トランプ氏「絶対に阻止」 日本製鉄の巨額買収計画はどうなる

トランプ氏「絶対に阻止」 日本製鉄の巨額買収計画はどうなる
「アメリカにとってのマイナスは私の頭では考えつかない」

日本製鉄の橋本英二社長は、アメリカ有数の鉄鋼メーカー・USスチールの買収計画について、1月の会見でこう語っていました。

しかし、労働組合の猛反発に続き、その後トランプ前大統領が「私なら即座に阻止する」と買収を認めない考えを表明。バイデン大統領まで買収に反対する組合の姿勢を後押ししているとされるなど異例の展開となっています。

取材を進めると、ことし秋の大統領選挙で、労働者の支持を取り付けたいという両陣営の思惑が買収の行方を複雑にしている状況が浮かび上がってきました。

(ワシントン支局記者 小田島拓也)

なぜ買収計画に反対?従業員の本音は

日本製鉄がUSスチールとの買収合意を発表したのは、2023年12月。

買収額の見通しは約2兆円、両社の粗鋼の生産量を単純に合計すると世界3位の規模となるため、日米の鉄鋼業界の大型再編として関心を集めました。

しかし、この買収計画にはアメリカで当初から反発の声が上がりました。

理由を探るため、向かった先はUSスチール本社がある東部ペンシルベニア州です。
「誰もが知っている象徴的な巨大企業が買収されることに傷ついている」

会社で20年余り働くマイケル・エバノビッチさんに買収の受け止めを聞くと、率直に「ショックだ」という言葉が返ってきました。

このように従業員の感情を揺さぶる背景には事情があります。

USスチールの創業は1901年と、120年余りの歴史を持つアメリカ製造業の象徴的な存在です。
最も古い歴史を持つ工場がいまも操業するピッツバーグは、“スチール・シティ(=鉄鋼の街)”とも呼ばれています。

工場からもくもくと上がる煙は、ピッツバーグ市民の生活に溶け込んだ景色で、市民の誇りとも言える企業が外国企業の手に渡ることは感情的に受け入れられないと考える人は少なくないのです。

エバノビッチさんが反発する理由は、誇りだけではないと言います。
会社には、退職者の医療費の補助や充実した年金制度などがあり、現在の契約では、2026年まではこの制度の存続が決まっているといいます。

しかし、買収後もこれが続くかは不透明で、他の従業員からも「契約までは尊重すると言っているが、その後については話し合っていない」と不安な声が聞かれました。

労働組合は反発 トランプ氏「即座に阻止」

今回の買収合意は、USスチールの従業員約1万1000人が加盟する全米鉄鋼労働組合も批判しています。

買収合意が発表された後には「失望したと言っても言いすぎではない。USスチールは労働者の懸念を脇に押しやって外資の企業に買収されることを選んだ」との声明を出しました。

外国企業による鉄鋼業の買収が安全保障や雇用に与える影響が懸念されるためだとしています。

これに反応したのが、ことし11月の大統領選挙に向けた共和党の候補者指名争いで圧倒的にリードするトランプ前大統領です。

1月末に「ひどい話だ。私なら即座に阻止する。絶対にだ」と述べ、大統領に再び就任した場合には、買収を認めない考えを明らかにしました。
発言は、トラックの運転手でつくる労働組合との会合の直後、記者団に向かって述べたもので、労働者の声を重視する姿勢をアピールする狙いがあると見られています。

なぜトランプ前大統領が今回の買収合意に絡んで、労働者寄りの姿勢をわざわざ示すのか。

背景には、USスチールの本社があるペンシルベニア州は、民主・共和の支持がきっ抗する激戦州となっていることがあります。

ペンシルベニア州は、かつて主要産業だった鉄鋼業や石炭産業の中心地のひとつで、第2次世界大戦後の驚異的な経済成長を支え、「鉄鋼ベルト」と呼ばれた地域の一部です。
しかし、国際的な競争の中で次第に衰退。

さびついた工業地帯、「ラストベルト」と呼ばれるようになり、労働者たちは不満を募らせてきました。

その労働者たちから強い支持を受けたのが、トランプ氏です。

2016年の大統領選挙では、「失われた雇用を取り戻す」と約束して労働者の支持を集め、ペンシルベニア州を制し、勝利を手にしています。

組合の立場 バイデン大統領が「後押し」?

一方、2020年の選挙では、バイデン氏がペンシルベニア州を奪い返しました。
過去2回の大統領選挙では、この州で勝利した候補が大統領に就任していて、選挙結果を左右する重要な州の1つとなっています。

全米鉄鋼労働組合は選挙でも集票力が期待できる組織で、民主・共和両党にとって無視することはできません。

日本製鉄によるUSスチールの買収合意についても、バイデン大統領は「鉄鋼は国家安全保障上の重要な産業だ。親密な同盟国であっても、法律に基づき、精査を受ける価値がある」として、慎重に検討する姿勢を強調しています。

2月2日、全米鉄鋼労働組合は「バイデン大統領がわれわれを後押ししてくれているという個人的な確約を得た。彼は常にアメリカの労働者と組合の友人だ」という声明を発表しました。

買収に反対する組合の立場を、現職の大統領が支持しているという見方を示したのです。

専門家“日米関係に禍根も”

巨額の買収計画の行方はどうなるのか。

日本製鉄は3月のUSスチールの株主総会を経て、9月までに買収の完了を目指す方針を示しています。

2月の決算会見で、森高弘副社長は「11月が近くなると政治的な懸念が大きくなるので、できるだけ早いタイミングで労働組合とも一致点を見つけ、政治的な動きにストップをかけていくのが重要だ」と述べ、あくまで買収を予定通り進める姿勢を強調しています。

一方、バイデン政権は、政府の外国投資委員会で、買収がアメリカの国家安全保障に及ぼす影響を調査する方針です。

外国投資委員会は、イエレン財務長官が議長を務め、司法省や国土安全保障省などの長官がメンバーとなっています。

実際に安全保障に影響があるのかどうか、冷静な見方をする専門家もいます。
トランプ政権下で東アジア担当の国防次官補代理を務め、安全保障に詳しいハイノ・クリンク氏は「日本は、共通の利益と共通の価値観に基づく最も緊密な同盟国の1つで、日本企業がアメリカ企業に投資することに安全保障上のリスクはない」と指摘し、「万が一、買収が認められなければ、日米関係に禍根を残すことになる」とも述べています。

ただ、アメリカメディアは、大統領選挙を控え、この審査の結果が2025年に後ろ倒しになるのではないかという見方を伝え、長期化する可能性を指摘しています。

逆風の買収計画の行方は?

今回の取材で、USスチールの従業員の1人に、バイデン大統領に望む対応を尋ねると「(労働組合を大切にする)信念を貫き、買収を止めることを望んでいる」という答えが返ってきました。

ただ、それが「正しい答えかは分からない。買収がキャンセルされたら、どうなるかも分からない」とも打ち明けてくれました。

鉄鋼メーカーにとっては、世界市場で圧倒的な存在感を見せる中国メーカーとの競争や脱炭素に向けた投資は喫緊の課題です。

反発する従業員たちも、仮に買収が認められなかった場合、USスチールの経営の先行きには不安を抱えているのです。

日本製鉄にとっては、先進国の中でも極めて堅調なアメリカは、鉄鋼の需要が高まるEV=電気自動車の普及も見込め、世界市場を見据えた経営戦略に欠かせないピースだとも言えます。

巨額買収という勝負の一手が実現するのか、アメリカ政府の判断や選挙に向けた思惑が絡むなか、注目される状況が続くことになります。

(2月1日「おはよう日本」で放送)
ワシントン支局記者
小田島拓也
2003年入局
甲府局、経済部、富山局などを経て現所属