なぜ7割に?狂犬病の予防接種 SNSでは誤情報の拡散も

法律で義務づけられている飼い犬への狂犬病の予防接種。群馬県で未接種の犬に小学生らがかまれたことを受けて、SNSにはさまざまな投稿が相次ぎました。

「予防接種はすべての飼い主の義務」
「毎年は打たなくていいのでは」

中には接種が犬の寿命に影響するなどの誤った内容の投稿も。

なぜ予防接種が必要なのか、専門家に聞きました。

未接種の犬が…

今月7日、群馬県伊勢崎市で小学生9人を含むあわせて12人が、近所で飼われていた中型の犬に次々とかまれました。

現場となった公園

飼い主が狂犬病の予防接種を犬に受けさせていなかったことから、SNSでは狂犬病に関する多くの投稿がありました。

「狂犬病の予防接種はすべての飼い主の義務」と接種を呼びかける投稿の一方で、「犬の予防接種は必要ない」などとする狂犬病に関する誤った情報も拡散されました。

狂犬病予防法に基づき、犬の飼い主は住んでいる市町村に飼っている犬を登録して、狂犬病の予防接種を毎年受けさせることが義務づけられています。
違反した場合は20万円以下の罰金の対象となっています。

接種率は7割に減少

狂犬病の発生やまん延を防ぐために、法律で義務づけられている予防接種。
しかし、その接種率は減少傾向にあります。

接種の間隔が半年1回から年1回に変わった1985年以降はほぼ100%で推移していましたが、1996年ごろから減り始め、2000年度には80%を下回りました。

2022年度は、全国の市区町村に登録されている犬606万7716頭に対し、予防接種を受けたのは429万9587頭で、接種率は70.9%にとどまりました。

予防接種の様子

WHO=世界保健機関は狂犬病のまん延を防ぐためには、接種率を70%以上に保つこととしています。

接種率の減少の背景について、狂犬病のワクチンなどを研究している岐阜大学人獣共通感染症学研究室の伊藤直人教授は狂犬病の怖さが伝わっていないこともあると話しています。

岐阜大学 伊藤直人教授
「長年、狂犬病が日本国内で出ていないというのが大きな理由で、みなさんの危機意識というのが少しずつ下がってきていると考えられます。関連して狂犬病の本当の意味での悲惨さというのがなかなか伝わっていないという部分があるのかなと思います」

さらに近年、室内で飼育されている犬が増えて、飼い主が予防接種をしなくても大丈夫だと考えてしまうケースもあるのではないかということです。

致死率ほぼ100% 狂犬病とは

その悲惨さが伝わっていないという狂犬病はそもそもどんな病気なのでしょうか。

狂犬病のウイルス

厚生労働省によると、狂犬病はウイルスに感染した犬や猫、コウモリなどの哺乳類にかまれ、だ液に含まれるウイルスが傷口から体の中に入ることで人に感染します。

潜伏期間は1か月から3か月程度で、いったん発症すると有効な治療法はなく、錯乱やけいれん、それに呼吸障害などの症状が出て、ほぼすべての患者が亡くなるということです。

国内で犬などにかまれ人が狂犬病を発症したケースは、1956年を最後に報告されていません。

一方、WHOによると、海外ではアジアやアフリカを中心に150以上の国で年間5万9000人(※2017年推計)が死亡し、このうち99%は狂犬病にかかった犬からの感染とされています。

狂犬病に感染した犬(フィリピン)

フィリピンなどで狂犬病の研究や支援に関わっている大分大学の西園晃グローカル感染症研究センター長は予防接種の接種率が低下すると、万が一国内で発生した場合にまん延を押さえ込めない恐れもあると指摘します。

大分大学 西園晃センター長
「フィリピンで間近に見てきましたが、狂犬病が発症すると人も犬も、ほぼ100%死んでしまうことは間違いありません。日本は狂犬病をなくした稀な成功体験を持った国ですが、70年も発生がないから、狂犬病は今後も発生しないわけではなく、海外では広く見られていて、それは誰も保証できません。狂犬病ウイルスを持った動物が国内に入ってくる可能性はかなり低いとみられるが、接種率がさらに下がってしまうと、万が一、国内で発生した場合にはまん延を押さえ込めない恐れもあります」

また岐阜大学の伊藤教授は国内では地域によって感染が広がるリスクは異なると指摘します。

岐阜大学 伊藤教授
「国内でもまだ野犬の多い地域があると認識しています。接種率も各自治体ごとにやはりばらつきがあり、50%台のところもあるので、地域別に見ていくと感染が広がるリスクがほかの地域より高い地域もあると考えています」

SNSでは誤情報も…

一方、SNSでは

狂犬病ワクチンが飼い犬の寿命に影響する
狂犬病は生小豆を食べれば治るので、接種は必要ない

などとする誤った情報も拡散され、中には70万回以上閲覧されたものもありました。

これについて西園センター長はどちらも根拠のない情報だと否定します。

(寿命について)
「ワクチンで犬の寿命が短くなるなど、寿命に影響するという科学的なデータはない。一方、日本のワクチンについての(アナフィラキシーなどの)副反応の報告は、2018年の国のデータを分析すると10万件接種に対して0.7件程度で、海外のワクチンと比べても安全性は高いといえます」

(生小豆について)
「ウイルスの増殖を実験室レベルで抑制するような物質というのはいろいろ見つかっていて、小豆から抽出される成分もその1つと言えます。ただ狂犬病の症状が出てしまったら、それを抑える術がないぐらいウイルスの増殖がはやく、激しい。ウイルスの増殖をおさえたとしても、狂犬病という病気を抑えるわけでなく、狂犬病が治ることはありえません」

科学的なデータもとに議論を

狂犬病予防法が制定されてから74年。

予防接種を進めたことで、日本は狂犬病がまん延していない「清浄国」となりました。

身近な病気でなくなったことから、「毎年は接種しなくてもいいのではないか」、「室内犬であれば感染するおそれはないのではいか」といった意見も出ています。

今回、取材した専門家は、接種は継続する必要があるとした上で、接種の頻度などの運用の方法については、科学的なデータをもとに議論を進めていく必要があるとしています。

岐阜大学 伊藤教授
「強調しておきたいのは、狂犬病が今、日本にないという事実に対する安心感です。海外と比べて厳格な対策をとり、今も予防接種をしてる1つの大きな恩恵で、日本では犬に噛まれても狂犬病のリスクを排除できます。予防接種をめぐっては様々な意見はありますが、狂犬病の診断体制の強化やワクチンの安定供給なども考慮して、総合的に検討を進めていく必要があると思います」

大分大学 西園センター長
「70年前と比べて、ワクチンの効果の持続性など、新たに分かってきた科学的なデータもあります。運用を含めた面でどのように見直していくかは重要な問題です」

そして狂犬病に感染した犬にかまれた場合でも、潜伏期間にワクチンを接種するなど適切に対応すれば発症を防ぐことができるとした上で、狂犬病を過去の病気と思わずに正しい知識を持って対処してほしいと呼びかけています。

大分大学 西園センター長
「狂犬病は発症すると、ほぼ100%死んでしまうが、かまれたから、すぐにおしまいでは絶対ない。しっかり対処をすることで、ほとんどの場合、狂犬病にはならないということも認識しておいてほしい。
SNSにはうその情報もあふれているので、どう付き合っていくかが大切だと思います」