生鮮食品を「生のまま」船で遠くに運ぶ新技術

生鮮食品を「生のまま」船で遠くに運ぶ新技術
「スペイン産の豚肉を生のまま日本に船で運ぶ」

そんな新技術を日本の大手商社が実用化した。

フーシ派による船舶への相次ぐ攻撃で、紅海を通る海上ルートのう回を迫られる輸送船。輸送に長い時間がかかっても生鮮食品の鮮度を保つ“夢のコンテナ”とは?
(経済部記者 河崎眞子)

“夢のコンテナ”が到着

2月14日午後7時半ごろ、ヨーロッパから東京港に大型コンテナ船が到着した。

積み込まれたコンテナの1つが“夢のコンテナ”だ。
このコンテナ船、紅海周辺での緊張感の高まりから、途中で引き返し、南アフリカの喜望峰にう回して日本に到着したという。

輸送期間は当初の予定より1か月ほど長引いたが、コンテナに積まれていたスペイン産の豚肉は鮮度を保っていた。

コンテナ船に積み込む生鮮食品は冷凍状態で運ぶことが多い一方、チルド輸送を船で行う場合は短期間・短距離が限界で、長距離の場合は航空貨物で運ばれる。

どんな技術?

夢のコンテナにはどんな技術が使われているのか?現場で見ることができた。

コンテナの内部は、氷点下の室温で保たれている。
船上では電源につながれ、クレーンで陸揚げされる作業の間の数分間を除いて、港で再び電源につながれる。
肝となる新技術はコンテナ内部にあった。

天井一面は金属製のプレートで覆われている。
そこに電圧をかけて「電場(でんば)」と呼ばれる状態をつくるという。

すると、食品の内部に含まれる水分子が電気を帯びて回転する。
生鮮食品は冷凍状態から解凍される時に細胞膜などが破壊され、鮮度が低下する特徴がある。

水分子を回転させることで、氷点下でも凍らない状態のまま、長期間の輸送が可能になるという。

この新技術によって、多くの食品でチルド輸送の期間を2倍から3倍に伸ばすことができるとしている。
【輸送の例】
▽豚肉:従来の20日程度→60日程度に
▽魚のぶり・サーモン・切り花:これまで空輸が中心→船での輸送が可能に

世界初の商用化へ

新技術を開発した住友商事は、およそ3年かけて開発と実証実験を進めてきたという。

2月28日、香港の大手海運会社「OOCL」と業務提携を発表し、世界初となる商用化を行う。
梁井崇史 本部長
「今回の技術は、普通なら凍る温度なのに凍らないというところがミソです。温度が低すぎると凍っちゃうし、高すぎると腐っちゃう。この妙といいますか、非常に繊細なオペレーションをやってきたんです」
伊藤ハム米久ホールディングスが豚肉の輸入に、このコンテナの活用を決めている。

今後、商社と海運会社側は、鮮魚や鶏肉、花などに拡大したいとしている。

海上輸送で高まる地政学的リスク

いま世界の海上輸送では、紅海周辺だけでなく、パナマ運河でも記録的な干ばつによる水不足で通行規制が行われる事態となっている。
こうした事態がひとたび発生すると、特に海上輸送はルートのう回による大幅な輸送期間の延長とコスト増につながりやすい。

そうしたリスクへの対応手段として期待がかかる。

日本に届く生鮮食品も多様化?

さらに、私たちの食卓に並ぶ輸入食品にも変化を与えそうだ。

例えば豚肉の場合、輸入元は北米やオーストラリアなど比較的近い国が中心で、空輸で運ぶしかなかったヨーロッパ産の豚肉は高級品となっていた。

海上輸送に切り替えることで、その価格も抑えられる可能性がある。
梁井崇史 本部長
「鮮度を維持しながら、安い価格でヨーロッパから肉をお届けすることができるようになります。日本にとって豚肉の輸入元が増えれば、より安定的に、おいしい豚肉を食べるチャンスが増やせるんです」

《取材後記》

夢のコンテナについてこの商社は、運搬時の二酸化炭素の排出が空輸よりも少ないという環境面での特徴もあるとしている。

世界的な食料安全保障の面でも、輸送ルートの多様化は日本にとって大きな期待につながる。

世界各地から日々、日本の食卓に届けられる生鮮食品。それを裏で支えている1つが海上輸送だということを港で大型船を間近で取材した時、改めて実感した。

新技術の登場は私たちにとっても、とても身近な世界だ。
経済部 記者
河崎 眞子
2017年入局
松山局を経て現所属