娘の振り袖 一緒に選ぶ日は来ないまま【被災地の声】

20歳になる娘の振り袖を一緒に選ぶ約束をしていた女性。その日は来ないまま、能登半島地震で亡くなりました。

先立たれた夫が胸のうちを明かしてくれました。

石川県輪島市町野町の川端恵子さん(56)は、能登半島地震で倒壊した自宅の下敷きになり亡くなりました。

夫の浩司さん(62)と2人で2階にいた際にはじめの揺れがありました。

恵子さんは、「地震、怖かったわ」と言って、1階の様子を見に行ったところで次の揺れに襲われたということです。

その揺れで1階部分が倒壊。

恵子さんを探す浩司さんの耳には、「助けて」という苦しそうな声が聞こえましたが、しばらくすると途絶えました。

まもなく浩司さんや近所の人たちに救助されましたが、間に合いませんでした。

「圧死」だったと言うことです。

浩司さんは「助け出してすぐは心臓のあたりがまだ温かく、いつもと変わらない表情をしていました。少し前までは普通に話をしていたので信じられない気持ちでした」と話していました。

29年前に結婚した恵子さんと浩司さんには、今は離れて暮らす、長女の晴香さん(26)と次女の菜月さん(19)の2人の娘がいます。

病院で看護師として、その後は老人ホームで働いてきた恵子さん。

いつも娘たちのことを気にかけ、大切に育てていました。

娘が高校生の時はお弁当を朝早く起きて作り、また、娘たちの誕生日には必ずケーキやプレゼントを用意して祝うなど、成長を喜んでいたということです。

京都で大学生活を送る次女の菜月さんはことし20歳になります。

服が好きだったという恵子さん。

1月中旬には菜月さんの振り袖を一緒に選びに行く約束をしていたということですが、その日は来ないままとなりました。

浩司さんは「妻は大人になっていく子どもたちの成長を誰よりも喜んでいました。次女の振り袖を一緒に選ぶことができなかったことも残念がっていると思います。これからは天国で娘たちや私を見守ってほしいです」と話していました。

(金沢放送局 記者 時國瑠花)