街の人に、あめや豆のイラストを持ってなんと呼ぶのか聞いてみると、地元の人は全員が「あめちゃん」「お豆さん」と回答。
しかし、その理由を尋ねると。
“あめちゃん” “お豆さん” 食べ物に敬称つけるのなんでなん
「あめちゃん、食べる?」
大阪などではおなじみのフレーズで、祖母が兵庫に住んでいる私(瀬川)は、このことばを聞くと、今でも心がほっこりします。
しかし、あるとき、特定の食べ物に「さん」を付けて呼ぶことに気づきました。
なぜ食べ物を「さん」付けで呼ぶのか。
そして、なぜあめは「ちゃん」付けなのか。
取材を始めて見ると、歴史的な背景とともに、時代に合わせて変化してきていることばの実情も浮かび上がってきました。
(大阪放送局 記者 瀬川愛生 / ディレクター 前田彩音)
何に「さん」を付けるのか調査!!
「親近感?」
「関西人優しいからでしょ」
それぞれ思い思いの回答が返ってきました。
これは調査のしがいがある!意気込む取材班は、まず、大阪や関西の人が何に「さん」や「ちゃん」を付けて、何には付けないのかを調べてみることにしました。
スーパーの売り場を見ると…
お邪魔したのは、スーパーマーケット。
大阪・八尾市などでスーパーを展開する会社の内田寿仁社長は、小さいころから大阪で過ごしてきたといいます。
社長が直接、売り場を案内してくれました。
まず手に取ったのは「さつまいも」。
内田社長
「代表的なのは、『おいもさん』ですかね」
そう、関西では、さつまいものことを「おいもさん」と呼びます。
私が取材するきっかけとなったのも「おいもさん」でした。
では、そのすぐ横に売っている里芋も「おいもさん」と呼ぶのでしょうか?
内田社長
「里芋にさんはつけないと思いますね。さつまいも限定のような気がします」
しかし、VTRを見ていた大阪出身のNHKの職員がこうつぶやきました。
「里芋のことを、うちでは『こいもさん』と言っていたかも」
調べてみると、地域によっては、こうした呼び名が定着しているそうです。
奥が深い、「さん」付けの世界…。
「さん・ちゃん」つく食べ物はほかにも…
さらに店を歩くと、内田社長は、「さん」や「ちゃん」を付けて呼ぶ食べ物をいくつか教えてくれました。
・「さつまいも」=「おいもさん」
・「豆」=「おまめさん」
・「かゆ」=「おかゆさん」
・「いなりずし」=「おいなりさん」
・「あめ」=「あめちゃん」
昔から食べられているものが多いように感じますが、共通点は不明です。
スーパーの内田社長も「『さん』や『ちゃん』を付ける理由や、その基準は分からない」と首をかしげるばかり。
商品名にも「さん」 その由来とは!?
スーパーで売られていたものの中には、商品名に「さん」を付けていたものがあり、製造した神戸市の老舗・食品メーカーを訪ねてみました。
全国で豆製品などを販売している、この会社。
豆に「さん」を付けて、商品を売り出したのは1976年。
広報担当の大槻恵子さんが社史を調べて、見せてくれました。
広報担当 大槻恵子さん
「『まるまるした豆のかわいらしさ』、『親しみやすさ』を表すものとして商品名に選ばれたと書かれていまして」
古くから生活に欠かすことができなかった豆に、もっと親しみを持ってほしい。
その願いを込めて創業者が名付けたと言います。
広報担当者が挙げた「親しみ」ということばがキーワードになりそうな予感はしましたが、ここでは、それ以上の詳しい経緯は分かりませんでした。
起源は「御所ことば」
取材を続けていると、関西のことばに詳しい専門家にたどりつきました。
奈良大学の岸江信介教授です。
岸江教授は、食べ物などに「さん」を付ける習慣について、もともとは宮中に仕えていた人たちが使っていた「御所ことば」が起源だと考えられると指摘します。
この「御所ことば」、室町時代の文献にあらわれますが、その後、武家の女房たちの間でも使われるようになったといいます。
ことばの前に「お」をつけるのが特徴で「おひや」や「お造り」といったことばがその代表例です。
こうしたことばを、さらに丁寧にするために付けたのが「さん」付けだったと考えられるというのです。
しかし、「御所ことば」はどのようにして大阪などに広がっていったのでしょうか?
岸江教授が挙げたキーワードは「秀吉」と「商人」でした。
宮中のことばである「御所ことば」が時と共に京都の街中に浸透していったといいます。
その後、豊臣秀吉が大坂城を築城するのに合わせ、城下町が整備されると、そこに集まってきた京都の商人から「御所ことば」が大阪にも定着。
各地を渡り歩く商人によって、関西一円に広がっていったというのです。
奈良大学 岸江信介教授
「もともとは、敬語として『さん』は使われてきました。しかし、庶民の間では親しみを表すことばとして広がりました。それで『おいもさん』とか、『おかゆさん』とか、『おまめさん』みたいな形で『さん』をつけたということじゃないかと思います」
本来は敬語として使われていた「さん」づけが、しだいに「親しみ」を込めたものへと変化していったというのです。
では、「さん」を付けるものと、付けないものの線引きはどこにあるのでしょうか?
岸江教授によれば、長い単語には付きにくく、2文字から3文字のことばに付く傾向が多いとしています。
なぜあめは「ちゃん」なのか?
しかし、ここで新たな疑問が生まれます。
「あめ」は2文字で、「さん」を付ける条件には当てはまっているのに、なぜ、「あめさん」ではないのか?
次に取材班が向かったのは、半世紀以上にわたってあめを作っている大阪の会社。
この会社、実は、かつて、「あめちゃん」という商品を販売していました。
ド直球なネーミングの訳を開発を担当した木下堅太さんに尋ねてみると。
開発担当 木下堅太さん
「そのままズバリあめちゃんという商品があってもいいんじゃないか。あめちゃん、そのものやんかっていうツッコミが欲しくて開発しました」
さすが大阪。
商品に突っ込んでほしいという思いが込められていたそうです。
しかし、なぜ、「あめさん」ではなく、「あめちゃん」というネーミングにしたのか。
「だって、あめはもともと『ちゃん』付けやから、疑問の余地がない。『あめさん』とは言わんよね」という木下さんにお願いして、一緒に考えてもらいました。
開発担当 木下堅太さん
「昔は商店街のようなところで買い物をしていて、そうすると、結構、出会いがあるわけですよ。お店の人との出会い、常連さんどうしの出会い。そのときにちょっと何かあったほうがいい。そのちょっとにあめが非常に役立つのかなと思うんですよね。会話のきっかけに使うというか。『あめちゃん』のほうが親近感わくし、『あめちゃん』であるのは必然ですよね」
「あめちゃん」は必然!とまで言い切る木下さんですが、やはり詳しい理由は分からず。
時代とともに「さんづけ」も変化
ここで再び奈良大学の岸江教授に尋ねてみると、実は京都ではもともと「あめちゃん」ではなく、一般的に「あめさん」と呼ばれていたようです。
それが大阪で「あめちゃん」という呼び方に変化したというのです。
詳しい経緯は分からないようですが、親しみを込めて、「さん」付けしていたはずが、いつの間にか「ちゃん」付けに。
それだけ大阪の人たちにとって、あめは身近な存在であるということなのかもしれません。
食べ物に「さん」や「ちゃん」を付ける経緯を調べてみましたが、今回、街でインタビューした若い世代の中には、「お豆さん」や「おかゆさん」といった表現はしない、という声も聞かれました。
「あめちゃん」は若い世代にも定着している印象ですが、「さん」付けする対象も時代によって変わっていくのかもしれません。
記者として、その変遷を今後も追っていきたいと思います。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
「あめちゃん、食べる?」
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