先生になりたい!吃音の大学生が授業に挑戦

先生になりたい!吃音の大学生が授業に挑戦
手書きでつづられた1通の手紙がNHKに届きました。

吃音(きつおん)のある教員志望の大学生からでした。

「教員の夢に挑戦できる授業イベントを開きます。教員になる自信をつけたいです。ぜひ応援に来ていただけないでしょうか」

記されていたイベントの名前は「号令に時間がかかる教室」

教員の夢に挑戦する大学生を取材しました。

※記事では、ご本人の意向を踏まえて、実際の話し方のまま表現しています。

(大阪放送局 記者 藤島新也 / 釧路放送局 記者 中山あすか)

号令に時間がかかる教室

その「号令に時間がかかる教室」は、去年12月、大阪・大東市で開かれました。

会場は、廃校になった学校の校舎を活用した施設。

吃音のある教員志望の大学生3人が教壇に立ちました。
生徒役は、授業を受けたいと応募してきた一般の人たちが務めます。

中には現役の教員や、大学生、吃音のある当事者もいました。

先生役を務めた1人が、大学3年生の藤原実緒さん。

手紙をくれた学生です。

「多くの人に吃音について理解してほしい」と開かれた授業で、まずは藤原さんが、吃音について説明します。
藤原実緒さん
「きょうは『号令に時間がかかる教室』ということで、吃音に関する授業を行いたいと思うんですけど、そもそも吃音とはどういうものか、えっと、考えていきたいと思います。吃音と聞いてどういうことを思い、う、うかべますか?」

吃音って何?

吃音は、話し言葉がなめらかに出てこないことがある発話障害のひとつで、日本には100万人以上いると言われています。

吃音が始まるのは2~5歳の幼児期が多いとされていますが、脳の病気や心的ストレスなどが原因で青年以降に発症する場合もあります。
吃音には、最初の音が何度も出る「連発」、初めの音が伸びる「伸発」、出だしの音が詰まってしまう「難発」があります。

周囲の人は「ゆっくり話して良いよ」「落ち着いて」などとアドバイスしがちですが、吃音の人は焦っている訳ではないので、「その話し方ではダメ」と言われたように感じてしまい、プレッシャーでより話しづらくなる可能性があります。大事なのは「ゆっくり聞く」こと。

藤原さんは、授業で吃音のある人への接し方について説明します。
藤原実緒さん
「吃音のある人と話すときには、リ、リラックスしてと言うようなアドバイスは必要なく、ゆ、ゆったりとした姿勢で聞くことが良いとされています。昔は吃音の人に対して、吃音には触れない方が良いという考え方がありましたが、吃音の人の孤立感や吃音は悪いことだという考え、考え、を強めてしまうということがあるので、現在は本人の気持ちを受け入れて、共感を示すことが大事になってきます」

「早く読め」と叱責されて

藤原さんに吃音の症状が現れたのは中学生のころ。

小学生までは人前で話すことが得意だったものの、中学生以降は、国語の授業の音読など、決められた文章を読むことが苦手になりました。
中学と高校の先生に憧れ、英語の教員を目指して大学の教育学部に進学した藤原さん。

ただ、1年生のときの講義で、吃音が出てうまく発表できなくなったことがありました。

すると、担当教員から「書いてあることを読むだけなんだから早く読め」と叱責されてしまったといいます。講義の間、まったく話すことができなくなってしまいました。

その担当教員からは「先生を目指すのは考え直した方が良い」と指摘されたといいます。
藤原実緒さん
「トラウマになっていて、大学では模擬授業や発表が、えっと、えっと、よ、よく頻繁にあるんですけど、自分の回が回ってきそうになると、その場面が蘇ってしまって、まだ当てられていないのに、えっと、涙が出てしまうことがありました。大学では、出欠確認の返事をすることがあるんですけど、『はい』という2文字すら言えなかったりして、『藤原さんはいないですね』となったりもするので、返事すら言えないというのは自分の中ですごく辛かったです」

学校で辛いことが多い。だから先生に

それでも藤原さんが教員を目指そうと強く思ったのは、吃音のある人たちと交流するイベントに参加したことがきっかけです。

吃音の当事者がカフェの店員を務めるイベントでした。
ここで、同じように吃音がある人と話す中で、多くの人が学校で辛い経験をしていることに気づいたからです。
藤原実緒さん
「先生が吃音に理解がなくて、吃音で答えられないだけなのに、『なんでこんな簡単な問題も答えられないんだ』と怒られたり、学校で辛いことがあったと話す方が本当に多くて。吃音のある人にとっては、国語の授業の音読など、今の学校現場は辛いことがまだまだたくさんあります。自分が教師になることで、吃音の子どもたちや、吃音以外の障害のある子どもたちにとっても、ちょっとでも安心できる環境を作れる教師になりたいなと」

「出欠確認」は苦しいけど

実は、吃音のある教員は、すでに各地の学校で活躍しています。

北海道中標津町の中学校で音楽の先生になって4年目の細野史孝さん。

吃音のある細野さんにとっては、生徒の名前を読み上げる「出欠確認」は大きなプレッシャーになります。
「…さ、さとう」「…たけだ」
特にサ行とタ行が苦手です。

唇が震えたり、音が詰まったりしながらも、1人1人の名前を呼んでいきます。

細野さんは、最初の授業で、自らに吃音があることを生徒たちに説明しています。

「言い終わるまで待ってほしい」「唇が震えたり、急に黙ってしまったりしても笑わないでほしい」と伝えています。

また、自宅でも練習を繰り返しています。
苦手なサ行とタ行は、手を動かしながらリズムを取ることで、できるだけスムーズに呼べるよう工夫しています。
細野史孝さん
「やっぱり名前はつっかえずにスムーズに言ってあげたいし、生徒も呼ばれたいだろうなって。まぁでも、く、くるしいですね。シンプルに苦しいなと思うことはあります」
学校では出欠確認以外にも、苦手な業務があります。

例えば、保護者への電話。

「中標津町立広陵中学校の細野です。お世話になっております」という決まり文句も、長い時間をかけて、言いやすいように順番や細かい言い回しを模索しました。また、事前に原稿を用意しておくなど工夫をしています。

こうした細野さんの姿は、生徒にとっても大きな学びとなっています。
生徒
「1度つっかかったりしても最後まで生徒たちに伝えようとするところが、先生自身の壁を乗り越えようとしているっていうことが伝わってくる」
周囲の理解も得ながら、自らも工夫を重ね、教員として働く細野さん。

あとに続く若者たちにエールを送るとともに、教育現場の環境も変わっていくことを期待しています。
細野史孝さん
「吃音の自分が通用するのか、迷惑にならないかとか、馬鹿に…されないかとか、そういった不安はあるんですけど、(教員に)なって、なってよかったと思います。1人で練習とかはすごい大変だと思うんですけど、ぜひなってほしいなって。同じ仲間が増えてほしいなって意味でも、なってほしいなと思います。吃音が出て息が苦しくなったり、精神的に苦しくなることもあるので、例えば、電話の一部は他の人に、そ、それをやっていただくとか、点呼は事前に録音した音声を流せるようにするとか、合理的な配慮があればいいなと思います」
(今回、細野先生以外にも、現役の先生や、教育現場に立った経験がある人に話を伺うことができました。その話も記事の最後に掲載しています)

「こうして欲しい」は人によって違う

大阪で行われた、教員を目指す藤原さんの授業。

吃音について学んだあとは、吃音のある子どもが話し方をからかわれたら、友達や先生はどうすべきかについて、参加者同士で考えました。
参加した男性
「その場で『止めよう!』と言うのもありだと思うんですけど、後で注意するようにしようかなと。その場で注意したら、対立を生むっていうのもあるし、余計に激しくなるんかなぁと」
参加した女性
「吃音について知っていくということが根本的に大事なのかなと。その後、からかっていた生徒に『こういう理由だからそういうこと言っちゃだめだよ』と。何でダメなのかを教えてあげないといけないかな」
50分の授業の最後、藤原さんが一番伝えたかったことを話しました。
藤原実緒さん
「吃音の人が、お、思う「こうしてほしい」という思いは、えっと、えっと、人によって違うので、えっと、その人に寄り添った対応が必要になります。これは、わ、わたしからの願いなんですけど、えっと、すべての人が、えっと、過ごしやすい、よ、よ、世の中になるように、少しでも吃音のことを、え、え、理解していただけたらうれしいです」
大学生3人が先生役を務めた今回の「号令に時間がかかる教室」。

母親と一緒に参加した吃音のある高校生からも「希望が持てた」という声が上がりました。
参加した高校生
「あき、あき、あきらめないで、(夢を)かなえても良いんだなと、おも、おも、おもい、ま、ま、ました」
藤原実緒さん
「何とか、や、やりきることはできたので、えっと、1つの自信には繋がったと思います。吃音の存在を知らないと、ちょっと、ちょっと、吃音当事者にとっては、ちょっと、悲しいなと思う対応を取られてしまうこともあると思うので、まずは吃音の存在を、存在を、知っていただけたらなと思っています」

吃音を知って

「号令に時間がかかる教室」は、参加した人たちが1人1人の話にじっくり耳を傾ける空気があって、とても穏やかな空間でした。

「多様性というと生徒のほうに視点が向いているけれど、先生のほうにも多様性があったら、より多くの生徒が救われるんじゃないかな」そんな言葉にもハッとさせられました。
一方で、複数の吃音のある教員に話を聞くと、「出欠確認(点呼)」「保護者への電話」「朝礼の司会」など、共通する苦手なことがあることもわかりました。

もちろん「最後まで自分でやりたい」という方の気持ちは大切にしつつ、他の方法で実施したり、別の人に代行してもらう仕組みが整うことで、吃音のある先生が、もっともっと活躍する場面が増えてほしいと思います。

(2月15日「ほっと関西」で放送)

吃音の先生たちの声

今回の取材では、他にも吃音の先生に話を伺いました。その内容をご紹介します。
「自分が吃音だと明らかにしたことで、別の障害で苦しんでいることを打ち明けられたケースもあり、自分にしか救えない子どもがいるのだとうれしかった。ハンデのある人も先生になって多様性が生まれてほしい。電話は苦手なので子どもたちには『挨拶がうまく言えない電話がかかってきたら先生だと思ってね』と説明していた。視力の悪い人がメガネを掛けることを変だと思う人はいない。同じように、吃音の先生なら卒業式での呼名や電話を回避できるようにすることも大切だと思う」(東京都・男性)
「スムーズに言葉が出ないことがあるので、生徒を注意するのが苦手。今はまだ勇気が出ないので、自分に吃音があることを生徒には言っていないが、今後は伝えることも考えている。それによって、生徒を動かせることもあるのではないかと思っている」(沖縄県・女性)
「吃音を『緊張しているから』『メンタルが弱いから』と誤解されることが多かった。つっかかってしまった時に上司の教員に『練習したのか?』と問い詰められたケースもあった。朝会で司会をする、号令をかけて整列させる、といった場面では絶対に言わなければならないフレーズがあるが、言いにくい苦手なフレーズを言うのは大変。授業でも子どもの見本になる音読が必要な場面があるが、何度練習しても本番ではうまくいかないことがあった。吃音が知られていないので理解されていない側面もあるので、しっかり理解してもらうことが必要。すでに教員になっている人に相談して作戦を練ることも大事だと思う」(東京都・男性)
「大勢の前で話す時には、付箋にメモをしている。私は『吃音は自分のせいではない』と分かってから楽になった。吃音のある私も教員をしているので、しゃべれないことを理由に夢を諦めないでほしい。負の部分と思わず、話し方の癖だと思うと良いかもしれない。しゃべれないことではなく、しゃべりにくい環境が問題なのだと思う」(東京都・男性)
「生徒をしかるのが苦手。大事な場面だと意識するとつまってしまうことがあるんで、ゆっくり読んだり、感情を込めて抑揚を付けたりして工夫をしている。教員を目指す人たちには『必ず助けてくれる人がいるので安心して』と言いたい。私の場合は、言いにくそうにしていると生徒が助け船を出してくれたり、『静かにしよう!』と助けてくれたり、代わりに言ってくれる子もいる。周囲を頼ること、甘えることも大事だと思います」(愛知県・女性)
大阪放送局 記者
藤島新也
2009年入局
盛岡局、社会部、ネットワーク報道部を経て現職
学生時代は教員を目指して母校で教育実習をしました
釧路放送局 記者
中山あすか
2021年入局 札幌局を経て去年8月から釧路局
地域の医療や暮らしに関心があります
学生時代は手話を学んでいました