丈夫だけど海に“とける”プラスチックって?

丈夫だけど海に“とける”プラスチックって?
プラスチックごみによる海洋汚染が世界的な課題となる中、ごみを出さない取り組みだけではなく、発想の転換で課題解決につなげようという研究開発が進められています。

使っているときは丈夫そのもの。しかし施された“仕掛け”によって、海に流れ出たり沈んだりしたら自然に分解される。

そんな環境に優しい画期的なプラスチックを作りだそうというのです。

(松山放送局記者 勅使河原佳野)

漂着ごみの多くは漁具

真鯛や真珠の養殖など、漁業が盛んな愛媛県愛南町。

この町で行われているのは、環境に優しい漁具をつくるためのプラスチックを開発する研究です。
開発中のプラスチックを海の中に入れてどのように分解されるか確認するため、さまざまな種類のプラスチックのサンプルを1000個以上、いけすに沈めて変化を観察しています。

実は国内では海岸に漂着するプラスチックごみのうち多くを占めるのは「漁具」だという調査結果があります。
環境省による平成28年度の調査では、国内各地の海岸に漂着したプラスチックごみのうち、重さでみると「漁網とロープ」が最も多く41.8%、漁具全体ではおよそ60%を占めていたのです。

“どうしても流れ出てしまう”

なぜ漁具がごみとして海岸に漂着するのか。

実験が行われている愛南町でもプラスチックごみによる海洋汚染が問題となってきました。

愛南漁協の立花弘樹組合長は、漁業者が注意していても、漁の途中に漁網が切れたり悪天候でうきが流されたりしてどうしてもごみとして流れ出てしまうものがあるのだと話します。
愛南漁協 立花弘樹組合長
「絶対ごみを捨てたらいけないという高い意識を持っていますが、どうしても海岸端に置いたりとか海洋に流れ出る可能性がありますよね。雨が降ったりとか風がとか、波でちょっと大潮のときに波でさらわれたりとかいうのがあると思うんです」

丈夫だけど分解される?

そこで、海の中で自然に分解されるプラスチックを開発して、環境に優しい漁具を作ることができないかという研究が行われているのです。

研究を率いるのは東京大学大学院の伊藤耕三教授です。

海洋ごみ対策に詳しい専門家や企業などとチームを組んで開発を進めています。
東京大学大学院 伊藤耕三 教授
「われわれが作ろうとしているのは、使っているときには丈夫で壊れない。それがたまたま間違って海に入ったときにすぐに分解してくれる、そういう理想的なプラスチックを開発したいと思っています」
伊藤教授が開発を目指しているのは、光や熱、微生物の働きなど、さまざまな条件が重なったときに初めて分解が始まるプラスチックです。

その仕組みです。

プラスチックにはあらかじめ、酵素や添加剤などの成分を調整するなどして、さまざまな“仕掛け”を組み込みます。

海中での光や熱、酸素、酵素、それに微生物の作用などの条件がそろうと、この“仕掛け”が働いて、分解が始まるようにしようというのです。
原料には生物由来のものを使うことで、最終的には、水と二酸化炭素に分解されます。

これによって、例えば、水深が浅い海中や船の上で漁具を使っている時は耐久性を保ちつつ、釣り糸や網がごみとなって海底に沈んだ時には分解が進み、海底のプラスチックごみを魚が食べたり漁具が海の生き物にからまったりするような被害も防ぐことができると考えています。

これまでも、海中で分解されるプラスチックは開発されてきましたが、漁具に使うには耐久性がなかったといいます。

検証 分解は進むのか?

研究チームは、現在、どのように成分を調整したり加工したりしたら分解が進むのかを検証しています。

愛南町では、さまざまな成分の素材が、波の影響があったり光の当たり方などが変わったりする海の中で、実際にどのように変化するのか観察しています。
サンプルの数は1000個以上に上ります。

2023年12月には半年間海に沈めていたプラスチックを引き上げました。

すると、開発を進めている素材は一般のプラスチックと比べて分解が進んだことが確認されたといいます。
東京大学大学院 伊藤耕三 教授
「ちょっと押してみるとパリッと割れる。ちょっと触っただけでもすぐ割れますから、そうするとすぐ崩壊していると思いますね。うまくいっていると思いますね。予想通りの展開じゃないかなと」

日本の競争力強化にも

そしてこのプラスチック、日本の国際的な競争力を高めることにつなげるという目標もあります。

人類を月へ運んだアメリカのアポロ計画のように、大胆な発想に基づく挑戦的な開発を支援する国の大型プロジェクト、「ムーンショット型研究開発」の1つに選ばれているのです。

研究を支援するNEDO=新エネルギー・産業技術総合開発機構は、このプラスチックは世界的にも需要が見込めると話します。
NEDO ムーンショット型研究開発事業推進室 吉田朋央 室長
「光や熱などの条件で分解が始まる『スイッチ機能』を持ったプラスチックというのは非常にユニークで、国際的にも注目されています。今回の技術は世界にも通用するものだと思います」

日本企業も期待

将来、大きな市場になることを期待して、大手企業も研究開発に参画しています。

このうち、大手化学メーカーの「三菱ケミカル」は、レジ袋や農業に使うシートなどに活用する原料として注目しています。
三菱ケミカルの担当者
「プラスチックを作る企業として環境への配慮も検討しないといけない中で、一企業だけで取り組むにはハードルが高くても、ほかの企業や研究者ととも取り組むことで腰を据えて研究開発が行えていることがメリットだと思います」
このほか、タイヤでもこのプラスチックを活用できないかという実験が行われています。

というのも、近年、タイヤからすり減ったゴムが海に流れ出て、マイクロプラスチックとなっているとも指摘されているからです。
環境への影響はまだはっきりとはしていませんが、UNEP=国連環境計画が2018年に公表した調査では、環境に流出する大きさが5ミリ以下のマイクロプラスチックのうち約47%がタイヤ由来だとされています。

そこで、研究ではタイヤとしての強度を保ちながら海にすり減ったゴムが流れ出たときには自然に分解されることを目指しているのです。

今回開発した素材を使って2029年を目標にタイヤの試作品をつくることを目指しています。

プラスチックのいい面も

伊藤教授は、丈夫なプラスチックのメリットと環境への配慮を両立させたいと話します。
東京大学大学院 伊藤耕三 教授
「プラスチックのいい面もあれば悪い面もあるんですけど、悪い足りない面をこういうプロジェクトで解決して、われわれがそのプラスチックのいい部分を長い間使えるように認めてもらえるようにしたいと思っています」
一方、海の中でも丈夫で漁具として実用性を保ちつつごみになった時に分解されるように加工したり成分を調整したりするには、さらなる研究や検証が必要だとしています。

また、試作品ができても、広く普及できるコストで生産できるかなど、実用化に向けた課題は多くあります。

ただ、使っているときは丈夫なのに海に流れ出たら分解されるという、相反する機能を持ったプラスチックの開発は、取材した漁業者も「今では想像もできないような話だが、実現したら本当にすばらしいことだ」と話していました。

世界ではプラスチック汚染を防止するための国際条約を作ろうと国家間での交渉が進むなど、海洋プラスチックの問題に本格的に取り組む動きが活発になってきています。

今回、日本で行われている研究が世界的な問題にどれだけ貢献し、競争力にもつながるのか、研究の行方から目が離せません。

(1月16日「ひめポン!」で放送)
松山放送局記者
勅使河原 佳野
2019年入局
海洋プラスチックごみ問題に関心を持ち取材しています
愛媛のきれいな海をぼーっと眺めるのが好きです