ALS女性嘱託殺人 被告の医師に対し懲役18年の判決 京都地裁

5年前、難病のALSを患う京都市の女性を、本人からの依頼で殺害した罪などに問われ無罪を主張していた医師に対し、京都地方裁判所は5日の判決で「短時間で軽々しく犯行に及び、生命軽視の姿勢は顕著で強い非難に値する」と述べて、懲役18年を言い渡しました。

医師の大久保愉一被告(45)は5年前、元医師の山本直樹被告(46)とともに、全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病のALSを患っていた京都市の林優里さん(当時51)から依頼を受け、薬物を投与して殺害したとして嘱託殺人などの罪に問われました。

大久保被告側は「処罰することは、林さんの選択や決定を否定し、自己決定権を定めた憲法に違反する」として、無罪を主張していました。

5日の判決で京都地方裁判所の川上宏裁判長は「自己決定権は、個人が生存していることが前提であり、恐怖や苦痛に直面していても、みずからの命を絶つために他者の援助を求める権利などが導き出されるものではない」と述べ、被告側の主張を退けました。

そのうえで、「医師でありながら、SNS上の短いやりとりのみで、診察や意思確認もろくにできないわずか15分程度の面会で軽々しく殺害に及んだ。130万円を受領してから犯行に及んだこともあわせると、被害者のためを思っていたとは考えにくく、利益を求めた犯行だったと言わざるをえない。被告の生命軽視の姿勢は顕著で、強い非難に値する」と述べました。

川上裁判長は、大久保被告が山本被告らとともに問われた13年前、山本被告の父親を殺害した罪についても「大久保被告が計画を練り上げ、重要で不可欠な役割を果たした」と指摘したうえで、懲役18年を言い渡しました。

大久保被告側は控訴する方針です。

林優里さんの父親「娘が帰ってくるわけではない」

亡くなった林優里さんの父親(83)は、判決のあと会見し「刑が重くても軽くても娘が帰ってくるわけではなく、第2、第3の優里が出ないことを願うばかりです」と話しました。

そのうえで「今回の事件によって、ALSという病気が世間に知られ、患者の苦労に目が向けられるようになった側面もあると思っています。ALS患者が娘のように『他人によって生かされている』とめげてしまわないよう、介助や介護の体制をもっとよくすることにつながってほしいです」と訴えました。

ALS患者の当事者「誰もが当たり前に生きられる社会を」

ALS患者の当事者として会見を開いた増田英明さんは、「林さんの死にたいという一面的なことばや状況だけを切り取ること自体が差別です。私たちにとってはALSの仲間が殺された事実は変わることはなく許すことはできません。社会は生きられる人を生かす社会であるべきで、社会はそのためにあります。生きていたいと言わなくても、誰もが当たり前に自然に生きられる社会をどうつくるかに目を向けて考えてほしいです」と訴えました。

また、同じくALS患者の岡部宏生さんは、「林さんは死にたいという思いと生きたいという思いを持っていました。そんな人を殺してしまったのです。そんなことが許されるわけがありません。生きることを支え続けられる社会であること。何より人の命について深く考えられる社会になってほしいとせつに願います。これは私たち障害者や難病患者だけの問題ではありません。すべての人が当事者となる問題なのです。林さんが戻ってこないことに深い悲しみを禁じ得ません」と訴えました。

京都地方裁判所 嘱託殺人の罪に問うべきでない要件を示す

判決で京都地方裁判所は、患者などから嘱託を受けて殺害に及んだ場合に、社会的相当性が認められ、嘱託殺人の罪に問うべきでない事案があり得るとして、最低限必要な要件を示しました。

【前提となる状況】
まず前提として、
▼病状による苦痛などの除去や緩和のためにほかに取るべき手段がなく、
かつ、
▼患者がみずからの置かれた状況を正しく認識した上で、みずからの命を絶つことを真摯(しんし)に希望するような場合としました。

【要件1 症状と他の手段】
そのうえで、医療従事者は、
▼医学的に行うべき治療や検査等を尽くし、ほかの医師らの意見なども求め患者の症状をそれまでの経過なども踏まえて診察し、死期が迫るなど現在の医学では改善不可能な症状があること、
▼それによる苦痛などの除去や緩和のためにほかに取るべき手段がないことなどを慎重に判断するとしました。

【要件2 意思の確認】
さらに
▼その診察や判断をもとに、患者に対して、患者の現在の症状や予後を含めた見込み、取り得る選択肢の有無などについて可能な限り説明を尽くし、それらの正しい認識に基づいた患者の意思を確認するほか、
▼患者の意思をよく知る近親者や関係者などの意見も参考に、患者の意思が真摯なものであるかその変更の可能性の有無を慎重に見極めることとしました。

【要件3 方法】
また、患者自身の依頼を受けて苦痛の少ない医学的に相当な方法を用いるとしました。

【要件4 過程の記録】
そして、事後検証が可能なように、これらの一連の過程を記録化することなど、あわせて4つの要件が最低限、必要だとしました。

これを踏まえて、今回の事件について判決では「被告は、林さんの主治医やALSの専門家ではなく、症状やカルテを確認しておらず、診察や面会すらしたことがなかった。これまでの経過なども踏まえた林さんの現在の症状や予後の見込みなどを正確に把握しないまま、主治医や家族などにも知らせることなく秘密裏に初めて会ったばかりの林さんをわずか15分程度のうちに殺害するに至り、経過についても検証可能なように記録化していない。被告の行為に社会的相当性は到底認められず、嘱託殺人罪の成立を妨げるものではない」と判断しました。