シニアの就活 ミスマッチはなぜ?

シニアの就活 ミスマッチはなぜ?
定年を迎えたあとも働く高齢者が増えています。
「新卒以来、約40年ぶり」という人も多いシニア層の就活。働く意欲があっても、思うように採用されないという実態も見えてきました。
(経済部記者 大江麻衣子 河原昂平/福井放送局記者 伊藤怜/おはよう日本ディレクター 棚橋大樹)

活況!シニア就職セミナー

シニアの生活設計や就職を支援するセミナー。

都が設置する「東京しごとセンター」は年間およそ60回のセミナーを開いています。
関心の高さから満席となることも多いといいます。

参加者に話を聞くと、長く勤めあげた会社で定年を迎え、別の会社への就職を考えているという人が多くいました。
元IT関連会社 60歳
「数か月前に定年を迎えて新卒以来、38年ぶりの就職活動なので、履歴書をどう書くかからスタートです。これまでも定年後のことは想像していましたが、フルタイムでバリバリやるのは厳しいそうなので、時間や曜日を決めたような働き方ならば選択肢があるのかなと考えています」
大手自動車の関連会社勤務 64歳
「4月に65歳の定年を迎えますが、何も仕事がなくなるとやはりさみしくこれからも社会と関わりを持ちたいです。毎日でなくパートタイムで、働くことができれば楽しいのではないかと思います」

60歳以降「経済的な理由」の求職者 3割“採用経験なし”

働く高齢者はおととし、912万人にのぼり過去最多を更新。
就業率を年齢別にみると、65歳から69歳でみるとおよそ50.8%と、2人に1人。

70歳から74歳でみると、33.5%と、3人に1人に上っています。

高齢者の就労が進む背景には、▽老後の備えのために働けるうちは収入を得たいという事情や、▽健康寿命が延び元気なうちは働きたいという人が増えたこと、そして▽高齢者の雇用拡大のための法改正があったことなどがあります。

いわゆる「定年」は昭和60年代までは50代とする企業も多くありましたが、徐々に延長され、現在は企業には希望すれば70歳まで働き続けられる就業機会を確保するよう努力義務が定められています。

働く意欲のあるシニア層は、人口が減少する中で、貴重な働き手としても期待されています。

ところが、人手不足になっているのに、就活では思うように仕事が見つからない、という課題もあります。

大手求人検索サイト「インディード」は去年、60歳以上のおよそ3万人に就職活動について調査しました。このなかで求職活動の経験があるとした人のうち48.5%が「経済的な理由で仕事を探している」と回答しました。
さらに、60歳以降に「経済的な理由」で求職活動を実施したことのある人およそ1600人を対象に、企業に採用された経験の有無についてたずねたところ、「採用された経験がない」と回答した人が27%でした。

“ミスマッチ”はなぜ

実態はどうなっているのか、ハローワークに取材すると、“職種のミスマッチ”が起きている現状が浮き彫りになりました。
東京・豊島区の「ハローワーク池袋」が、昨年度、シニア向けの窓口を利用した仕事を求める高齢者7020人に聞いたところ、希望する職種で最も多かったのは「事務」で23%でした。

一方、この中で実際に就職できた人の職種を見ると、最も多かったのが「運搬・清掃」で33%。

就職といってまずイメージする「希望する仕事」と「就いた仕事」に大きな差があることがわかりました。

こうしたミスマッチが壁となり、仕事が見つからないケースが少なくないといいます。
ハローワーク池袋 石川 統括職業指導官
「シニアの方は現役時代に就いていた仕事が事務職が多いので、同じ仕事を探すことが多いです。ただ一方、求人側は事務職の求人はあっても、なるべくなら若い人をとりたいというニーズがまだ高く、そこでミスマッチが起きています」
このハローワークでは、仕事に早く就きたいという人には、本人の希望や得意分野も踏まえて職種の転換をすすめているといいます。
例えば、海外営業経験があり定年後にも語学を生かしたいという人が、大学内の駐車場管理の仕事に就いたという例もあります。

職種は違うものの、この大学では海外からの来客対応も多いことから、「英語を生かしたい」という希望がかなう職場だったということです。

窓口では、シニアがどのような働き方を望んでいるか丁寧に聞き取ることで、やりがいをもって働ける仕事探しを支援したいとしています。

どう就活に臨む?

シニアが就活に苦労するケースもあることについて、ミスマッチを防ぐためにはどのような視点で就職活動に臨めばよいのか。

高齢者の雇用に詳しい労働政策研究・研修機構の藤本真さんに聞きました。
労働政策研究・研修機構 藤本 主任研究員
「まずは、業種ごとに市場の動向を把握することが大切で情報収集が欠かせません。そして、自身の経験や能力について細かく『分解する』ことが大切です。
単にどんな仕事をやってきたのか振り返るのではなく、例えば、営業職であれば、『対人コミュニケーション能力』『相手のニーズをくみ取る力』『利害調整』などに分解して、自身の能力や経験の本質は何なのか掘り下げていく必要があります。
そうすることで未経験の業種にも自分を売り込めるアピール材料が見えてきます」

84歳も働く病院 工夫は

どのようにしてミスマッチを解消するのか。

シニアの働き方のヒントを、企業の実例から探ると、「業務の洗い出し」と「改善」の2つがカギであることがみえてきました。

高齢者の就業率が全国で最も高い福井県。

福井市の「田中病院」では、看護や介護、事務などにあたる192人の職員のうち26人が64歳以上です。
高齢者でも無理なくできる業務を徹底的に洗い出すことで、現役世代とシニアが業務を分担しています。
最高齢の84歳の介護スタッフ・高谷京子さん。

約1年前から、週4回・1日4時間の短時間勤務をしています。

高谷さんの業務は以下の4つです。
1.消毒前の器具の洗浄
2.病院内の書類運び
3.トイレや部屋の清掃
4.薬や検査器具などの物品の運搬
高谷さん
「私にとって人との関わりは一番大事なので、働くことが生きがいです。人の役に立てるのはうれしいことです」

職場を支える存在

病院で行う業務は診察や治療だけでなく、入院患者の食事の介助や検査機器の準備など、多岐にわたります。

業務を1つ1つ洗い出した結果、高谷さんには体への負担が比較的小さい上記の4つの業務を任せられました。
田中病院 坂田久美子 看護師長
「比較的負担の軽い仕事でも、現場では、ナースコールで呼ばれたり、緊急の検査が入ったりするとそちらに集中するので、どうしても洗い物などが二の次になってしまいます。そこに対して高谷さんに動いてもらえるのはとても貴重で、ありがたいです」
この病院では、高谷さんのようなシニアの労働力が欠かせない存在となっています。

業界全体で人手の確保が難しい上、時短などの現役世代の働き方が多様化しているなか、シニア世代の職員がその“隙間”を埋めるように働くことで、現場全体がうまく回るようになっているといいます。

改善は800以上!

松江市にある弁当の製造販売会社「モルツウェル」では、65歳以上の社員が全体の5分の1を占めています。
この会社では“高齢者の働きやすさ”を追究すること力を入れ、現場の責任者が高齢の社員一人一人から丁寧に聞き取りを行っています。

そして、5年間で800以上の改善を積み重ねてきたといいます。
例えば食材の真空パック詰めに使う包装用のシートは10キロ以上あるため、重くて体力的につらいという意見が出て、会社は台車を用意しました。
また、弁当の具材を調理するための食材を加熱する機械が同じフロアに複数あるため、機械によって異なる設定温度を間違えないか不安だという声もあったということです。

これに対しては、温度を示す掲示物の表示を大きくして見やすくすることで改善しました。
弁当製造販売会社 野津 専務取締役
「持続可能な企業になるためには、高齢者は欠かせない存在です。皆さんの働き方に合わせて、作業を設計していく、徐々に生産性も上がってきました」

働く意欲 生かすには

少子高齢化で日本の生産年齢人口の労働力のいっそうの減少が見込まれることから、働く意欲のあるシニアの労働力をどのように生かすのかは喫緊の課題です。

ただ、働くのは健康であることが大前提で、高齢になれば健康状態も個人によって異なります。

シニアが働きやすさを考えることは、年齢問わずすべて社員の働きやすい環境作りにもつながると専門家は指摘します。
労働政策研究・研修機構 藤本 主任研究員
「会社に働く人が合わせるのではなく、『会社が高齢者に合わせていく』という視点が不可欠です。『一人一人の状況を把握し環境を整備する』姿勢や、『高齢者でもできる仕事を切り出す』工夫が大切になってきます。高齢者雇用を進めていくことは、働く人一人一人の生活や希望に見合った働き方をいかに実現するのかを、企業が検討するきっかけにもなり、高齢者に限らず働く人々のモチベーションを高め、企業の生産性を向上させることにつながっていくと思います」
(2023年12月19日「おはよう日本」で放送)
経済部記者
大江麻衣子
2009年入局
遊軍キャップ。街角で景気ウォッチャーしています。
経済部記者
河原昂平
2023年入局
取材を通じて、2年前の就活を思い出しました。
福井放送局記者
伊藤怜
2019年入局
県政を担当
おはよう日本ディレクター
棚橋大樹
2015年入局
大阪放送局を経て現所属
歴史、国際に関心があります