亡き夫の遺志を継ぐ伝統のそうめん

亡き夫の遺志を継ぐ伝統のそうめん
奈良県の山あいの村に去年、女性で初めてとなる伝統の「三輪そうめん」の製麺所が開業しました。

製麺所を開いたのは4年前、そうめん職人だった夫を突然の事故で亡くした女性。その遺志を継ごうと「そうめんづくり」の道を選びました。

幼い3人の子どもたちを育てながら、そして周りの人に支えられながら、厳しい製品の基準をクリアするため“試行錯誤”を繰り返す、その姿を追いました。
(奈良放送局カメラマン 熊田千乃)

奈良市から南に約50キロ 緑豊かな村の中で

奈良県のほぼ真ん中「奈良のへそ」とも呼ばれる黒滝村。人口は600人ほど。面積のおよそ97%を森林が占めています。

吉村優子さん(39)は、ここで「三輪そうめん」の製麺所を去年5月に開きました。

朝4時前、まだ外は暗いなか、6歳と3歳の双子、やんちゃな3人の男の子たちの寝顔を見たあと、そうめんづくりの1日は始まります。

三輪そうめん 寒い冬が生産の最盛期

奈良県特産の「三輪そうめん」はおよそ1300年前に、飢きんをしのぐ保存食としてつくられたのが始まりと言われています。

しっかりとしたコシと細さが特徴で、のびにくいそうめんです。
そうめんといえば「夏」のイメージがありますが、実は湿気が少ない冬の時期が生産の最盛期です。

伝統ゆえに厳しい基準が

吉村優子さん
「乾かしすぎて切れちゃった。全部です。切ない。難しいですね」
この日は麺の熟成時間を少し短くしたことで、麺が硬くなり、切れてしまいました。

「三輪そうめん」は、厳密に小麦粉の種類や水分量、タンパク質量といった基準が定められていて、製造作業ごとにも品質保持に向けた基準が定められています。

その高い品質のそうめんをつくるためには、その日によって変わる気温や温度などの気象条件を読んで、麺生地をこねる具合や乾燥時間などを変えていく必要があります。

そうめん職人の道を極めるには、数十年もかかると言われています。

そうめんとの出会い

優子さんがそうめんづくりに関わったのは10年ほど前。夫の利宏さんとの結婚がきっかけでした。
東京都から夫婦で移住し、利宏さんの家業のそうめんづくりを手伝うようになり、夫婦でそうめんをつくってきました。

しかし4年前、利宏さんは不慮の事故で突然亡くなりました。双子を妊娠中のできごとでした。
優子さん
「亡くなった時から1年間は記憶がないんですよ。本当に、ショックすぎて。もう、とりあえず産まなきゃみたいな。無事に出産するっていうのが第1だったんで」
長男が生まれてすぐ、利宏さんは突然、自家用車をそれまでより大きな車に買い替えました。まだ双子を妊娠する前でしたが、まるで家族が増えることを予想しているかのようだったと言います。

頼りにしていた夫の突然の死。不安で押しつぶされそうな日が続きました。

“私も職人になりたい”

残された3人の子どもと優子さん。

仕事はどうするのか?
実家のある関東に戻るのか?
これからの生活は?

途方に暮れる中、心に決めたのは、利宏さんと行ってきたそうめんづくりを続けていくことでした。
優子さん
「もう“そうめん”以外は考えられなかったし、それ以外の選択肢が思い浮かばなかった。双子でも長男でもパパがこういう仕事をしていたんだよって知ってもらえるだけでもいいかなって。旦那さんとそうめん屋さんやっていたんだよって」
それでも、多額の費用がかかる製麺所を開くことを決断するのは、簡単なことではありませんでした。
優子さん
「迷いはありましたよ。めっちゃ迷いましたよ。生活をどうしていこうかって。でも村の人とか役場とかいろんな人に相談して、もう本当にいろんな人の手を借り、つてを使い、みんなが助けてくれたおかげで。まわりの人たちの支えで今の私がいます」

製麺所開業 あわせて3人の子育ても

優子さんはおよそ1年の修行を経て、三輪素麺組合やそうめん職人の先輩、地域の人の力を借りながら、新たな製麺所を開くことができました。最新の機械を導入し、従業員も雇いました。

しかし、まさに「イチから」のスタート。早朝から3時間作業し、子どもたちを保育園に送り、夕方まで製麺と出荷、電話対応などにあたります。

そして、夕方に子どもたちを迎えに行って、子どものごはんとお風呂。そして、寝るのは午後9時半。毎日この繰り返しです。

さらに機会があるときは、村の外に出て即売会にも参加し、販路を広げる努力も行ってきました。休む暇はほとんどありません。
優子さん
「なんか、泣くと崩れてしまいそうで、旦那さんを思いださないように。思い出したらそこで動けなくなってしまいそうで」
そんな毎日の中で、心の支えになっているのは、子どもたちの笑顔です。
優子さん
「原動力はやっぱり子どもたちの存在ですよね。奮い立たせてくれるのが子どもたちなので。子どものためだ!って言いきかせて」
優子さんの母も実家の神奈川から駆けつけ、家族を支えています。
優子さん
「(仕事と子育ての)両立はできてません。もう、おばあちゃんがいなかったら、生活しかできないと思う。本当は家の事もちゃんとやって、初めて両立してるっていうんでしょうけど、全然、全然できてません。もう全部中途半端になってます今。だからそれがうまい事できるようになるのも勉強だなって思ってます、毎日」

地域の人たちの応援も力に

優子さんは積極的に先輩そうめん職人から教えを求めにいきます。

この日は、うまくいかない作業についてそうめん職人歴40年の大先輩のもとへアドバイスをもらいに行きました。
「めっちゃかたくなっちゃって、これです。きょうの朝。送風、回しています」
「硬いときは送風はちょっと落としたほうがいい。1年の気温の上がり下がり、毎日均等だったらいいんですけど、やっぱり違うんでね。麺をコントロールできるようなそこまでにはかなりの年数がかかります。難しいで、そうめんは。けど、頑張るだけ頑張ったら、おもしろくなるよ」
極めるまでには数十年もかかるそうめん職人の道。

全力で頑張る吉村さんを村の人たちも優しく見守っています。
「一生懸命頑張っとる。頑張りすぎはあかんで。しんどなったらあかんからな」
優子さん
「いやもうめっちゃ応援してくれてます。もう、いろんな人に会うたびに、大丈夫かって、絶対に大丈夫か?から言われるんです。心配してくれてる、何かすごい分かるから、ありがたいなって」
多くの人の応援を受けながら、少しずつ上達してきた優子さん。

目標にしてきたのが、製品を桜井市にある三輪素麺組合に出荷することでした。
優子さん
「三輪素麺組合に卸せるっていうのは組合員として認められたっていう感じがあります」
ただ、出荷のためには厳しい基準の「製品検査」に合格しなくてはいけません。

毎日、湿度や温度のデータを取り、麺の状況を確認。安定してよい製品ができるよう、地道な努力を続けます。

いよいよ運命の「製品検査」

去年12月、三輪素麺組合の検査の日がやってきました。

丹精込めてつくり上げたそうめんを車に載せて、組合に向かいます。

検査では、麺に含まれる水分量や重さなど細かくチェックしていきます。
この日、10グラム当たりの本数がクリアできているか、一番不安に感じていた優子さん。緊張しながら祈るように検査を見守ります。


結果は…「合格」!
吉村優子さん
「うれしいですよ!やっと、やっとなので。今まで従業員たちと一緒に作ってきて、これでOKをもらえたのは、みんなの力があってなので。全員で『合格』って言われたような気持ちです」
「(利宏さんは)めっちゃ笑ってると思います。『下手くそ』って。でも旦那のそうめんには近づけてる。近づこうとしている。製法を守りつつ、きれいに、おいしいそうめんを目指したいなと思っています」
悲しみを乗り越えて、ようやくスタートラインに立った吉村さん。

豊かな自然に囲まれながら、そして家族の笑顔を糧に、「そうめん職人」の道を歩んでいきます。

《取材後記》

吉村さんはいつも笑顔で明るく元気いっぱいの女性で、自分にはないものをたくさんもっているすてきな人だなと思ったのが取材をしたいと思ったきっかけです。
取材を通じて、頑張る吉村さんをあたたかく見守る周りの人たちの優しさも感じて、三輪そうめんにかかわる皆さんも、黒滝村も、そして吉村さん一家もみんな大好きになりました。

取材を開始した時期はそうめんの製造が始まる前で、吉村さんのつくるそうめんを食べることができていないため、ことしの夏が楽しみです。
(1月26日 NHK「ほっと関西」で放送された動画です)
奈良放送局カメラマン
熊田千乃
2019年入局
広島放送局を経て現所属
奈良の伝統文化や「食」などをテーマにカメラで取材