5年前、ロケットを飛ばす南の方角に陸地がなく、本州の工場から陸続きで部品や資材を運べる立地の良さが評価され、串本町の荒船海岸周辺での発射場の建設が決まりました。

そして、3年前の12月、専用の発射場「スペースポート紀伊」が完成しました。

海から500メートルほど離れた、山に囲まれた敷地には、
▼ロケットの整備を行う「組立棟」や
▼発射する「射座」
▼射座にロケットを運ぶ「移動式組立足場」などが設けられました。

その後、「カイロス」の開発が本格化しますが、打ち上げまでの道のりは順調ではありませんでした。

新型コロナウイルスの感染拡大や、ロシアによるウクライナ侵攻で物流が混乱したほか半導体不足も起き、ロケットの部品調達にも遅れが生じたのです。

当初、初号機の打ち上げはおととし3月を予定していましたが、その後、あわせて4回延期となり、地元では打ち上げの実施を心配したり慎重な準備を求めたりする声があがりました。

企業が4回目の延期を発表した去年8月、発射場がある和歌山県串本町の田嶋勝正町長は「これから日本のロケット産業を担うものになると思うので、必ず成功してもらわなければならない。現在、もう一度実験や検証をしている段階だと聞いているが、期待している」と話していました。

その後、部品調達のめどがたち、ロケットの組み立てが進むなどして今月9日の打ち上げ当日を迎えましたが、この日も直前で延期となりました。

ロケットや発射場に不具合は確認されていないということで、5回の延期を乗り越え地元や宇宙ファンの期待に応えることができるか13日の打ち上げが注目されます。

目標は「宇宙宅配便」

「スペースワン」は、世界的に市場の拡大が見込まれている小型衛星の打ち上げビジネスへの参入を目指し、2018年の7月に設立された東京のベンチャー企業です。

この企業には大手精密機器メーカーの「キヤノン電子」や、大手建設会社の清水建設など4社が出資し、国の固体燃料ロケットの開発の実績がある「IHIエアロスペース」のエンジニアの協力も得て設立から6年で初の打ち上げにこぎ着けました。

目指すのは、ロケットで顧客の荷物を宇宙に運ぶ「宇宙宅配便」というサービスです。

鍵となるのが、この企業が和歌山県串本町に整備したロケット発射場「スペースポート紀伊」と、独自に開発した「カイロス」です。

専用の発射場を持つことで依頼を受けてから打ち上げを行うまでの準備に柔軟に対応できることや、液体燃料のロケットに比べて短い準備期間で打ち上げられる固体燃料ロケットの特徴を生かして、低いコストで宇宙へ運ぶ「宅配便」のような輸送サービスを提供するとしています。

こうした企業戦略の背景には、商業衛星の打ち上げの需要が世界的に高まっていることがあります。

通信分野を中心に小型衛星などの人工衛星を1度に複数打ち上げて一体的に運用する「コンステレーション」と呼ばれるシステムに注目が集まっていて、次々に小型の衛星が打ち上げられています。

こうした小型衛星の打ち上げ需要の高まりを受け、アメリカや日本、中国、それに、ヨーロッパの国々では複数の民間企業が小型ロケットの開発を競い合っています。

「スペースワン」には今回の打ち上げを含めて3号機までの打ち上げの依頼がすでに入っているということで、今後、実績を重ねて国内外で新たな需要の開拓を進めることができるか注目されています。

国内のロケット発射場は…

現在、国内で人工衛星を打ち上げることができるのは国の主力ロケットの発射場である鹿児島県の「種子島宇宙センター」と、「内之浦宇宙空間観測所」の2か所だけです。

目標としている年間の打ち上げの回数はそれぞれ種子島で6回、内之浦で2回と限られている上、「H3」や「イプシロン」などの国の主力ロケットは失敗すると原因究明や対策に時間がかかるため、科学探査などが年単位で遅れる事態も起きています。

和歌山県串本町の「スペースポート紀伊」では、2030年代に年間30回の打ち上げを目指すとしていて、今回の打ち上げが成功すれば国の主力ロケットを補完する形で日本の宇宙開発がより安定して進められるようになると期待されています。

宇宙政策に詳しい笹川平和財団 角南篤 理事長
「場所や天候の条件、それに搭載できる衛星の種類などが違う発射場が増えれば打ち上げの回数を確保でき、日本の宇宙産業の競争力を高めることにつながる。地域の発展という意味でも、成功すれば優秀な人材や物流の拠点が和歌山に集まり、宇宙産業の集積につながっていく可能性がある」

政府 10年で1兆円規模目指し民間支援へ

内閣府によりますと、去年世界で成功したロケットの打ち上げは、過去最高の212回に上りました。

このうちアメリカが半数以上の108回を占め、そのうちのおよそ9割はイーロン・マスク氏がCEOを務める宇宙開発企業「スペースX」によるものでした。

背景には世界的に商業衛星の打ち上げ需要が高まっていることがあり、宇宙開発はこれまでの国家主導型に加えて民間も参入する新たなビジネスに変化しています。

市場規模も拡大を続けていて、アメリカの大手投資銀行「モルガン・スタンレー」の試算では、宇宙ビジネスの市場規模は、2040年には2020年の3倍にあたる1兆ドル規模、現在の為替レートで150兆円規模まで拡大すると見込まれています。

こうした国際的な流れを受けて、日本でも政府が国内の宇宙関連市場を2030年代の早い時期に4兆円から8兆円へ倍増させることを目標に掲げ、国内の宇宙ビジネスを底上げしようと、民間などへの支援に乗り出しています。

スタートアップ企業を支援する制度の一環として、新たに宇宙分野の基金が設立され、このうち5年で350億円が支援されるロケット開発分野では今年度初めて4社が採択されました。

今回、和歌山県串本町からカイロスロケットを打ち上げる「スペースワン」はこのうちの1社で、ことし9月までに3億2000万円の支援を受ける計画です。

このほかにも政府は10年で1兆円規模を目指す「宇宙戦略基金」を設立することにしていて、民間企業や大学などに宇宙開発のための資金を支援する計画です。