小児がんと生きた小さな絵本作家

小児がんと生きた小さな絵本作家
「絵本作家になって世界中の人を笑顔にしたい」

小児がんの治療を続けながら、そう夢を語った少女は、12歳の誕生日に絵本「ビーズのおともだち」を出版。作家として世界に届ける準備も始めていました。
 
しかし3か月後、母親から連絡が。

「わかは、がんばりぬいて、お星さまになりました」
 
道半ばとなったわが子の夢を形にしたい母親。でも、娘の姿が浮かぶ絵本をめくることさえできない。
 
1年8か月、わが子の“夢の続き”と向き合う日々をみつめました。
(首都圏局ディレクター 藤松翔太郎)

治療中のベッドが「アトリエ」だった

12歳で絵本作家デビューを果たした、おおにしわかさんです。
わかさんは4歳の時に小児がんと診断され、8年にわたって入退院を繰り返してきました。

その入院中のベッドの上で自身の経験をもとに作った物語が、絵本「ビーズのおともだち」です。
「しとしとしと ざーざーざー。あめがつよくなってきました。
ベッドにいるわたしのこころも あめがふっているみたい」

ベッドの上で治療を受けながら何時間も一人で過ごすのは寂しいと感じていたわかさん。

あるとき、病室にあるいろんなものが妖精となってしゃべりかけてくれるというお話を思いつくと、空想が広がっていきました。その妖精たちとの毎日を物語にして書きとめていたのです。
わかさんがいつも入院中のベッドから見ている世界で、力をくれると感じてきたものを、色とりどりの妖精として描いています。

たとえば、病室にある「点滴」。抗がん剤治療や輸血など、わかさんにとっては治療のパートナーのような存在です。いつもそばにあるこの点滴の袋を、わかさんはある妖精に変身させました。
それは、カンガルー妖精の「てっちゃん」。

点滴には、薬の種類や患者名を間違えないよう、確認のためのシールが貼られていますが、その部分がカンガルーのおなかのポケットに見えたことから誕生しました。

そして、妖精たちの多くは、さまざまな色や形のビーズから変身します。
このビーズは、わかさんが通っていた病院で、治療を乗り越えるたびにもらうことができる特別なもの。

「ビーズ・オブ・カレッジ(勇気のビーズ)」という、アメリカで開発されたプログラムで、手術、抗がん剤、放射線治療など、小児がんの治療の過程でこどもたちが乗り越えたさまざまな“試練”を、色とりどりのビーズで表し、プレゼントします。

そして、そのビーズをスタッフと一緒にブレスレットなどにまとめながら、会話を重ねることで、子どもたち自身が乗り越えてきたいくつもの“試練”を目に見える形で振り返ります。
わかさんが化学療法や免疫療法のあとにもらった白色のビーズは、絵本の中では、白い羽を持つ妖精「てんくん」に。

手術のあとにもらった星型のビーズは、星の妖精「キラちゃん」に変身。

絵本の中で「がんばりパワー!」という魔法の言葉で励ましてくれる存在として登場しています。

絵本は、ひとり病室で過ごす時間に空想していた妖精の物語をもとに、わかさん自身が原画を作成。
プロの作家やイラストレーターなどのサポートを受けながら、12歳の誕生日だった2022年4月8日、絵本「ビーズのおともだち」として出版し、絵本作家デビューを果たしました。


わかさんはその3か月後、息を引き取りました。
「入院中のベッドの横で過ごした時間は、楽しい記憶が多い」

そう話すのは、わかさんの母・優子さんです。
初めて入院した4歳のころから、わかさんはベッドの上でよく家族や医療スタッフを驚かせる場面がありました。

小さく折りたたんだ折り紙に、何枚も絵を描き込んでつくった自作の絵本やティッシュの箱を使ったカメラ、お父さんに指令を出すおとうさんスイッチなど、身近なものを使って次々と作品を作り、披露。

毎日新しい作品を生み出し続けるわかさんのベッドは、まさに“アトリエ”そのものになっていました。
わかさんの母・優子さん
「なにかをつくってない日はほぼなくて、治療はつらいこともあるはずなんですけど、わかのおかげで楽しい記憶が多い。わたしたち家族も病院のスタッフもわかの作品ができるたびに心が和みました。同世代の友だちのように『一緒に遊んだもの』というような共通の話題を持つことがなかなかないので、わかはベッドの中でつくるものを介していろんな人とお話ができるのがすごく楽しかったのだと思います」
絵を描いたり、工作をしたりし始めると何時間も没頭し、楽しそうに披露する姿は、いつしか家族と医師の間での「健康のバロメーター」にもなっていたといいます。
優子さん
「わかの場合はあまり食欲があるほうじゃなくて、食の進み方で体調をはかりづらいところがあったのですが、『今日はたくさん作っていました』『今日は動画ばかり見ていました』というように好きなことをどれだけできているかが健康の指標になっていました。人を喜ばせることが好きな子なので、一生懸命気持ちを表現すれば、みんなが笑顔になるし自分も楽しいということが続いて、それが絵本づくりにつながっていったと思います」

語っていた夢とは

小学生になったわかさんはオンラインで授業に参加することが続きましたが、大好きな絵を通してクラスの友だちともつながっていました。

教室の掲示物や学級新聞などを通して“アートディレクター”のような役割を担っていたのです。

わかさんは病室にいながら、タブレットとタッチペンを器用に使いこなし、内容に合わせて独自のイラストを作成したり、紙面などのレイアウトも自分で考えたりしながら、ひと味違う掲示物を生み出していました。

そんなわかさんが学校で、クラスメートや保護者の前で発表した将来の夢があります。
小学3年生のわかさん
「私の夢は絵本作家。絵本作家になって世界中の人を笑顔にしたい」
12歳で絵本作家デビューを果たした直後から、わかさんは次の目標に向けて動き始めていました。英語版の制作です。

絵本の中で妖精たちが語りかける魔法の言葉「がんばりパワー!」は、自分自身を信じて鼓舞してきた、わかさんの気持ちに一番近いと感じる言葉「Believe and Be Brave!」と表現。

わかさんにとっても家族にとっても大切なこの英語版の魔法の言葉は、わかさん自身がオリジナルのデザインを考案。

病室で丁寧に仕上げながら、海外の人にも絵本を届ける準備を続けていました。
「世界中の人を笑顔にしたい」という、わかさんの夢の続き。

優子さんはその願いをかなえたいと思う一方、1年以上葛藤し続けてきました。
優子さん
「わかがつくった絵本はすごくかわいいし、一枚一枚のページに思いがありすぎて、絵本をめくることができなくなってしまって。でも、頭の中では、わかの『世界中の人を笑顔にしたい』という言葉がずっとあって。英語版は、わかがいる間に進んでいたことだったし、できれば進めたい。でも進めるのがつらい」
英語版の制作は、ただ日本語を英語に直すという単純な作業ではありません。一つ一つの言葉に込められたわかさんの気持ちを何度も反すうしながら、その言葉に一番近いニュアンスの英語表記を、新たに探していく作業が待っていました。

意を決して、英語版の制作に力を貸してくれる仲間とのやりとりを始めても、ページをめくるとわかさんとの思い出があふれてくる。

「無理をしないでいいよ」

「気持ちが前に向いたら進めよう」

なんども仲間たちに声をかけてもらい、時には待ってもらいながら、ひと言ひと言、絵本が海を渡るための言葉を紡いでいきました。

「“夢”の結晶」はついに世界へ

そして、去年秋、板橋区の印刷工場に優子さんの姿がありました。

英語版の制作が佳境を迎えていたのです。
優子さんのそばには、絵本の編集者にアートディレクター、デザイナーも。わかさんと一緒に絵本「ビーズのおともだち」を作ったプロたちです。

1年以上にわたり、優子さんと何度も話をしながら、サポートをしてきました。
アートディレクター 高橋まりなさん
「わかちゃんが描いた水彩画。優子さんがこれを英語版の表紙にしたいって」
英語版の表紙には、わかさんが特別に書き下ろしていた水彩画バージョンのイラストを採用。

冊子の節々に、わかさんが新たにデザインしたテキストも織り込まれています。
高橋まりなさん
「すごく微妙なニュアンスの部分について質問してもすぐに言語化してくれるのがわかちゃん。この妖精はこんな子だから表情はもう少しこう、というように思い描いている妖精たちの世界観が鮮明で、驚かされることが多くありました。私たちが仕事でやっているようなテクニックも横で見ていていつの間にか覚えていて、気づいたときにはアレンジまでするような子だったので、どこまで成長するんだろうわかちゃん、といつも思っていました」
さらに、色彩の微妙な強弱や繊細な雰囲気にいたるまで、わかさんならどうしたいと考えるかを話し合います。

日本語版を作る過程で、わかさんといわば“プロ同士”としてやりとりしてきたメンバーが、わかさんの微妙なニュアンスやこだわりまで想像しながら、英語版に詰め込んでいきます。
ニジノ絵本屋 編集者 いしいあやさん
「日本語版を作るときに、わかちゃんと何度もやりとりをしていて感じたのは、自分の大好きな世界観を表現するこだわりの強さでした。大人の作家さんと一緒に絵本を作る時と変わりなく、こんなところまでよく気づくなと思うことが多々ありました。なので、わかちゃんならどうしたいかという部分の取りこぼしがないか、制作チームみんなで1ページ1ページ何度も確認していった感じです」
そして、この日すべてのページの確認作業を終え、英語版の絵本「My Precious Beads」が完成しました。

海を越えた英語版「ビーズのおともだち」

英語版が完成したいま、優子さんは、わかさんの夢を応援してくれていた人々のもとを訪ね歩いています。娘の次なる一歩を報告するためです。
権守礼美さん
「あ、これわかちゃんが描いていたね。すごく覚えてる」
この日会いに行ったのは、治療のつらい時間も楽しい時間も一緒に過ごしてくれたファシリティドッグ「マサ」と、そのパートナー権守礼美さんです。

優子さんは、当時の思い出話に加え、この英語版の制作期間に少しずつ感じてきた心の変化を伝えていました。
優子さん
「英語版が作りたいかどうかという気持ちもどう進めたいかも、最初はすごくあいまいだったのに、みんなが話を聞いてくれて、やっぱりつくりたいんだねと言ってくれたんです。時間はかかりましたが、たくさん話をしながら進められたことがとても楽しく感じられるようになりました。日本語版も、英語版も、絵本をめくるのが楽しいと思えるようになっています。この絵本はわが子のようにかわいい絵本なので大事に子育てしていきたいです」
わかさんの治療や絵本づくりなどに力を貸してくれた多くの人たちに一人一人英語版を手渡しながら、わかさんの夢が続いていることを報告し続ける優子さん。今年に入り、うれしい知らせがあったと言います。

英語版「ビーズのおともだち」がアメリカの2つの小児病棟に献本され、海の向こうの子どもたちに届いたのです。
「絵本作家になって世界中の人を笑顔にしたい」

わかさんと、わかさんの夢を応援する人たちは夢の続きをどう育てていくのか。

これからも取材者として、そしてひとりの応援したい人間として 、見続けていきたいです。

(2月15日 「首都圏ネットワーク」で放送)
わかさんが紹介されたNHK Eテレ「あおきいろ」から
首都圏局ディレクター
藤松翔太郎
2012年入局
仙台局、福島局、報道局を経て現所属
がん、フェイク情報、原発事故などを継続取材