原告の1人で、夫と事実婚をしている新田久美さん(58・仮名)は、結婚したら同じ名字にしなければならない今の制度があるため、仕事や出産、住宅の取得など、さまざまな場面で不便を感じ、同じ夫と5回にわたり結婚と離婚を繰り返してきました。
新田さんはJAXA=宇宙航空研究開発機構の技術系職員として数々の論文を発表したり特許を取得したりしていて、NASA=アメリカ航空宇宙局などとの会議にも参加しています。
結婚と離婚を5回繰り返す人も 夫婦別姓求め12人が国を提訴
夫婦別姓を認めない民法の規定は憲法に違反するとして、都内などに住む12人が国に賠償などを求める訴えを起こしました。同じ規定について、最高裁判所大法廷は2度にわたり合憲と判断していますが、原告は「夫婦どちらかが名字を捨てなければ結婚できない理不尽な制度を変えたい」と訴えています。
名字理由に同じ夫と結婚と離婚を5回繰り返した理由
新田さんによりますと、NASAなどの施設はセキュリティーが厳しいため戸籍名でしか通行証は発行されず、結婚して名字を変えた場合に支障が生じるといいます。
パスポートに旧姓を併記していたとしても名字が2つあることの説明が必要になるなど、本人確認に時間がかかるということです。
新田さんは30年前に今の夫と結婚しましたが、執筆した論文や研究の成果で取得した特許の名前を統一したい思いもあり、その後、離婚して事実婚となりました。
しかし、子どもを産む時、当時は結婚せずに生まれた「非嫡出子」は相続などで不利になると考え、再び婚姻届を提出。
その後、パスポートの更新時期にいわゆる「ペーパー離婚」をしました。
住宅を購入するときにも、夫とペアローンを組もうとしたところ、当時は結婚しないと難しいと不動産業者に言われ、また結婚。
このように人生の節目で支障が生じるたびに同じ夫と結婚と離婚を5回繰り返し、今は事実婚だということです。
夫の両親の希望もあり、夫に名字を変えてもらうことにも抵抗があるといいます。
こうした結果、統一したいと思っていた特許の登録者名は自分と夫の名字が混在するようになり、仕事の上では不便だといいます。
事実婚の子どもの相続や住宅ローンの問題はかつてよりも改善し、通称使用も広がってきています。
それでも新田さんは「日本は女性活躍を掲げていながら、名字を変える不都合をすべて女性に押しつけている。今は仕事を続ける女性が多く、不自由を感じる人も増えていると思う。私たちが裁判の原告になることで何か変わってほしい」と話していました。
夫の内山徹さん(56)も原告として裁判に参加し「夫婦同姓がいけないというわけではなく、同姓か別姓か選ばせてほしい。なぜ認められないのか非常に不思議に思っている」と話していました。
離婚して事実婚を選択したカップル
札幌市に住む事実婚のカップルも8日午前、札幌地方裁判所に訴えを起こしました。
佐藤万奈さん(37)と西清孝さん(32)の2人です。
2人は、医療機関で同僚として働いていた5年前に結婚しましたが、佐藤さんが名字を変えることに違和感を抱いていたことに加え、職場で旧姓を使うことに理解が得られず、ストレスを感じるようになったといいます。
佐藤さんは「当時の上司にどうして旧姓にこだわるんだと言われ、みんなの前で『西』と呼ばれたりしました。ささいなことですが職場に行くと体調が悪くなるようになり、10年以上勤めた仕事をやめざるを得ませんでした」と話していました。
その後、夫婦で話し合い、結婚からおよそ1年後、離婚届を提出。
事実婚で暮らす決断をしました。
訴状を提出したあと、原告の2人と弁護団は札幌市内で会見を開きました。
佐藤さんは「職場で旧姓を使うことが認められず、自分の名前が変わっていくのを見て、これがアイデンティティーの喪失だと感じました。婚姻届を出すときに夫婦別姓を選べたら嫌な気持ちにはならなかったので、夫婦別姓の選択肢があってもいいと思う」と訴えました。
西さんは「結婚するときに名字を変えることについて当事者意識はありませんでした。選択的夫婦別姓の問題は結婚するかもしれない人すべてが対象だと思うので、迅速に議論が進んでほしい」と訴えました。
12人が国に賠償などを求めて提訴
8日、訴えを起こしたのは東京や長野、北海道などに住む事実婚のカップル5組と夫婦1組の合わせて12人です。
12人は8日、夫婦別姓を認めない民法や戸籍法の規定について「婚姻の自由を保障した憲法に違反し、無効だ」などとして、国に賠償などを求め、東京と札幌の地方裁判所に訴状を提出しました。
12人と弁護団は、結婚して名字が変わると旧姓にひも付いていた信用や評価を維持することが難しくなるほか、アイデンティティーの喪失を感じる人も少なくないと主張しています。
また、結婚を諦め、事実婚を選んだ夫婦も、相続で不利になるなど結婚した夫婦との違いがさまざまな場面であり、常に不安を抱えているとしています。
同じ規定をめぐっては、2015年と2021年の2度にわたり、最高裁判所の裁判官15人全員が参加する大法廷で審理され、いずれも多数意見で「憲法に違反しない」という判断が示されましたが、「憲法に違反する」と判断した裁判官も2015年は5人、2021年は4人いました。
東京の原告の1人でパートナーと17年間、事実婚をしている根津充さん(仮名)は「中学生になる娘がいるが、さまざまな法的な利益を受けることができない。夫婦どちらかが名字を捨てなければ結婚させてもらえない理不尽な制度を娘の代まで残したくない」と話していました。
原告と弁護士は提訴のあと、都内で会見を開きました。
このうち、名字が理由で事実婚をしている上田めぐみさんは「自分の氏名は自分そのものなので、結婚によって変えたくないという気持ちは自然なものだと思う。みんなが幸せに結婚ができるために夫婦別姓を認めてほしい」と話していました。
長野県に住み、事実婚をしている小池幸夫さんは「多くの女性が結婚によって姓を変えていて、その中には悲しい思いや喪失感を味わった人がいると思う。誰もが幸せに暮らせる社会のため勝訴の判決を望む。法改正で夫婦別姓が認められてほしい」と話していました。
弁護団長の寺原真希子弁護士は「最高裁が国会で議論されるべきだとしたにもかかわらず国会に動きがないので、政治問題ではなく、人権問題だということで提訴した。今度こそ、司法の判断で人権侵害を終わりにしてほしい」と訴えました。
最高裁 過去に2度「合憲」と判断
夫婦別姓を認めない民法の規定について、最高裁判所大法廷は9年前と3年前の2度、憲法に違反しない「合憲」という判断を示しています。
初めての判断となった9年前の判決で、最高裁は「夫婦が同じ名字にする制度はわが国の社会に定着してきたものであり、社会の集団の単位である家族の呼称を1つにするのは合理性がある」としました。
一方で「今の制度は社会の受け止め方によるところが少なくなく、制度のあり方は国会で論じられ判断されるべきだ」として、国会での議論を促しました。
このときは、大法廷の15人の裁判官のうち5人が「憲法に違反する」という判断を示し、このうち3人の女性裁判官は連名で意見を出しました。
女性裁判官3人は「96%もの夫婦が夫の名字を名乗る現状は、女性の社会的、経済的な立場の弱さからもたらされている。多くの場合、女性のみが自己喪失感などの負担を負うことになり、両性の平等に立脚しているとはいえない」として、憲法に違反するとしました。
3年前の決定でも、最高裁は「2015年の判決後の社会の変化や国民の意識の変化といった事情を踏まえても、憲法に違反しないという判断を変更すべきとは認められない」と指摘し、憲法に違反しないと判断しました。
そのうえで「どのような制度を採るのが妥当かという問題と、憲法違反かどうかを裁判で審査する問題は次元が異なる。制度のあり方は国会で議論され判断されるべきだ」としました。
このときは、裁判官15人のうち4人が憲法に違反するという判断を示し「婚姻の自由と夫婦の平等を保障した憲法の趣旨に反し、不当な国家介入にあたる」などと指摘しました。
夫の名字を選択 94.7%
厚生労働省によりますと、結婚するときに夫の名字を選択した夫婦の割合はおととしの調査で94.7%となっていて、40年以上、94%を上回っています。
また、法務省が2010年に海外の19か国を対象に行った名字に関する制度の調査によりますと、アメリカの一部の州やイギリス、ドイツなどは同じ姓と別姓のどちらかを選ぶことができ、カナダの一部の州や韓国、中国などは別姓を原則としていて、日本のように夫婦で同じ名字を義務づけている国はなかったということです。
国連の女性差別撤廃委員会は、夫婦別姓を認めない日本の民法の規定について「女性に対する差別的な法規制だ」として、速やかに改正するようたびたび勧告しています。
経済6団体 選択的夫婦別姓制度の法制化を要望
夫婦別姓を求める人たちが裁判を起こした8日、日本経済団体連合会や経済同友会など6団体も法務省と外務省に選択的夫婦別姓制度の法制化を要望しました。
このうち法務省では、団体の代表者などが、結婚するときに名字を夫婦同じにするか別々にするかを選べる選択的夫婦別姓制度の法制化を求める要望書と、企業の経営者や役員およそ1000人分の署名を門山法務副大臣に手渡しました。
要望書では、企業経営上のデメリットとして、社員が戸籍名と旧姓を二重に使うことで法務や経理の手間がかかること、複数の名字に対応して本人確認をするシステムの導入にコストがかかること、それに、社会的な課題への対応を重視する「ESG投資」に世界的な注目が集まる中、不平等を是正しない国には投資や人材を呼び込むことが難しいことなどを挙げ「国際的な信用性や競争力を高めるためにも選択的夫婦別姓の導入は急務だ」としています。
経済同友会の副代表幹事で「大和証券グループ本社」の田代桂子副社長は「多くの社員に不都合があり非常に困っているほか、コストもかかっている。選択的夫婦別姓をぜひ実現してほしい」と話していました。
林官房長官「より幅広い国民の理解得る必要」
林官房長官は、午後の記者会見で「選択的夫婦別氏制度の導入については、現在でも国民の間にさまざまな意見があることからしっかりと議論し、より幅広い国民の理解を得る必要がある。政府としては、関係団体からの要望なども含め国民各層の意見や国会における議論の動向などを踏まえ、対応を検討していく」と述べました。
小泉法相「法改正は総合的に検討」
小泉法務大臣は閣議のあと記者団に対し「さまざまな議論が行われることは適切なことだと思う。色んな方に色んな意見を出してもらい、その積み重ねの先に多くの国民の望む方向性が見えてくればいいと思う。法改正については総合的にしっかりと検討していきたい」と述べました。
立民 泉代表「訴訟の結果待たず 早期に実現すべき」
立憲民主党の泉代表は記者会見で「訴訟の結果を待つのではなく、早期に実現すべきだ。変わっていいものは、どんどん変わっていくべきだ。与党でも公明党は賛成していて、止めているのは自民党であり、岸田総理大臣だ。さまざまな家族の形があっていいという考え方に立って、選択的夫婦別姓は進めるべきだ」と述べました。