TSMC始動 日本の半導体“再興”の第一歩となるか?

TSMC始動 日本の半導体“再興”の第一歩となるか?
半導体の受託生産で世界最大手の台湾企業「TSMC」が熊本県に建設した工場が始動しました。先端半導体を手がける第2工場の建設も決まり、投資総額は日本円で3兆円を超える見通しです。

TSMCを誘致した日本政府は最大1兆2000億円あまりを補助します。破格とも言える巨額支援の狙いや、日本の半導体産業の“再興”に向けた課題を探ります。

(経済部記者 嶋井健太、西潟茜子)

世界最先端を走るTSMCが熊本に

24日の熊本工場の開所式にはTSMCの創業者として知られる張忠謀(モリス・チャン)氏が出席するなど、日本と台湾のキーパーソンが勢ぞろいしました。
日本側の期待は大きく、齋藤経済産業大臣の言葉からも日本政府がTSMCの工場誘致に力を入れてきたことがうかがえました。
齋藤経済産業大臣
「日本で初めてとなる工場が開所式を迎えたことは、日本の半導体業界におけるミッシングピース(欠けている部分)が埋まるきわめて意義深いものだ」
「日本の半導体産業のミッシングピース」とまで言われるTSMCはどんな会社なのでしょうか。
1987年に台湾で設立され、ほかの半導体メーカーからの受託生産を手がける「ファウンドリー」と呼ばれるビジネスモデルで世界最大手にまで成長しました。

幅広い用途や性能の半導体を生産し、先端品ではiPhoneでおなじみのアメリカのアップルや生成AIの隆盛で注目を集めるエヌビディアの製品も、この会社の量産技術に支えられていると言われています。

半導体メーカー各社は、製造コスト削減や性能向上のため、集積回路の幅を1ミリメートルの100万分の1となる「ナノメートル」という単位で細くする「微細化」の技術でしのぎを削っていますが、TSMCは世界最高水準となる3ナノメートルの先端半導体の量産にこぎ着け、この競争をリードしています。

“頭脳”となるロジック半導体を生産

TSMCが熊本で生産するのは高度な演算処理を行う「ロジック半導体」。

いわば人の“頭脳”の役割を果たす製品です。

2つの工場では自動車や産業機器、高性能のコンピューターなどに使われる製品を生産する計画で、2027年末までに稼働開始を目指す第2工場では6~7ナノメートルの先端半導体も手がけます。
2つの工場をあわせた投資額は200億ドル以上、日本円で3兆円以上にのぼる見通しで、日本政府が最大で1兆2000億円あまりを補助します。

実は、日本はロジック半導体の分野では40ナノメートルまでしか、製造できる技術がありません。

日本にとってTSMCの技術はまさに「ミッシングピース」と言えるもので、政府は今回の誘致を国内の半導体産業の技術向上につなげたいと考えています。

世界トップから“没落”した日本の半導体産業

いまは台湾企業の力を借りてまで国内に半導体工場を誘致する日本ですが、かつて日本の半導体産業は高い競争力を持ち、世界トップに君臨していた時代もありました。
およそ40年前の1985年は売り上げ上位10社のうち、トップのNECをはじめ、5社を日本メーカーが占めていました。

1988年には日本メーカーのシェアは50%を超えました。

しかし、日本を脅威に感じたアメリカとの貿易摩擦が激しくなり、その後、日本に海外製の半導体の輸入を義務づける「日米半導体協定」が結ばれます。

韓国や台湾のメーカーの台頭なども重なり、日本の競争力は低下していきました。

今ではシェアは1割程度です。
半導体産業を支援する国主導のプロジェクトもありましたが、日本の復権につなげることはできませんでした。

半導体の製造装置や素材など日本が強みを残す分野はあるものの、巨額の投資が必要な先端半導体の「微細化」競争で日本メーカーは完全に脱落し、輸入に頼るようになっていったのです。

米中対立にコロナ 半導体は経済安全保障上の“重要物資”に

しかし、米中の覇権争いやコロナ禍での半導体不足などで、世界は半導体の調達を国外頼みにできない時代に入りました。

半導体は家電などあらゆる製品に使われるため、ひとたび供給が途絶えれば、そうした製品も作れなくなります。

新型コロナウイルスの感染拡大で世界的に半導体が不足した際には、日本でも自動車の生産がたびたび止まり、デジタルカメラやゲーム機も売り場に並ばない状態が続きました。
そして、アメリカが中国への半導体製品や装置の輸出を厳しく規制するなど米中の対立が激しくなる中、自由貿易体制も揺らいでいます。

日本政府は、台湾有事などで世界のサプライチェーンが混乱すれば、再び半導体が不足し、私たちの暮らしや経済に影響が及ぶ事態になりかねないと考えています。

半導体は国が安定供給を確保すべき経済安全保障上の“重要物資”とみなされ、日本を含めた世界各国が国内生産を誘致するようになったのです。

日本政府はTSMC以外でも半導体産業に巨額の支援を行っています。
先端半導体の国産化を目指すRapidusに3300億円の支援を決定するなど、生産拠点の新設や設備の増強を支援し、これまでに確保した予算は4兆円にのぼります。

こうした国の支援を追い風に、メーカー各社が投資を拡大しているのです。

半導体“再興”へ 課題は専門人材の不足

半導体産業の“再興”に向けて再び動き出した官民ですが、各社が設備投資を拡大する中で深刻化しているのが専門技術者の不足です。

日本の半導体産業の没落に伴い、産業を担う人材も減ってきました。

半導体の関連産業の従業員数は1999年には23万人あまりいましたが、2019年には16万8000人あまりと、20年間で27%も減少しています。(出典:経済産業省)

また、国内に工場を持つ半導体メーカー8社だけでも今後10年間であわせて4万人の人材が追加で必要になるという業界団体の見通しもあります。

この中にTSMCは含まれておらず、人材の確保はさらに厳しいのが実態だとみられます。

こうした中、海外の競合企業を目標に給料を引き上げ、人材の獲得競争を乗り切ろうとしているのが、半導体製造装置で世界有数の規模を持つ東京エレクトロンです。
ことし4月に新卒で入社する社員の初任給を一律で8万5500円引き上げることを決め、エンジニア職の初任給は大卒で30万4800円、大学院の修士卒で32万円へと大幅に増えました。

2025年度以降の5年間で1万人を新たに採用する計画で、国内外を問わず専門的な人材を集める方針です。

会社の人事部の古澤光弘部長は「半導体に関わる人材の数は限られ、各社が求める人材は重複している。世界で半導体の投資が進んでいるので、常に競合を見ながらグローバルに人材を獲得をしていく必要がある」と話します。

“半導体使う産業”をどう育成?

活発な国内投資に沸く半導体産業ですが、こうした投資を日本の産業競争力の強化へと結びつけていけるかも課題です。

半導体産業は「シリコンサイクル」とも呼ばれる好不況の波にさらされてきました。

最近では、フラッシュメモリーの世界的な市況の悪化の影響を受けて、半導体大手のキオクシアホールディングスの業績が大幅に悪化。
去年12月までの9か月の最終損益は2500億円あまりの赤字となりました。

市況の悪化に伴い減産や早期退職も余儀なくされています。

一方で、会社は経済産業省から最大およそ2400億円の補助を受け、高性能の記憶用半導体の生産するために7200億円あまりの設備投資を行う計画ですが、早期の業績立て直しが課題となっています。

国がTSMCの誘致などで力を入れてきた先端ロジック半導体の分野では、Rapidusも世界で実用化されていない2ナノメートル以下の製品の国産化を目指しています。
しかし、いかにして量産を成功させるかだけでなく、供給先の確保も課題だとする指摘もあります。

半導体業界の動向に詳しいコンサルティング大手「デロイトトーマツコンサルティング」の貴志隆博 執行役員は、技術競争に負けないために投資を粘り強く続ける一方で、半導体の需要を支えていく強い産業が日本で生まれることが重要だと指摘します。
貴志隆博 執行役員
「半導体業界は最終製品の動向に非常に大きく影響を受ける。生産能力を強化したとしてもその製品の購入者がいないと本末転倒で、いずれ息切れをして生産拠点としては成立しなくなる。どういった製品をターゲットにしていくかという戦略性が非常に求められるし、自動車やAI=人工知能関連など半導体の需要につながるような強いプレーヤーを育成していくことが非常に重要だ」

日本の半導体“再興”は

熊本工場の開所式で、“台湾の半導体産業の父”とも言われるTSMCの創業者の張忠謀氏は「半導体製造の日本におけるルネサンス(再興)の始まりだと信じているし、期待している」と述べました。

この言葉どおりに日本の半導体産業が“再興”できるのか、巨額の予算が使われているだけに取材を通して検証していきたいと思います。

(2月24日「ニュース7」などで放送)
経済部記者
嶋井健太
2012年入局
宮崎局、盛岡局を経て現所属
経済部記者
西潟茜子
2020年入局
福岡局を経て現所属