春闘 大手企業では満額回答も 非正規雇用で働く人の賃上げは

持続的な賃上げの実現が焦点となることし春闘の交渉が本格化しています。大手企業の中からは組合の要求に応じる満額の回答で決着する動きが出ていて、労働者全体の4割近くを占める非正規雇用で働く人の賃上げにつながるか注目されています。

ことしの春闘は3月13日が集中回答日で、多くの企業で経営側と組合側との交渉が始まっていて、大手企業の中からはすでに組合の要求に応じる形の満額で回答する動きが出ています。

自動車業界では、ホンダの労働組合がベースアップと定期昇給の相当分をあわせた総額で月額2万円の賃上げを要求したのに対し、会社は満額回答したほか、マツダは、労働組合が行ったベースアップ相当分と定期昇給をあわせた総額で月額1万6000円の賃上げの要求に対し、満額回答しています。

また、非正規雇用で働く人も高い賃上げで妥結する動きも見られます。

流通やサービス業などの労働組合で作るUAゼンセンによりますと、先週から流通業で満額での妥結の報告が相次いでいて、大手スーパー「イオンリテール」や「ダイエー」ではパートなどで7%を超える賃上げで妥結し、いずれも正社員の賃上げ率を上回っています。

ほかの企業でも春闘の交渉が本格化していて、正社員を中心に強まっている賃上げへの動きが、労働者全体の4割近く、全国でおよそ2100万人あまりにのぼる非正規雇用の人たちの賃上げにつながるのか注目されます。

大手企業労組 非正規雇用の組合員の賃上げ 交渉本格化

大手企業の労働組合では、正社員に加えてパートやアルバイトなど非正規雇用の組合員の賃上げを春闘の要求に盛り込み、経営側との交渉を本格化させています。

このうち全国で2200店舗を運営するドラッグストア大手、ウエルシア薬局の労働組合には、およそ4万2000人の組合員が加入し、組合員のうちの3万人はパートやアルバイトなど非正規雇用の従業員です。

店舗で働く従業員の多くはこうした非正規雇用の従業員で、労働組合では役員が店舗をまわって組合員から現場で感じる課題などを聞き取る活動を続けています。

2月には組合役員ら2人が東京 江東区の店舗を訪問し、勤続7年になるパートの男性から生活状況や時給の希望などを聞き取りました。

役員が「組合からの意見に会社も対応し従業員の声が実現できる」と伝え、春闘での希望を尋ねると男性は「物価が上昇しているので賃金を少しあげてほしい」と賃上げへの期待を話しました。

男性は「スーパーなどで値上げがあると買い控えることもあります。時給はこれまで何回か上がっていますが、物価が上がるスピードに追いついているのか気になります。希望を伝え、組合が会社に伝える感じでつながっていけばと思います」と話していました。

労働組合では集めた声を交渉での要求内容に反映させていて、組合幹部の打ち合わせでは「家計が大変だ」という声が多いことや、従業員を応募しても集まらず、人手不足を感じる店舗が多いことが伝えられました。

そして、1月20日には経営側からは社長や取締役が出席して、ことしの春闘で初めての労使交渉が行われ、カメラ取材が許可されました。

その場で労働組合の委員長は「値上げラッシュの波が止まらず私たち労働者の生活は日々厳しさを増していて、先行きが見通せず不安は非常に根深い」などと訴えました。

これに対して社長が「労働環境や条件をよくして働く人たちがいきいきと仕事できることが会社の願いでその思いは労使で一緒だ。ともに未来に向けていい会社を作っていきたい」と応答していました。

そして、委員長が物価高騰の中の従業員の生活を支え、人手不足に対応するため採用力を高める必要があるなどとして、パートやアルバイトの時給の引き上げを例年以上の高い水準で求めることを盛り込んだ要求書を手渡しました。

1回目の労使交渉のあと、経営側の高橋康司取締役は「特に都市部を中心に急速に人手不足が感じられていて競争力を保たないと採用競争にも勝てない。店舗の中心のパートやアルバイトの人たちのモチベーションは非常に業績に影響がある。賃上げを継続的にできないと競争に勝てないのでしっかりと組合の要求を受けとめていきたい」と話していました。

労働組合の中村大樹中央執行委員長は「従業員4万人を抱える労働組合として非常に重い責任を感じています。私たちが機運を高めてほかの同業他社の交渉も優位に進められるような役割を果たしたい。春闘の交渉や協議を通じて目に見えた成果を得ることが労働組合の存在を知ってもらういい機会だと思うので、会社側に思いを伝える努力をしていきたい」と話していました。

“非正規春闘” 労組がないパート・派遣社員などの取り組み

企業に労働組合がない場合などでも、パートや派遣社員など非正規雇用で働く人たちが集まって賃上げを求める「非正規春闘」と呼ばれる取り組みが始まっています。

「非正規春闘」は、パートや派遣社員の人たちなどがそれぞれの勤務先に賃上げを求めようと去年から始まった取り組みです。

ことしは個人で加入できる21の労働組合が勤務先120社に対し、一律10%以上の賃上げを要求しています。

1月はおよそ50人が東京 千代田区の経団連の前に集まり「現場は非正規労働者が支えている。大企業は労働者の声を聞いて待遇改善を行え」と声をあげました。

取り組みに参加する大島由紀さん(59)は、非正規雇用の旅行添乗員として働いています。

大島さんは20年以上、同じ派遣会社に登録して主に海外旅行の添乗に従事していて、16年前の2008年にもNHKの取材に応じ待遇改善を訴えていました。

しかし、それ以降も賃上げされたことはほとんどなく、現在の給料は時給でおよそ1900円だということです。

さらにコロナ禍以降、海外旅行のツアーが減って収入は不安定になっていて、物価の高騰が続くなか、事務の仕事などもして生活をやりくりしています。

姉と2人暮らしの大島さんは、このままでは老後のための貯金を取り崩さざるをえないと不安を感じています。

2月には、「非正規春闘」をすすめる組合の担当者と一緒に会社側と交渉に臨み、賃上げの要求を行いましたが、会社側は「応じられない」と回答し受け入れられなかったということです。

2月28日現在、会社からの回答は変わらないということですが、大島さんは、今後も会社側と交渉を重ねていく予定です。

交渉後、大島さんは「長引くかもしれませんが、諦めずに交渉を続けていきたいと思います。添乗員の仕事は心身ともにとてもハードですがこの仕事に就きたいという人がいる限り続けられるように処遇改善と待遇向上を目指していきたい」と話していました。

大島さんと一緒に交渉に臨んだ東京東部労働組合の菅野存執行委員長は「非正規春闘という枠組みで、同じように戦う仲間と一緒にアピールしていけるのは非常に心強いです。会社を支えているのは非正規も含めた労働者だと思うので、立ち上がって声をあげた働く仲間たちと共に処遇改善を勝ち取っていきたい」と話していました。

低い労組加入率 労組側から取り組みを強化

厚生労働省によりますと、非正規雇用で働く人は去年は国内で2100万人あまりと労働者全体の37%にのぼり、賃金の水準は正社員の6割から7割ほどで正社員との格差が顕著です。

非正規雇用の人たちの賃上げが実現しにくい背景の一つとして指摘されているのが、労働組合への加入率の低さです。

厚生労働省によりますと、労働組合に加入しているパートタイム労働者は141万人、組織率は推定で8.4%となっています。

組合に加入していても労働組合との間に距離感があり、賃上げを求める声などを交渉に反映しづらいことも課題です。

連合総研が2022年、全国のパートやアルバイトなどで500人を対象に行ったアンケート調査では、組合活動に「まったく参加しない」が62%にのぼりました。

さらに労働組合のイメージを複数回答で尋ねると、
▽「特にあてはまるイメージはない」が30%
▽「どんな活動をしているかわかりづらい」が18%
▽「身近に感じられない」が17%などとなりました。

こうした状況を受け、労働組合側からは非正規雇用の人の待遇改善を重視して取り組みを強化する動きが高まっています。

労働組合の中央組織「連合」はことしの春闘で格差の是正を掲げ、
▽労使が協定を結ぶ企業内最低賃金で時給1200円以上を求めるほか、
▽働きの価値に見合った水準に引き上げるとして、パートやアルバイトで働く人に対してもフルタイムで働く人の昇給ルールと同等の制度を導入することなどを求めています。

電話やメール、ラインなどでの相談にも応じていて、去年はパートやアルバイトの人から6800件以上の相談が寄せられたということです。

また、繊維、流通、サービス業などおよそ2200の組合でつくる産業別労働組合で、組合員のおよそ6割が非正規雇用で占めるUAゼンセンは、ことしの春闘で非正規については時給で70円の引き上げを目安にさらなる上積みを求める方針を掲げ、交渉を本格化させています。

専門家「経済の好循環実現へ 非正規の人たちの賃上げ重要」

春闘に詳しい日本総研の山田久客員研究員は、「物価が上がって生活が厳しくなっているので、非正規の人の賃金を引き上げていくことは、その人たちの生活を守っていく意味で非常に重要だ。マクロの面から見ても、全体の消費について非正規の人の賃金が増えないと経済全体が回っていくことは難しい。物価と賃金の好循環、デフレ脱却、経済の好循環を実現するには、40%近くを占める非正規の人たちの賃金を上げていくことが非常に重要になっている」と指摘しています。

その上で、大手企業の労働組合の活動について、「大手の非正規の人の賃金を上げると、競合企業も賃金を上げないと人が確保できないことになり、全体に賃金を上げていくという波及効果が大きい。既存の組合が非正規の賃金の引き上げに前向きになると、下がる傾向にあった労働組合の組織率が上がり、組合の活性化にもつながっていく」と指摘しています。

「非正規春闘」の動きについては、「既存の労働組合が十分に支援できてこなかった人たちや弱い立場の人たちを救済していく意味では、個人加盟のユニオンが活動している意義は非常に大きい」としています。