会社の学びに何を期待する?性教育やNPO活動も 企業の狙いは…

会社の学びに何を期待する?性教育やNPO活動も 企業の狙いは…
会社での学び、活用していますか?

働く人の学び直し=リスキリングに注目が集まる中、社員が新しい知識やスキルを得られるよう、企業が「学べる環境」作りに力を入れる動きが出ています。

「企業内大学」と銘打って、8万4000もの講座を用意したり、子育て世代の社員に向けて「性教育」の講座を始めたりするところも…
企業のねらいはどこにあるのでしょうか?

(ネットワーク報道部記者 金澤志江)

子育ての悩みをもとに

都内に本社がある大手人材サービス会社は、去年8月から、子育て世代の社員に向けて「性教育」の講座を始めました。

働きながら学ぶことができる場を提供しようと、2022年に開学した「企業内大学」の一環です。

企画に携わっている久保田さち子さんは、人事担当として親世代の社員から相談を受ける中で、性教育についてのニーズがあるのではないかと感じていました。
大手人材サービス会社 久保田さち子さん
「性に関する悩み、特に保護者が子どもとどういう話をすればいいか、親の目が届かないところで、子どもたちにどういう事が起こってるかすら分からないといった悩みをすごく多くの方が抱えていると思っていて。ずっと(性教育について学ぶ)必要性は感じていました」
久保田さん自身も3人の息子を育てていて、家庭内でどう子どもたちと性について話したらいいのか悩んできました。

しかし働きながら時間が限られる中で正しい情報を自分で集めることは難しく、こうしたことに企業として支援ができないかと考えました。

“押しつけ”にならないか…

社員に性教育を学んでもらうことについては迷いもあったといいます。

会社で受けることに気まずさを感じたり、家庭への教育方針の押しつけだと感じたりする社員もいるのではないか。

実際に、社員からは「会社で性教育なんて大丈夫?」といった声があがり、当初の申し込みはほぼありませんでした。
どうやったら社員が受けやすく、家庭で役立つ情報を届けることができるか。

率直な意見を出しあって内容を練る一方で、性教育について学ぶことは多様性や人権への理解につながると、地道に声をかけ続けると少しずつ受講者が増えていきました。

家庭での会話のコツも講座で

講座は勤務時間内に受けることができます。

またオンラインのため、社員は会社の自席やフリースペース、リモートワーク中の自宅など思い思いの場所で受けることができます。
講師を務めるのは助産師です。

この日のテーマは「思春期の体と心の変化・子どもを守るスキル」について。

この中では同意のない性行為が問題となっていることに触れられました。

自分や相手を守るためにも「人と自分の境界線」をまず意識することが重要だと説明されました。
親子の会話で意識するコツの1つとして提案したのは「部屋の掃除をしていい?」など当たり前のことでも質問の形で投げかけること。

子どもが「NO」と言いやすくなり、相手に対しても同意を得る「習慣」が身につくといいます。

また、性に関するニュースが流れてきた時に、子どもにどう思うか尋ねてみるだけでもこうした話題のきっかけになるということもアドバイスされました。

“気負わなくてもいい”

「読む?」「うん。読む」

社員の加藤友紀さんも受講した1人です。5歳の長男、駆さんに、講座の中ですすめられた絵本を読みました。
途中、一緒に座っていたソファから立ち上がって、トランポリンで遊びだしてもそのまま音読を続けました。
加藤さん
「そんなに気負わずに、私が読んでいるのをなんとなく聞いているという、それだけでもいいんだと教わったので」
体の中で、人に触らせてはいけない“プライベートゾーン”がどこなのか、誰かに触られそうになった場合にはどうしたらいいのか、ジェスチャーを交えながら話しました。
友紀さん「体はどこが大事?」
駆さん「全部大事」
友紀さん「触られそうになって嫌な時はなんて言うの?」
駆さん「だめー嫌よ、やめて!」
加藤さん
「仕事をして家事をして子どもの面倒をみてというところで時間的にも体力的にも自分から知識を得るのは難しかったです。在宅で仕事中に1時間ちょっとで専門家の講座を受けられるのがきっかけとしてはいちばんよかったです」

“学びを通じてメッセージを” 企業でやる意味

実際に受講した社員からは「勉強になった」「会社でやってくれてよかった」といった反響が多く寄せられているといいます。

中心となって企画をしてきた久保田さんは、「売り上げの数字にすぐには直結しなくても、社員のプライベートを企業が支援していくことで、会社にとって大きなメリットがある」と感じています。
久保田さん
「もちろん営業スキルとか思考力だとか、目の前の職種、業務に直結するような学びも欠かせないというのは大前提としてあります。そこに加えて、社員が会社を選ぶ時代になってきているので、うちの会社で働きたいと思ってくれる要素の1つとして、子育ての悩みの解消につながることをすることでプライベート側も人生丸ごと応援しているよというメッセージを伝えることが大事なのではないかと思っています」

学びを会社の魅力アップにつなげる

優秀な人材の確保や、ビジネスの成長に向けて企業が社員の学びの充実化を図る動きは広がりを見せています。

損害保険会社では、コロナ禍の2020年、全面オンライン型の企業内大学をスタートしました。

講座内容の企画と社内へのPRを行う特別チームも立ち上げ、さまざまな部署の若手社員が関わっています。

本来の業務とは別に、人事担当以外の社員が携わることで、社員目線でより多様なニーズを反映することが期待できるといいます。
こうした社員の要望に応える学びは、学生向けの企業説明会などでも積極的にアピールし、担当者も手応えを感じているそうです。
損害保険会社 市川純さん
「説明会でも学生から入社したら何が学べるのかという質問も出ると採用担当から聞いています。こうした学びの強化で企業としてのブランド力が向上し、就職先を考える学生にとってプラスの材料になると感じています」
また、大手飲料メーカーでは40歳以上の社員をターゲットに去年4月に「企業内大学」に「100年キャリア学部」と銘打った“新たな学部”を立ち上げました。

数か月の間、NPO法人で活動するなど社外での活動を通じて、長期的な人生の目標やキャリアプランを描くのに役立ててもらおうというものです。

さらに去年10月にはAIを導入し、社員それぞれが伸ばしたいスキルなどを専用のシステム上で設定すると、受講履歴も分析。

8万4000ある講座の中から日ごとにその人にあったおすすめの講座を提案してくれます。
大手飲料メーカー 長政友美さん
「せっかく学びたいと思った時にどこから手をつけていいか分からないという声も多くあったので、さらに機能を充実させました。世の中の変化が加速していく中で、必要なスキルもどんどん変わっていくため、みずから学ぶことでより社員一人一人の成長にもつながりますし、ひいてはそれが会社のビジネスの成長にもつながると考えています」

変わる企業の意識

企業での学びについて研究している宮城大学の大嶋淳俊教授は、コロナ禍をきっかけに「企業内大学」に力を入れる企業が目立ってきているとしたうえで、ここまで社内での学びが“進化”している背景にはキャリア観の大きな変化があると指摘します。
「DXブームによって会社にとって必要な人材像が変わったこと、コロナ禍で人材育成についてデジタルを有効活用してもっとできるんじゃないかということに企業側・社員側の双方が気付いたこと、さらにリスキリングを展開していくのに『企業内大学』というコンセプトが非常に分かりやすいということが影響しています。

特にコロナ禍で、これまではこの企業でこういうふうに働いていけば順調にキャリアを積んでいける、といったキャリア観が『何が起こるか分からない』ということが起こったことで、キャリアについて会社側も社員側も大きな考え方の変化を余儀なくされました」
また、企業側が社員に身につけてほしいと望むスキルや知識だけでなく、社員のニーズに対応した内容が重視されるようになったといいます。
「ニーズに対応することには企業への帰属意識を高めてもらって、意欲を持ってこれからもこの企業で活躍し続けてもらいたいという期待も込められています。そうしたことが対外的にも対内的にも魅力的な企業としてのアピールにつながっています」
そのうえで、今後の課題について指摘しています。
「企業が期待しているように社員が十分活用してくれているのか、コンテンツが古びていないかといった時代の環境変化に迅速に対応して、社員が意欲を持てるようアップデートしていかないといけない。

ただ学びの機会を提供するだけでなく、業績にどうつながっているのかや人事配置に反映しているのかなど分析して、企業側もその結果を活用していく必要がある」
(2024年2月19日 「おはよう日本」で放送)