「PERFECT DAYS」ヴェンダース監督語る “私と小津安二郎”

日本時間の3月11日に発表される「アカデミー賞」では、役所広司さん主演の「PERFECT DAYS」が国際長編映画賞にノミネートされ、受賞も期待されています。

監督を務めたのは、「パリ、テキサス」などの名作で知られるヴィム・ヴェンダース監督。
日本映画の巨匠、小津安二郎監督に大きな影響を受けたと公言し、去年、東京国際映画祭のために来日した際にも、単独インタビューでその思いを語っています。

小津の魂に導かれて

「私の偉大な映画界の師、小津安二郎の祖国である日本の代表としてアカデミー賞に参加できることを大変光栄に思います。『PERFECT DAYS』は彼の魂に導かれた作品です。この作品がノミネートされたことは、私にとってこの上ない喜びです」
(アカデミー賞ノミネート時のコメントより)

東京・渋谷区の公共トイレを舞台に、トイレの清掃員で主人公の「平山」の日常と、その周囲の人々との関わりを丁寧に描いた映画「PERFECT DAYS」。

作品はヴィム・ヴェンダース監督が、渋谷区で誰もが快適に使用できる公共トイレを設置するプロジェクトに共感したことがきっかけで製作。撮影はすべて東京都内で行われました。

ヴェンダース監督が日本人の高崎卓馬さんと共同でみずから日本語の脚本を執筆し、日本人の俳優を起用しています。

主演の役所広司さんは去年、フランスのカンヌ映画祭で最優秀男優賞を受賞して話題を集めました。国内での興行収入は10億円を超えています。

実は、ヴェンダース監督が日本を舞台に映画を撮るのは、これが初めてではありません。かつて、小津安二郎監督の代表作「東京物語」で描かれた東京を追い求めて、1983年に来日して撮影したドキュメンタリー映画、「東京画」という作品を発表しています。

ヴェンダース監督はこの作品の中で、「小津の作品は20世紀の人間の真実を伝える」と語るなど、小津監督への敬愛の念や自身への影響を度々公言してきました。

小津安二郎監督とは

小津安二郎監督は、戦前から戦後にかけて活躍した日本映画の巨匠です。1963年に60歳で亡くなるまで、国際的に高く評価される映画を数多く手がけました。

小津安二郎監督

ヴェンダース監督の「東京画」の元となった「東京物語」は、田舎の老夫婦と、離れて暮らす子どもたちの心のすれ違いを描いた小津監督の代表作で、いまも世界中の映画ファンから愛されています。

「東京物語」

ヴェンダース監督は、1970年代にニューヨークで初めて小津監督の作品と出会い衝撃を受け、その後、作品を見るために来日しました。

ヴィム・ヴェンダース監督
「1977年に東京に来て、私は空き部屋を与えられ、字幕も英訳もない状態の作品を2日間かけて12作品ほど見ました。2日目には日本語が話せるような気になっていました。理解しなくてはならないとは、もはや考えませんでした。いずれにせよ、私は理解できていました。50作ほどの小津映画は、私の記憶の中ではすべてがひとつの大きな映画になっています。大きな映画のなかに、さまざまなバリエーションがあるという感じです」

※当初の記事では「50作ほどの小津映画を見ましたが」となっていましたが、正しくは「50作ほどの小津映画は」でした。日本語訳を修正しました。

小津監督が繰り返し描いたのは、時代と共に移り変わる日本の家族の日常でした。それがなぜ、世代も国籍も異なるヴェンダース監督の心を打ったのでしょうか。

「小津監督の作品は時代を完全に超越しています。彼が描く物語はとても現代的で、普通の家庭の日常です。そこで描かれているのは、いまだに子どもと親の間の本質的な関係性でもあるのです。それは父親か母親が亡くなった場合の、残された片親と子どもとの関係性や、一人暮らしをする父親の世話をするために家を出ようとしない娘の責任のあり方などです。映画に出てくる親や祖父母、子どもたちは…何と言えばいいかな、まさに人間の姿そのものだったのです。だからこそ、いまも60年前も、人々は同じように彼の作品を観ることができるのだと思います」

主人公「平山」に込めた思い

「東京物語」に登場する家族の父親の名前は「平山周吉」。離れて暮らす子どもたちに疎まれ、妻にも先立たれ、それでもみずからの人生を静かに受け入れる初老の男性を、俳優の笠智衆さんが演じています。その「東京物語」の公開から70年。ヴェンダース監督は「PERFECT DAYS」で役所広司さんが演じる主人公のトイレの清掃員に、同じ「平山」と名付けました。

平山は、真面目に仕事をして規則正しく生活し、本と音楽を愛し、植物を育てる、寡黙な人物として描かれています。

「主人公の名前が平山なのは、『東京物語』を意識しています。いろいろな意味で小津映画への敬意を込めています。平山はシンプルなものを愛し、自然や、ちょっとした出来事にこだわりを持っています。小津作品の登場人物には、他の誰かよりも優れている人などいません。すべての人を、尊厳と敬意のまなざしをもって尊重しています

いま小津が家族を描いたら

「平山」には、小津監督の映画に出てくるような家族はいません。しかし、映画の中で「平山」は、居酒屋の女将や、突然訪ねてきためいとの交流を通じて、ささやかなつながりを築いていきます。

ヴェンダース監督は、小津監督と同じように日常を描くことで、家族という枠にとどまらない現代の人間どうしのつながりを示そうとしました。

「小津がもしいまも映画を撮っていたら、まったく違う家族を描いているでしょう。今日では父親や母親が2人いる家庭もあり、家族のあるべき姿が変わりつつあります。そして子どもたちは、小津が描いた世界よりもはるかに危険な世界で生き、成長しています。そういう時代の中にいても、彼はきっと正直であり続けたと思います。そして作品に真実味があるからこそ、今でも彼の映画は手本になり得るのです」

小津監督が亡くなって60年。ヴェンダース監督は、いまの若手の映画監督も、小津監督の作品から学ぶべきものがあるといいます。

「小津監督の映画をスクリーンで観た映画監督なら誰でも、大きな衝撃と感銘を受けなかったふりなどできないと思います。小津監督は自分のすべてを映画に注ぎ込んで映画を形作り、コントロールし、作品に風格を与え、技巧を極めた美しい例です。若い映画監督たちは、自分たちの準備方法についてもう一度よく考えるべきだと思います。自分の職業を見直すことなく、小津映画を真剣に観ることができる映画監督などいないと、私は思います」