追跡!日本のメディア名乗る不審なサイト 誰が何のために

銀座新聞』『今日の福井』『福岡新聞

一見、地域の情報を伝えるニュースサイトのようだが、「福井」なのに福岡県のニュースが掲載されていたり、日本語に混じって英語のニュースが掲載されているなどおかしな点が。

また、目についたのはなぜか暗号資産の広告。
購入を促す説明や購入のためのリンクも掲載されている。

そして、記載されている「編集部」の問い合わせ先は、使われていない電話番号や、実在しないメールアドレスなど、不審な点が多い。

こうした「日本のニュースメディア」を名乗る不審なサイトが、少なくとも10数サイト見つかった。

誰が何のために運営しているのか、追跡した。

電話番号が勝手に…

2月中旬。取材班は群馬県のある集落にいた。

ニュースメディアを名乗る不審なサイトの「コールセンター」として書かれた電話番号の持ち主を探していた。

サイトは「福井」のメディアを名乗っていたが、電話帳で調べると、該当する住所はなぜか群馬県だった。

取材する記者

住所をもとに、一軒家を訪ねると玄関に高齢の男性が現れた。

「このニュースサイト、見たことありますか?」

私たちの問いかけに、けげんそうな顔でこう答えた。

「ない。電話番号はここだけど…」

全く心当たりがないという様子だった。
何者かが男性の電話番号を勝手にサイトの問い合わせ先として使っていたのだ。

世界中で確認された”不審なサイト”

先月初め、メディアを名乗るこうした不審なサイトが世界中に出現していたことが明らかになった。

見つけたのは、カナダの研究機関「シチズン・ラボ」で偽情報などを調査・研究しているアルベルト・フィッタレッリ上級研究員。

きっかけはイタリアで見つかった不審なサイトだった。

地元のメディアを名乗って、フェイク情報や偏った意見のニュースを多く配信している不審なサイトが複数見つかったとイタリアの新聞社が報じた。

フィッタレッリさんが、世界中のウェブサイトを調べたところ、世界30か国に123のサイトが見つかったという。

その国の言語と実在の地名を使って、その国にありそうなメディアを装っていると指摘している。

30の国のうち、最も早い時期に開設されたのが日本のサイトで、その数は15に上り、韓国に次いで2番目に多かった。

日本語で作られたサイトの名前を見ると「銀座新聞」「今日の福井」「福岡新聞」など、一見日本のニュースメディアのようにも見える。

大量の記事 いったいどこから?

これら15の日本語のサイトにアクセスすると、スポーツや芸能、地域の話題まで、国内メディアのニュースサイトとほぼ変わらない記事が並んでいた。

※専門家はアクセスしないよう呼びかけている

毎日、最新の話題が配信されていて、記事も写真も実際にあった出来事ばかりだ。

過去の履歴を見てみると、4年以上前の日付の記事もあった。

しかし、記事のタイトルや本文の記述をインターネット上で検索してみると、全く同じタイトルのネット記事が検索結果にいくつも見つかった。

これは他社の記事をそのまま使っているのではないか

私たちはその実態を公開情報から追跡することにした。

掲載記事10万本のデータを分析

注目したのは、記事に埋め込まれた「リンク情報」。

記事のテキストや画像などがどのサーバーから配信されているのかを知ることができる。

私たちは2月下旬にアクセスできた11のサイトに掲載されていた合わせて10万件余りの記事のデータを収集し、リンク情報を分析した。

取材班

それぞれの記事の画像がどのサーバーから配信されているのかを集計すると、11のうち10のサイトに掲載されていた記事のほぼすべてが、他社のメディアから配信されていた画像を使っていたことがわかった。

画像の配信元をみてみると、日本の大手ニュースサイトのほか、ITやスポーツ、自動車などの業界ニュースを扱うネットメディアなどだった。

分析したデータのなかで最も多い、延べおよそ7000本の記事で画像が使われていた日本のあるニュースサイトにこの実態を伝えると、これらの記事は自社のウェブサイトから無断に転載されたものだとして、次のようにコメントした。

記事が使われたニュースメディア
「弊社は許可を行っておらず無許可の転載です。弊社および弊社への協力者の著作権を侵害しており、警告に応じない場合や弊社に生じた実害の程度によっては刑事告訴の実施を検討します」

さらに、NHKのニュースサイトからも画像が配信されていたことが分かり、少なくとも1200本余りの記事でタイトルや画像が使われていた。

偽ニュースメディアに転載されたNHK記事

これら不審なサイトは、実際には他社の記事を使って実在のメディアをよそおう、いわば「偽ニュースメディア」だったのだ。

転載されたメディアは

無断転載に気付いて対策を講じようとしているメディアもあった。

ドイツに住んでいる日本人向けに情報を配信している『ドイツニュースダイジェスト』。

データをみると、少なくとも178本の記事が使われていた。

取材する記者

サイトの担当者に話を聞くと、3年前の2021年1月ごろ、偽ニュースメディアの1つ『福岡新聞』に自社が配信した記事が無断で転載されていることに気付いたという。

調べたところ、自動で記事や写真が転載される仕組みになっていたため、通信をブロックして転載されないようにした。

しばらく転載は止まったものの、ことし1月、偽ニュースメディアがインターネット上の住所にあたる「IPアドレス」を変更したことで、再び自社の記事などが転載されるようになったという。

直接、削除を要請するため、連絡先として記載されていたメールに連絡したが、エラーメッセージが返ってきた。

いまは、どうすることもできない状態のままだという。

ドイツニュースダイジェスト 担当者
「購入した画像や個人が撮った画像を、弊社の著作物として公開しているので、とても困っている。ブロックしても相手がどんどんIPアドレスを変え、いたちごっこのようになる。根本的にこの問題を解決できるといいが、どうしたらいいのかわからない状況だ」

追跡!誰が何のために?

このようなサイト、誰が何のために運営しているのか。

いくつかのサイトには「問い合わせ先」や「コールセンター」だという電話番号やメールアドレスが掲載されていた。

そのうちの1つが、冒頭で訪ねた全く関係がない群馬県の一軒家だった。

ほかの連絡先にも電話してみたが、現在は使われていない電話番号ばかりだった。

さらに取材を進めると、NHKの記事を使っていた偽ニュースメディア『銀座新聞』の連絡先として登録されていた番号に電話がつながった。

電話口に出たのは女性。

サイトの記事について聞きたいと伝えると、何のことかわからないと言う。

この番号は東京・新宿区にある東京都の関連団体の事務所の番号だったが、この団体も偽ニュースメディアとは全く関係がないと話した。

サイトの背景をデジタル調査

運営者につながる情報がないか、詳しく調べるため、私たちは横浜市のセキュリティー会社「マクニカ」に協力を依頼した。

ウェブサイトの情報を分析した結果、これら日本語の15サイトすべてが、ある1つの「IPアドレス」から発信されていることがわかった

そのIPアドレスは海外のサーバー事業者が提供しているものだった。

さらに、サイトを構成しているプログラムの痕跡を詳しく解析すると、サイトを構築したユーザーが使っていた「ユーザー名」も同じものだったことがわかった。

つまり、ある同一の個人またはグループが、15サイトすべての設置または運営に関与している可能性が高い

しかし、その個人やグループの名前や住所につながるような手がかりはこれ以上は見つからなかった。

一方で、調査した専門家はこれらのサイトにアクセスする危険性について次のように指摘した。

マクニカ セキュリティエンジニア 掛谷勇治さん
「サイト上にウイルスは見つからなかったが、気付かないうちに詐欺サイトに誘導されるなどの危険性があるので、むやみにアクセスするのはやめてほしい」

世界の偽サイト ”特定の国・団体”が関与?

サイトの運営者はいったい誰なのか。

サイトを見つけた「シチズン・ラボ」のフィッタレッリさんは、特定の国家や団体が偽ニュースメディアの運営に関与していると主張している。

記事の内容を分析すると、新型コロナウイルスの起源だと特定の国を指摘した個人を非難する論調や、外国の住民を対象に非人道的な生体実験を行おうとしている国があるなどという陰謀論を掲載するなど、一定のバイアスがかかっているというのだ。

そして、偽ニュースサイトに掲載されていた広告の配信に使われていた広告IDを調べたところ、一部のサイトで共通のIDが使われていたことが分かり、このIDから、中国・深センにあるPR企業の関与が浮かび上がったと指摘している。


こうした情報から判断して、これら偽ニュースメディアは特定の国家や団体がネットを通じて世論に影響を与えようとする「デジタル影響工作」の一環として構築された可能性があるとフィッタレッリさんは主張している。

「シチズン・ラボ」 アルベルト・フィッタレッリさん
「これらのサイトは、中国に本社がある企業が運営しているとみている。特定の層向けのサイトを構築して徐々に読者を広げ、世論に浸透させていき、政治的な内容を流すことを意図している可能性がある」

一方で、中国・深センのPR企業に私たちが取材を試みると、短くメールで返信があった。

「レポートは直接確認していない。私たちが関わっているという判断は間違いで、なぜあなたたちがそのようなことを質問するのかがわからない」

その後も、電話やメールで問い合わせたが、返事はなかった。

日本語でもフェイク記事?

日本語の偽ニュースメディアでも世論への影響をねらった記事が配信されていたのか?

取材班が調べてみると、明確な根拠を示さずに「横須賀に停泊していたアメリカの軍艦で放射性物質が漏れる事故があった」と主張する記事が、複数の偽ニュースメディアに掲載されていた。

偽ニュースメディアのフェイク記事

しかし、横須賀市に取材すると「全くそんな事実は確認していない」と否定し、フェイクだとみられることがわかった。

一方、複数の偽ニュースメディアが共通して配信している話題もあった。

暗号資産投資について、英語や日本語で広告やプレスリリースを配信しているサイトから、少なくとも7000本の記事が使われていた。

暗号資産や株への投資を促す説明や購入のためのリンクが繰り返し紹介されていた。

フェイク情報の悪用に関しては、ことし1月には暗号資産のビットコインに関する偽の情報が流れて、価格が乱高下して市場が混乱する異例の事態も起きていて、経済や株価の操作なども懸念されている。

”デジタル影響工作”とは

偽ニュースメディアの目的は果たして何なのか。

フィッタレッリさんが、その目的だと主張している「デジタル影響工作」とはどういったものなのか、サイバーセキュリティーに詳しい明治大学理工学部の齋藤孝道教授に話を聞いた。

明治大学理工学部 齋藤孝道教授
「SNSやネットを通じて、人々の考え方や行動をある方向に誘導しようというもので、手法としてはネットでのマーケティングやコマーシャルと似ている。『デジタル影響工作』はネットマーケティングの手法に加えて、人間が情報を認知する特性を悪用して、政治的な目的を達成するために行われることが知られている」

デジタル世論工作が注目を集めるようになったきっかけは2016年の米国大統領選挙で、そのときにも今回見つかった偽の情報を流すサイトとよく似た手法が使われていたという。

齋藤孝道教授
「当時、ヒラリー・クリントン候補のスキャンダルやフェイク情報がSNSやネットを通じて広まったが、事前にフェイク情報を流すサイトがいくつも立ち上げられていた。SNSなどでスキャンダルを知った人が検索したときにこうしたサイトが表示されるように仕組まれ、スキャンダルの信ぴょう性を高めるために使われていた。今回の偽ニュースサイトの目的や背景は分からないが、そういった目的で仕込まれていたかもしれない」

ある特定のストーリーをネットで検索したとき、誤ったり偏ったりした情報であっても、検索結果として同じような情報が複数表示されることで、一部の人は信頼できると感じてしまう可能性があると齋藤教授は指摘した。

実際、今回見つかった日本語の偽ニュースメディアの記事タイトルをネットで検索すると、日付が古い記事は、転載元のニュースサイトは表示されず、偽ニュースサイトばかりが上位に表示されるケースがあった。

政治的な論調の記事は見つからなかったものの、投資に関する記事やフェイクの記事はいまも掲載されていて、検索され誘導されてしまう危険性は否定できない。

身を守るにはどうすれば?

特定の意見に誘導するような偽ニュースメディアが出現した場合、対策はあるのか。

デジタルに関する法制度に詳しい明治大学公共政策大学院の湯浅墾道教授は、日本ではいくつかの方法が考えられると、指摘する。

明治大学 公共政策大学院 湯淺墾道教授
「明らかに著作権を侵害していたり、誰かの名誉を毀損したりするような法律に違反する情報に対しては、プロバイダーに削除要請や運営者情報の開示請求を行うことができる。また、選挙期間中に特定の候補や政党に関する虚偽の事実を公にする言説は公職選挙法によって罰則が設けられていているし、株価や企業業績を操ろうとして意図的に流された情報は金融商品取引法などで禁止されていて取り締まりの対象となっている」

一方で、ネット上で意見を表明できる自由とのバランスも考慮しなければならないと指摘した。

湯淺墾道教授
「インターネット上の表現行為は『表現の自由』だけでなく、『知る権利』や『検閲の禁止』という憲法上の規定に関わってきていて、情報の内容を見てこれは止める、これは止めないという検閲をしてはならないと憲法で明確に規定されている。一方で、日本の世論に対する外国の介入を避けるために、メディアへの外国資本を規制するなどしている。さらに『表現の自由』についても、例えばドイツでは歴史的な経緯から、民主主義を破壊するような『表現の自由』はないという考えが一般的に理解されている。その相反する2つの観点をどうバランスを取っていくかということが課題だ」

そのうえで、私たち一人一人ができることについては次のように話している。

「ネット上の情報には真実もフェイクも玉石混交だということを認識したうえで、特定の情報だけを摂取するような『情報の偏食』になっていないか、気をつけることが重要。自分の考え方とあわなくても、こういう考え方をしている人もいるんだと認識できるようにすることが大事だ」

(デジタルでだまされない取材班:杉田沙智代・斉藤直哉・絹川千晴・芋野達郎)